第86話 もう少しだけ
それから何日か、俺と透子ちゃんは大会へと向けて練習し始めたのだが。
「透子ちゃん、テンポが遅れているよ」
「……」
「そこ、振り付けが違うよ。右足じゃなくて左足を前にするんだ」
「……っ、あーっ!! うるさいぞ、シュウイチ!!」
未だに全く息が合っていなかった。これは全然嬉しくない誤算である。
「大体、いきなり覚えられる方がおかしいだろ! オマエやアカリが異常なだけで、ボクが普通なんだよ!」
透子ちゃんは流れ続けている音楽を無視し、踊りを止めて俺に突っかかってきた。
「いやまぁ、それはそうかもしれないけどさ……でも本当に大会まで時間がないんだよ。どうにか頑張って覚えてくれないかな?」
「そんなこと言われても、無理なものは無理なんだよっ!」
そう言って透子ちゃんは握りこぶしを作り、地面を踏み鳴らした……本当にこの子は感情が分かりやすいよなぁ。
「ねぇ神谷君。おせっかいかもしれないけど、少し休んだらどうかな?」
俺の背後で、藤野ちゃんがそんな提案をしてくる。どうしてこの場に藤野ちゃんもいるのかと言うと……
「そうだね、一息入れよう。藤野ちゃん、よかったら飲み物を二人分用意してくれないかな? 冷蔵庫に何か入ってると思うからさ」
「うん、いいよー。ちょっと待っててね」
「ありがとう、助かるよ」
ここはクランハウスの中だからだ。あの事件以降、ゲーセンで練習するのは危険だと判断した俺は、比較的安全であろうクランハウスで練習していたのだ。
でも当然、ここには大会で使われる筐体なんか置いてる訳がないので、本番さながらの練習は出来ないんだよな。それにちょっと狭いし……感覚を掴むために、一度くらいはゲーセンで練習しておきたいんだけどなぁ。
そんなことを思いつつ、俺は透子ちゃんに話しかけてみた。
「透子ちゃん、少し休憩しようか。藤野ちゃんがドリンク用意してくれるってさ」
「……」
透子ちゃんは俺の言葉を無視し、クランハウスに置かれている一人用の椅子に腰かける。そして俺にだけ聞こえるような声量で、こう呟いたのだった。
「…………シュウイチ。呆れてるだろ?」
「え?」
「アカリとは全く違う、こんなにも何も出来ないボクを……物覚えの悪い、無能なボクに呆れ果てているんだろ?」
「ええっ? いやいや、そんなことは全く……」
そこでいきなりスイッチが入ったのか、透子ちゃんは腕を振り下ろす仕草を見せながら大声で。
「うるさいっ!! ボクには分かるんだ!! どうせボクを誘ったのも、ボクなら簡単に説得できると思ったからなんだろ!?」
「……え? 違うよ、全然違うよ!」
なんか思い込みが激しくなってきてないか! ……それで透子ちゃんは、またテンションを一段階下げて。
「……でも見て分かっただろ。ボクじゃアカリの代わりになんかなれっこない……いや。ボクはこの場に居ちゃいけないんだ」
「おいおい、何を言ってるんだ! 俺は……」
「そんな上辺だけの言葉なんかいらない!! そんなの……ボクが一番分かっているんだからっ!!」
「え、分かってるって……何が?」
俺がそう聞くと、透子ちゃんは一つずつ、小さな指を折りながら。
「オマエやマシロはゲームが上手いだろ! アカリは人気者でダンスが上手いし、ユイナはとっても優しくて根性がある! カノンは料理が上手くて運動神経もあるし、レンは頭が良くて落ち着いている!」
「うん……それで?」
「でも……ボクには何も無いんだ! 得意なことも、役に立つことも……! それにボクはこんな性格だ! 役に立たないどころか、ボクはオマエらの足を引っ張ることしか出来ないんだよっ!!」
「それは────」
「違くない!! ボクが特待生になれたのだって、知らない人の後ろに着いて行ったからなんだ! たまたまなんだ!!」
「あ、そうだったんだ……」
長年の謎が一つ解けたね……でもそんなの、些細なことじゃないか。
「でもほら、運も実力の内って言うじゃん……」
「だからっ!!」
また俺の言葉は遮られる。どうやら透子ちゃんは、自分が聞きたくない言葉は、無理やり遮ることでしか対処が出来ないみたいだ。
それでまた何か言うと言葉を被せてきそうなので、俺は黙って彼女の顔を見たんだ……そしたら驚いた。
「だから何で、いっつもいっつもオマエは否定してくるんだよっ!!」
透子ちゃんは泣いていたんだ。よっぽど自己肯定感が弱いのか、俺の言葉が素直に受け止めきれなかったらしい。
そして透子ちゃんは、赤くなった目を擦りながら。
「……早く本音を言ってくれよ。ボクが無能だって」
「えっ?」
「そう言ってくれた方がボクは安心するんだよ。だってボクはゲームもダンスも下手で、頭もとっても悪くて……それにすぐ暴言だって吐くし、暴力だって振る……こんなヤツ、最強クランにはいない方が良いだろ?」
