第3話 お返しは特別なモノを!
──
それで試験も無事に終わった俺は、トイレで用を足していた。金持ちが作った学園なだけあって、トイレ自体はとっても綺麗なものだったけど。
「……落ち着かねぇ」
流石に天井にステンドグラスを飾るのは、やり過ぎだと思う。それに何か俺の小便器、天井からの光で輝いているもん。これじゃ出るもんも出なくなるよ。
そんな脳内で愚痴を垂れつつ、何とか事を終えた俺は、自動の蛇口で手を洗い、ハンカチで手を拭きながらトイレを出た。
「ふぅ……さてと」
それじゃあ今から向かうとしようかな。あの試験で示された『例の場所へ』とね。
そう思った俺が階段の方へと足を運ぼうとした……その時。
「あっ! キミ、落としたよ!」
背後から女の子の声が聞こえてきた。俺が後ろを振り返って見てみるとそこには。
身長150センチ前半で2つ結びの茶髪。そして赤いベレー帽が特徴的な、制服姿の可愛い女の子が、俺のハンカチを握って立っていた。
「あっ、俺のハンカチ!」
俺はそのベレー帽の女の子へと駆け寄って、ハンカチを受け取ろうとする。
「君が拾ってくれたんだ、ありがとう!」
「ううん、大丈夫だよ! それで……もしかして君って、シナンモが好きなの?」
「んっ? どうしてそれを……?」
そう呟きながら返してもらった自分のハンカチを見てみると、そこには白い子犬の人気キャラクター『シナンモ』のイラストが描かれていた。
……ああ、そういやこのハンカチ、オカンが買ってきてくれたんだよな。「アンタこういうの好きでしょ」って……いや、間違ってないけどさ。親に好きなキャラ把握されてるのって、何か恥ずかしくない? そんなことない?
んでんで……きっとこの子は、このハンカチを見て予想したんだなと俺は1人で納得する。
「ああ、そうなんだ。俺は可愛いものに目がなくてね!」
俺がそう言うと女の子は両手を合わせて、パァっと明るい笑顔を見せた。
「へぇーっ! そうなんだー! 私も可愛いの好きだよ! あっ、ちなみにシナンモは男の子だって知ってた?」
「えっ、うそっ、こんなに可愛いのに!?」
「うん! あんなに可愛いのに!」
「……」
「……」
俺たちはゆっくりと目を見合わせて……同時にケラケラと笑った。
「あははっ!」
「んふふっ!」
そしてしばらく笑った後、女の子はハッと正気に戻ったのか、恥ずかしそうにモジモジと、目を逸らしながら自己紹介をしてきた。
「あっ、えっと……私は
「いやいや、全く問題無いよ。俺は神谷修一。神ちゃんでも修ちゃんでも好きに呼んでくれていいよ?」
「えっ、えっと……じゃあ神谷君でいいのかな?」
何か若干引かれた気もするけど……それは気にしてはいけない。
「いいよー! じゃあ俺は藤野ちゃんって呼んでもいいかな?」
「うん、もちろんだよ!」
藤野ちゃんは嫌がることなく、笑顔でそう呼ぶことを許可してくれた。
ありきたりな表現だが、彼女の笑顔は太陽みたいに眩しくて、見てるだけで元気になってしまう。だからか知らないけど今の俺、おじいちゃんみたいな優しい顔しているよ。
「あっ、それでそれで神谷君! 試験ってどれくらい解けた?」
「んーと……まぁまぁ解けたかな?」
ここで全く解けなかったと嘘をついても良かったのだが、少し藤野ちゃんに自慢というか……格好つけたかったんだ。許してくれ。
そしたら藤野ちゃんは手を口に当てて驚いて。
「えぇっ! 神谷君は凄いなぁ。私なんか全然解けなかったんだよー! もう本当に悔しくて悔しくてさー!」
「ああ……そうだったんだ」
これは選択肢間違えちゃったかな……?
