第6話 パクパクですわ!

 ──


「……ふぅー。藤野ちゃんの『kawaii』を大量摂取してしまったから、一瞬だけ意識を失っていたよ」


 俺は頭をブルブル振って身体を起こす。


 たまにあるんだよね。こんな風に女の子の可愛い表情とか仕草を見ると、ハートがドキドキして倒れそうになることがさ……今回は本当に倒れたけども。


 それで藤野ちゃんは、何とも言えないような表情をしながら俺を見て。


「ええっと……この際だから言うけどさ、神谷君ってよく平気で、そんな恥ずかしいこと言えるよね?」


「うん、よく言われる」


「言われるんだ……」


 藤野ちゃんはドン引きを通り越して、どこか尊敬の念を抱いているように見えた。何だか照れちゃうね。


「んー。あっそうだ、藤野ちゃん。さっき端末貰ったよね。一緒に見てみない?」


「えっ? 端末?」


「さっきの音楽室で配られた、スマホみたいなやつだよ」


「あっ、あれのことだね!」


 存在を思い出した藤野ちゃんと俺は、さっき配られた端末を机の上に取り出して、ざっと機能を確認してみた。


 電源を付けてみると『ポイント』『フレンド』『マップ』『カメラ』『サイッター』『ブック』『ランキング』『学生証』などなど……アプリらしきモノが既に入っていた。


 まぁ要するに、この学園内でしか使えない携帯って感じだろうか。


「あっ、神谷君はタブレットにしたんだね!」


 藤野ちゃんが俺の端末を見て言う。そう、実は端末を配布している時、スマホかタブレットかどっちにするかを選べたのだ。流石サイコー学園、無駄に金がかかっている。


「うん、そうだよ。藤野ちゃんはスマホ型?」


「うん! スマホの扱いは慣れているからね! 神谷君はどうしてタブレットに?」


「それはほら……もしも女の子とテレビ電話することになったら、大画面で見たいじゃん?」


「あっ……そうなんだ」


「分かりやすく引かないでよ」


 というか今日の夕食の会話だけで、かなり藤野ちゃんの好感度が下がってない? バッドコミュニケーション連発してないか?


「えっと……じゃあさ藤野ちゃん、俺とフレンドにならない?」


 しかし俺は止まらない……! 俺はどこまでも欲望に忠実な人間なのだから……!