「いやいや、そんなの言う訳ないだろ! 君がどう思おうが、俺は透子ちゃんが必要なんだよ! 信じてくれよ!」
俺がそうやって言うと、透子ちゃんは悟ったような顔をして。
「はぁ……そうだよな。シュウイチは優しいもんな。それなら……ボクの方から出て行ってやるよ!!」
いきなり椅子から飛び降りて、クランハウスから出ていこうとしたんだ。
「あっ、透子ちゃん!!」
俺は急いで後を追いかける。廊下を走って、クランハウスの玄関まで行って、靴下のまま扉を開けて外に出る……そこで俺の目に飛び込んできたのは。
「にゃっははー捕まえたー!」
「は、離せよぉ!!」
クランハウスの庭で透子ちゃんを捕まえた花音ちゃんが、芝の上でゴロゴロと転がっているという、なんとも奇妙な光景だった。
「……えーと。これは?」
そう聞くと、メイド服にたくさん芝を付けた花音ちゃんが笑って。
「にゃはは、透子にゃんが鬼ごっこしてたから、ウチも混ぜてもらおうと思ってー」
「そんなのしてない!! 早く離せーっ!!」
もごもごと透子ちゃんは、捕まえられてる花音ちゃんの腕から抜け出そうとしているようだが……握力が弱いのか、びくともしていなかった。
まぁ花音ちゃんは何か勘違いしてるみたいだけど……せっかく捕まえてくれてるし、このチャンスを生かそう。そう思い、俺は透子ちゃんに近づいて話しかけたんだ。
「えっと……透子ちゃん。さっきは散々自分を卑下してたけどさ、透子ちゃんにだって素晴らしい部分は沢山持っているはずだよ。みんなの特技を見つけられるのだって、立派な才能のひとつだよ?」
「……」
「まぁそんなことを言っても、透子ちゃん自身が俺の言葉を受け入れようとしなくちゃ、何言っても刺さらないと思うんだ」
「……」
「だからさ、まず最初は自分という存在を受け入れてみない?」
「受け入れる……?」
ここでようやく透子ちゃんは反応してくれたようで、抵抗するのを止めたんだ。
「うん、さっきの透子ちゃんは自分の分析はちゃんと出来てたからさ。後は受け入れて、それからどんな行動を取ればいいかを考えてみるのはどうかな?」
「……どういうことだよ?」
「んー例えば……透子ちゃんは感情というか、感受性がとっても豊かじゃん。だから怒ったり泣きたくなったりすることが、きっと他の人よりも多いと思うんだ」
「……」
「でもそれは悪いことなんかじゃなくて、むしろ素晴らしいことだからさ。それを無理やり直そうとするんじゃなくて、自分はそういう性格なんだと受け入れてみるんだよ。そしてそういう場面になった時、どうしたらいいかを考えておくんだ」
「考えるって……?」
「例えばどうしようもなくイライラしたら、とりあえず俺を殴るとか。泣きたくなったら、俺の胸で泣くとか。寂しくなったら俺に電話するとか」
「にゃはは、全部神ちゃんが関わってるじゃん」
「あはは、バレた?」
そして俺は花音ちゃんと一緒に笑い飛ばす。そんな俺らを見た透子ちゃんは、また目を潤わせながら。
「……どうして。どうしてシュウイチは、ボクなんかのためにそこまでしてくれるんだよ!?」
「えっ? そんなの、好きだからに決まってるじゃん」
「…………!!!」
「よく俺のこと優しいって真白ちゃんとかが言ってくれるんだけど、それは違うんだよね。俺は俺の好きな人にしか優しくしないんだよ?」
「うわー神ちゃん引くわー」
「あはは……何か前に藤野ちゃんにも同じ反応された覚えがあるよ」
あんまりこんなことは言うもんじゃないのかな……まぁ人によって態度を変えまーす、なんて公言してる奴が居たら引くもんな……それが俺だったのか!
なんてことを考えてる内に、いつの間にか花音ちゃんから解放された透子ちゃんが、俺に近づいて来て。
「……ぼ、ボクは。シュウイチを頼ってもいいのか?」
「え、当たり前じゃん。頼らなかったら、何のためのリーダーなのさ」
「じゃあ……本当にボクはここに居てもいいのか……?」
「当然だよ! というか勝手にいなくならないでよ! 俺が寂しいじゃん!」
そして花音ちゃんもようやく、なんとなくこの状況を察したのか。
「え、透子にゃん、ここから離れるとかヤダよ!! ウチはそんなの許さないよ!!」
「え、いや……別に……行かないってば」
「ホント!? ああ、良かったー!! ウチは絶対離さないよー!!」
そしてまた花音ちゃんは、透子ちゃんを抱きしめるのだった。
「く、苦しい…………」
「よしよーし! とにかくウチに甘えて元気出してよー!!」
「…………だけど。もう少しだけ頑張ってみようかな」
そのポツリと呟いた透子ちゃんの言葉は、多分俺にしか聞こえなかったと思う。
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