そして藤野ちゃんは少しテンションを下げてポツリと。
「私ね、この学園に通うのを夢見て、毎日勉強してね。それで田舎の方からわざわざ船に乗るためにこっちまで来て。それなのに……もうこの学園とお別れすることになるなんてなぁ……」
藤野ちゃんは廊下の窓に手をかざして、潤った目で外の景色を眺めていた。俺も少し歩いて、彼女の隣に立ってみる。
「とっても綺麗だよね、海」
「うん……そうだね」
そこからはキラキラ輝いている海と、幾つかの船が見えた……ああ、そういや帰りの船の時間も、試験が終わってすぐだった気がする。
それでも藤野ちゃんがまだ、この学園内に残っているってことは、相当帰りたくないからなんだろうな。
「……ねぇ。藤野ちゃんはさ、どうしてそこまでこの学園に通いたいって思ったの? やっぱりゲームが好きだからとか?」
単純に気になった俺は、藤野ちゃんにそうやって尋ねてみた。そしたら……全く俺の予想していなかった言葉が返ってきたんだ。
「ううん。私、ゲームは全く得意じゃないの。クリアしたゲームなんて、脳トレくらいしかないんだよ」
「えっ?」
一瞬だけ俺は思考停止する……そもそも脳トレってゲームなのか? ……いや、そうじゃなくて。
「だったらどうして? こんな学校、余程のゲーマーか変人しか来ないような場所なのに……そんなに強い理由があるの?」
俺がそう聞くと、藤野ちゃんはさっきまでとは違う、真剣な表情に変わって。
「……言っても笑わない?」
と、小さく呟いた。
「うん。分かったよ」
俺はそうやって答え、藤野ちゃんの言葉を待った。そして藤野ちゃんはスーッと息を飲んで……
「……この学園の学食にね、本当にとっても美味しいって噂の『ジャンボパフェ』があるって聞いてね。1度でいいから食べてみたいって強く思っちゃって、それで……」
「……っ、ぷっ。ははっ、あははっ!」
「ああーっ! 神谷君、笑った!」
「いやだって、藤野ちゃんの理由が可愛くてさ、つい、っはははっ!」
そんな真面目な顔して『ジャンボパフェ』だなんて言われるとは思わないじゃんか!
「なはははっ!」
しかも何かツボってしまった。笑いを堪えようとすればするほど、笑いが込み上げてくる……これはマズイね!
「もう! そんなに笑わないでよ! 相当変な理由だってのは、私も分かっているんだからぁ!」
俺の反応に、流石の藤野ちゃんも少し怒っているようだ。そりゃ約束破ったのは俺だし、どう考えても悪いのは俺だもんな。
「あははっ……もう笑わないから許してよ」
「笑ってるじゃん!」
そう指摘された俺は頭を下げ、正面から顔を見えないようにして再び謝罪する。
「いや、マジですんませんした」
声色は真面目だが、実際はめちゃくちゃニコニコしたまま言っている。
そしたら藤野ちゃんも俺の(見せかけの)誠意を認めてくれたようで。
「あっいや、そこまでしなくても大丈夫だって! ちゃんと許すってば!」
言われてバッと俺は顔を上げる。
「えっ、ホントに? ありがとね、パフェちゃん!」
「もう、変なあだ名付けないでよ! 私が食いしん坊みたいじゃん!」
藤野ちゃんはそうは言っているが、表情には笑顔が見えていた。とりあえず仲直り出来たみたいで良かったよ。
「俺、藤野ちゃんが美味しそうにパフェを食べているところ、見てみたくなったよ!」
少しだけ想像してみたけれど、きっと藤野ちゃんはいい顔をして食べるんだろうな。そしてそれを見た俺もきっと幸せな気分になる……何だかそんな未来が見えてきたよ。
だけど……その言葉を聞いた藤野ちゃんの表情は、また曇ってきてしまったんだ。
「神谷君……そう言ってくれるのは嬉しいけど、それは叶わないよ。私は全く解けなかったんだから。合格なんて……私には無理だったんだよっ……!」
「……ん。そっか」
「……ぐっ。うっ、うぅっ……!!」
藤野ちゃんは堪えきれなくなったのか、涙を流す。抱きしめて慰める勇気は今の俺には持ち合わせていなかったが、それでもどうにかしてあげたのは確かなんだ。
でもどうすれば……といった所で、手に持っているシナンモのハンカチが目に入った。
流石にトイレ後に使用したやつを渡すワケにはいかないよな……いや、そうじゃなくて。
『このハンカチを拾ってくれたのは藤野ちゃん』なんだ。だから俺はお礼を返さなきゃいけないんだよ。ほら、落し物をしたら何割か返すって言うじゃん。
だから俺のお礼は…………決めたよ。
俺は泣いている藤野ちゃんに呼び掛ける。
「じゃあさ藤野ちゃん! 今から俺と一緒に来ない?」
「えっ?」
「試験の合格を貰いにだよ!」
「えっ、それってどういう……?」
そして俺は藤野ちゃんの手を引っ張って、階段を駆け上がるのだった。
「ほら、行くよ藤野ちゃん!」
「えっ、あっ、ちょっと神谷君!?」
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