第49話 事故物件ならぬ……?

「これは数年前の話ですが……とある男子生徒が私の所に来てですね。『クランハウスを建てたい』と建築の相談をしてきたのですよ」


「へぇ……家を建てる人なんて、本当にいるんですね」


「ええ。中々いらっしゃいませんが、全くいない訳ではないですよ」


 家田さんはサラッとそう言う。家を建てられるほどポイントを稼げる生徒もいるってことに、何の疑問も持っていないようであった……だいぶ感覚が麻痺ってんな。


「そしてその方は、相当なポイントを所持しておりましてね……後に判明しますが、その方はトップレベルのクランの団長だったらしいんですよ。あの生徒会クランとトップを競い合ったこともあるとか!」


「……はぁ。あの生徒会クランねぇ……」


 聞いて俺は露骨に機嫌を悪くする……すまない、その名はNGワードなんだ。


「それでその方は家のデザインも行って、この場所にクランハウスを建てることにしたのですよ」


「へぇー」


 その人がこの家を設計したんだね。凄くセンスがあるように思えるけれど……


「どうしてこんな学園から離れた場所に、クランハウスを建てたんすかね?」


「うーん、そうですね。ここの土地が安いから、というのもあるかもしれませんが。他クランの対策として、人の少ない場所に建てたのかもしれませんね」


「対策?」


 そう聞くと、家田さんはメガネをクイっと上げて。


「ええ。強豪クランのクランハウスの出入りを見張って、活動時間を把握したりだとか……クランハウスに盗聴器を仕掛けて、会議の内容を盗み聞きしたりだとか。実際にそういった事例があったのですよ」


「えっ、こわっ……」


 クラン同士って、そんなに殺伐としてるもんなの? これは……他のクランと仲良くするのは、厳しいのかもしれないなぁ。


「そして彼が三年生になる頃には、無事にクランハウスは完成してですね。彼らはそこを拠点に活動していたのですが……ある日、とある事件が起きたのです」


「事件?」


「クランメンバーの大半が消えてしまったという……口にするのもおぞましい事件が……!!」


「そっ、それは……?」


 震えた声で俺は、家田さんの続きの言葉を待つ。そしたら家田さんは、息を吸って溜めて溜めて……大きな声でこう言ったんだ。


「その団長と女子の副団長を始めとするメンバーが、このクランハウスで破廉恥なことをしてしまったのですよっ!!!」


「…………え?」


 破廉恥って、ハレンチ……あっ、はいはい。もしかしていわゆる……


「らんこ……」


「あーー!! うわーーっ!! そこまで言っては駄目です!」


 そしたら更に大きな声で、言葉を被せられた……家田さんって意外とピュアなの?


「そんじゃあ言いませんけど……どうして怪談みたいなノリで話したんすか。こんなにビビって損したっすよ」


「いやいや、怖いじゃないですか! 優秀な若者達が、たった一夜の過ちで何十名も退学に追いやられるなんて!」


「いやまぁ怖いっすけど……怖いのベクトルが違うというか、自業自得というか、何というか……」


 少なくとも、こんなテンションで喋る話ではないのは確かだ……ってあれ? ちょっと待ってくれよ?


「というか、どうしてそのことが発覚したんですか? まさかわざわざ自分から『やりました』って報告する人なんている訳ないですし……まさか、他のクランが見張ってたとかですか?」


 そう聞くと家田さんは神妙な面持ちに変わって……


「いえ、それが……このことを報告したのは、そのクランに所属する『そのパーティー』に呼ばれなかった生徒だったのです」


「あっ……」


 この言葉で、俺はこの事件の全貌を把握してしまった。


 何だ……この誰も幸せにならない、とてつもなく悲しい事件は。その報告した子の気持ちを考えるだけで俺、涙が溢れてきそうになっちゃったもん。


「それで団長、副団長含めた主要メンバーがこの学園を去ることになって。クランの存続が危ぶまれて……まぁ結局、壊滅してしまったんですけれど」


「そりゃそうなりますよね」


 メンバーが大半消えたらそうなるわな。残ったのも呼ばれなかった連中だし……いや。俺は残った彼らのことは、絶対に悪く言わないでおこう。だって彼らは、この学園の治安を守ってくれた、誇り高き戦士なのだから……たぶん。


「そして残ったはメンバーは、このクランハウスをどうするかと、様々な案を出していったのですが……」


「ですが……?」


「つい先々月ですかね。数少ない残りのメンバーも、皆さん卒業していかれました」


「……あー」


 もう誰もいなくなっちゃったんだね。生き残った戦士に会ってみたかったんだけどな。


「それで人気クランは、下の世代にクランハウスを明け渡すのが通常とされていますが……そのクランは事件が起こってから、下の世代はみんな辞めてしまったそうで。ポツンとこのクランハウスだけが残ってしまったんですよ」


「はあ」


「それで我々はこんな大きな家を取り壊す訳にもいかず……かといって、誰も住んではくれずにいてですね。我々はずっと困っていたのですよ」


「なるほどねぇ……」


 この値段の安さ、そしてこの家具の残ったままの状態にようやく納得できたよ。


 色々と背景は最悪だが、事故物件とかではなくて良かったよ……まぁ言うなら事後物件……ってやかましいわ。自分の首、思いっ切り絞めたくなったわ。


「それで神谷様、いかがなさいますか?」


「よくこの話の後に、そんなの聞けますね……」


 ……でも。まだポイントの少ない内からこんな大豪邸に住めるのはデカいし。家具付きなのも助かるし。ポイントも超格安なのを考えると、手放すのは惜しいかもしれないなぁ……


「まぁそうですよね、残念です」


 そう言って家田さんは、手に持っていたバインダーに挟んだ紙に鉛筆で、何かチェックを付けたのだった。


「……あの、家田さん。この物件は他の人にも勧めますよね?」


「ええ、もちろん。我々は一刻も早く、この家を契約済みにしたいですからね」


「……!」


 それを聞いて俺はハッとする。なぜならば……何も知らない生徒がこの場所に連れてこられたら、間違いなく契約してしまうからだ!


 それは避けたい……この場所を、豪邸を取られるのは、やはり痛すぎるッ!


「あっ、あの家田さん!」


「どうされました?」


「すみません! やっぱり俺、ここに決めます! ここをクランハウスにしますよ!」


 俺はさっきの無礼な発言を謝り、ここを拠点にしたいと伝えた。そしたら家田さんの表情は一気にパァーっと明るくなって。


「ええっ、本当ですか!?」


「はい。やっぱり他の人には取られたくないなって思って!」


 思考が完全にクレーンゲームに沼っている時と同じなのだが……


「そうですか! 住んでいただけるのなら、我々も助かります!」


「なら良かったです!」


 こういうのは、勢いも大事なのかもしれないな。あはは。


「詳しい話はまた後日となりますが……ご契約、誠にありがとうございました!」


 そしてクランハウスに響いた家田さんの声は……今日一番の陽気な声だったんだ。

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