「よくあんなこと言った後に言えるね……」


「そこをなんとか!」


 俺はパンと手を叩いてお願いする。そしたら藤野ちゃんは少し呆れたように「はぁー」っと息を吐いた後。


「……まぁ、神谷君には助けて貰ったし。今の私には友達いないし。だからその……神谷君がフレンドになってくれたら……とっても心強いんだけどね」


「えっ、本当に! ありがとう藤野ちゃん! 俺も大好きだよ!」


 そう言うと藤野ちゃんは目をぱちくりとさせて……


「……うえぇっ!? そっ、そそそんなこと、一言も言ってないってばぁ!!」


「あははっ、冗談だよ藤野ちゃん!」


「……もう。怒るよ?」


「ごめんごめんって」


 そして顔を真っ赤にしている藤野ちゃんと俺はフレンド登録をした。


 フレンドになると、その相手と『電話』や『メッセージ』が送れるようになるらしい。


 もっと親密になれば、その人の位置情報も分かったりするらしいが……これを言うと速攻フレンド解除されそうだから黙っておこう。


 そして俺はタブレットを置いて。


「それで……さっきの藤野ちゃんは、ワケが分かんなくなっていたから、ちゃんと学園の説明を聞けてなかったよね。良かったら俺がもう1回説明しようか?」


「えっ、いいの?」


「いいよいいよ、俺もこの学園について復習したいと思っていたからさ」


 そしたら藤野ちゃんは「ありがとう!」とお礼を言って、話を聞く姿勢をとるのだった……さて。何から説明しようかな。


「えっとね……まず、この学園は『現金』が使えないんだ」


「ええっ! そうなの!? じゃあここの支払いはどどどうするの……!?」


 藤野ちゃんは目をグルグル回して、アワアワと左右に身体を動かす。


「落ち着いてってば、藤野ちゃん。だからお金の代わりに『ポイント』が通貨として使用されているんだよ」


「えっ、ポイント? それってどんなの?」


「ポイントは……ここ。俺たちの端末に入っているんだ。電子マネーをイメージすれば分かりやすいかもね」


「でも、そのポイントって、私たちは持っていないんじゃ……」


「藤野ちゃん、本当に話を聞いてなかったんだね……いやまぁ、あれだけ動転してれば無理もないのかもしれないけど。ポイントは俺たち特待生にちゃんと配布されているんだ」


「そっ、そうなの!?」


「うん。それも驚きの30万ポイント。1ポイントは1円分の価値があるらしいから、30万円分のポイントが配られたことになるね」


「さっ、30万円も……!?」


 藤野ちゃんは驚きで手で口を隠す。何かのWeb広告で使えそうなくらい良い反応だ。


「まぁ後から返せとか言われそうな気がプンプンするけど。でも今の『仮入学』の俺たちは、ポイントを稼ぐ手段が限られているからね。だから有難く貰っておくのがベターじゃないかな」


 そしたら藤野ちゃんは言いにくそうに。


「……ねぇ神谷君。私、仮入学のこともよく分かってなくてさ」


「ああ、それじゃあ説明するよ。仮入学は俺たち特待生だけに与えられた特典でね、一般生より一足先に学園に入学出来るんだ。分かりやすく言えば『ベータテスター』みたいな感じかな」


「べ、ベータ……?」


「もっと分かりやすく言うなら、SA〇のビーターみたいな立ち位置で……」


「もっと分かんないよ!」


 流石に通じなかったようだ。


「んー……ならもう俺たちだけ入学式が早くなった、って思っておけばいいよ。今日から寮にも泊まらせてくれるみたいだし、服とかも用意してくれてるらしいからさ」


 とりあえず衣食住は完備されているらしいし、その辺の心配はしなくても大丈夫だろう。


「な、なるほど……?」


「まぁ『仮』だから正式に入学するまでは授業も受けられないし、アルバイトも出来ないみたいだけどね。でもこの場所は遊ぶ場所が沢山あるから、絶対に暇はしないと思うよ」


「アルバイト?」


「あぁ、それじゃあこの学園でのポイントの稼ぎ方も振り返っておこうか」


 俺はタブレットを開きながら話を続ける。


「この学園はさっき説明した通り、ポイントが大切なんだ。だからポイントが無くなるのは、死に直結すると考えていい」


「えっ!? し、死って……!」


「……ちょっと脅かし過ぎたかな。まぁ流石に救済処置はあるだろうけど、それでもポイントは生きていく上では必要な物だ」


「それは分かったけど……どうやってポイントを貯めるの?」


 藤野ちゃんは不安そうな顔をする。


「うん。ポイントを稼ぐ方法は主に3つあるらしい。『授業に出席』『アルバイト』……でもこの2つは、仮入学の俺たちには許可されていない」


「じゃあどうすればいいの?」


「それは残りの1つの方法……『ゲームに勝利』することで、ポイントを稼ぐんだ!」


 俺はそうやってビシッと言う……が。藤野ちゃんの反応は、かなーり悪かった。


「げ、ゲームで勝利するって……私、ゲーム得意じゃないから無理だよ! それにもしそのゲームに負けちゃったら……」


「まぁ……ポイントを失うことになるだろうね」


「ええっ!」


「でも今から練習すれば大丈夫だよ。俺たちは特待生で1歩リードしているんだ、時間は充分にある」


「練習でどうにかなるのかな……」


「それにゲームと言っても、この学園には沢山のゲームの種類があるんだ。少し調べて見たけど……コンピューターゲームはもちろんのこと、オセロや将棋チェスみたいな『テーブルゲーム』。ポーカーやブラックジャックのような『カジノゲーム』、なんならサッカーやテニスみたいな『スポーツ』だって存在しているんだ」


「えっ? スポーツもゲームなの?」


「この学園ではそういう扱いなんじゃないかな。まぁ勝敗の決まる勝負事だし、俺もスポーツをゲームのカテゴリに入れていいと思うよ」


 そしたら藤野ちゃんは少し安心したのか。


「そっか。私、運動ならゲームよりは出来ると思うから、そっちを頑張ってみるよ!」


 ぞいの構えでそう言った。


「うん、応援してるよ! ……それじゃあそろそろ帰ろっか? 今日は俺が奢るからさ」


「えっ、本当に……って、あぁっ! 神谷君! 私、まだ何にも食べてないよ!」


 藤野ちゃんは驚いたようにそう言う。やっぱり藤野ちゃんって天然なのかな……?


「冗談だよ。藤野ちゃんが食べたがっていたパフェを食べてから帰ろう」


「うんっ!」


 ……そして数分後。美味しそうにパクパクとパフェを頬張る藤野ちゃんを見て、俺は幸せな気分になるのだった。

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