1章 入学試験編

第1話 夢の学園

 ──


「おい神谷かみや ……なんなんだ、この点数は?」


 10月下旬、2者面談中の3年2組教室内。担任の松田先生は、俺の中間試験の結果を机に置いて不機嫌そうに言った。


 俺はその置かれた紙を取り上げて、自分の点数を確認してみる。


「んーと、どれどれ……500点満点中の498点、ね。まぁまぁ良い感じじゃないですか? 多分これ学年1位ですし……何をそんなに怒っているんすか?」


「……」


 松田先生は無言で俺を見詰めてきたかと思えば……突然、机をバンと叩いて俺を威圧してきたのだ。


「うおわっ、びっくりしたぁ! 急に何なんっすか!」


「いやあのなぁ……お前が目隠しを付けたまま試験受けてたの、オレは知ってんだよ! どうしてお前は真面目に受けないんだ!?」


「……ん? あっ、ああー」


 その松田先生の言葉で、テストを受けていた時の自分の姿を思い出す。確かにあの時の俺の目元には、アイマスクが装着されていた。


「なーんだ、そういうことですか。てっきりこの点数にキレたのかと思いましたよ」


「……」


「まぁこの点数でいちいちキレてたら、残りの生徒全員にキレることになりますもんね。へへへ……」


「早く答えろ」


 これ以上おちょくっていると本当に怒られそうな気がしたので、俺はとっとと答えることにした。


「あれは縛りプレイの一種っすよ。普通にやっても満点取るのは当然で、つまらないじゃないですか。だから一瞬だけ問題文見た後にアイマスク付けてって感じで……それを5教科続けてやっただけですよ」


「でもお前、そんな舐めたことしたクセに満点逃したじゃないか」


「どうせ俺の点数引いたの松田先生でしょ? 98点だったの数学だし……どんな理由でマイナス2点したんですか?」


 俺がそう聞くと松田先生はニヤリと口元を綻ばせて。


「お前の書いた答えが2センチくらい、解答欄からはみ出していたからだ」


「うっわ厳しっ。そんな採点してたら教師の人気落ちますよ?」


「別にそんなの構わん」


 松田先生は生徒に嫌われようと構わない、とでも言いたげな表情で堂々としているが……こんな理不尽な理由で点数を引かれた生徒は、この学校で俺だけだと思うよ。


「……それにな、オレだってお前がまともにテスト受けていたら、正式な点数付けたさ」


「あっ、私情で点数引いたの認めた」


 指摘すると松田先生は少し焦りを見せる。


「いやだからな……こんな舐めたことしている奴が学年1位、しかも全教科満点だったら、真面目に頑張っている奴が報われないだろ」


「ふぅん……そうっすか」


 ホントは「真面目にやってようがふざけていようが、テストは点数取れたもん勝ちでしょ」と言い返してやりたかったが、これ以上言うとマジで喧嘩になりそうな気がしたので、心の中に留めておいた。


「はぁ……まぁいい。それでお前の進路希望の話だが……」


 松田先生は机の上に、俺が前に書いた進路希望調査の紙を置いた。そしてその紙をコンコンと叩きながら。


「どうしてお前の第1志望が楊奇異やんきい高校なんだよ。言っちゃ悪いが、あそこ名前書きゃ受かるとこだぞ」


「えっ、だってあそこの高校、制服がめっちゃ可愛いんすよ?」


「女子かお前は」


「だから女子の制服の話しているんすけど」


「……はぁ? お前は女子の制服を着るのかよ?」


 松田先生はかなり困惑した表情を見せる。全く、何を勘違いしているんだ。


「いやいや違うっすよ。可愛い女の子が可愛い制服着てたら目の保養になるじゃないっすか」


「…………えっと、もしかしてお前は可愛い制服を着ている女子を見るために、楊奇異高校に進学しようと考えているのか?」


「はい、そうっすよ」


 俺がそう答えた瞬間に、松田先生は分かりやすく両手で頭を抱えた。


「マジかお前……そんな理由で?」


「そんな理由ってなんすか。俺にとっては女の子の制服の可愛さは、高校選びで最重要事項なんっすよ」


「……」


 松田先生は呆れたのか混乱しているのか、しばらく黙った後……本当に切実そうにこう言った。


「あのな……悔しいけど、お前は凄く頭が良いからどこの高校だって行けるんだ。だからもう一度、よーく進路を考えてみないか?」


「うーん、そう言われてもっすねぇ。高校なんてどこに行っても対して変わらないじゃないですか。もっと面白そうな場所があれば、俺も喜んで行くんですけど」


「面白そうって……じゃあお前が言う『面白い学校』ってどんな場所なんだ?」


「うーん」


 俺はミシッと椅子の背にもたれて考えてみる。改めて聞かれると難しい質問だなぁ。そうだなぁ、例えば……


「学校の中にカラオケとかボウリング場とか……あっ、あとゲーセンとかバッティングセンターとかあったら嬉しいかもしれないっすね!」


「お前それラウワンだろ」


「はっ、確かに!」


 俺が面白いと思うもの全部入ってるじゃんか、ラウワン。今度からラウワンのことを楽園と呼ぼうかな……


『なぁ、今日の放課後楽園行かね?』なんて言ってるのが先生にでも聞かれたら、変な勘違いされて生徒指導室に連れて行かれそうだけど。


「それに大体な、学校は勉強する場所なんだよ。だからそんな学校に遊ぶ場所を求めるのが間違っているし、そもそもそんな場所があるワケが…………」


 松田先生のお説教は急にフリーズしたパソコンの如く、プツンと途切れてしまった。


「え、先生? どうしたんすか?」


「…………いや、あるわ」


「えっ? 何が?」


「1個だけ思い当たる学校があるわ」


「へ?」


 最初は俺をからかっているだけかと思ったけど、どうやらそうではないらしい。松田先生は近くに置いてあったノートパソコンを取り出して、キーボードをカチャカチャと叩いた後、とある画面を俺に見せてきた。


「先生、これは?」


「これは『西園寺さいおんじ学園高等学校』通称『西高校さいこうこう』のホームページだ」


「えっ、サイコー……ダジャレっすか?」


 俺の言葉を華麗に無視して、松田先生は話を続ける。


「この学園は西園寺っつー財閥か何かのスゲー金持ちが、離島に建てた全寮制の学校だ。島のほぼ全てが学園になっているらしくてな、アホみたいに金がかかっている」


「えっ、全寮制? しかも離島って! あっ、ホントだ写真に海が見える! 完全にリゾート地じゃんかこれ!」


「ああ。それでお前のお望み通り学園内には遊園地、ゲームセンター、映画館、カラオケ、カジノ等々……遊ぶ場所が腐るほどある」


 松田先生は画面をスクロールさせて、様々な施設の画像を俺に見せてくれた。


「えっ、うぇっ!? かっ、カジノ!? この国って認められてたんすか!?」


「そして更にこの学園。『ゲーム』によって全てが決まるらしい」


「はぁ!? ゲームで全てが決まるって……どどどっ、どういうことっすか!?」


「それは知らん。そこまでオレも詳しくないんだ」


 ……溢れんばかりの情報量に、俺は目眩のような、溺れそうな感覚を覚える。ゲームで決まるって……もしかして俺が最強に輝ける場所なんじゃね?


 いやいや、というか本当に……本当にこんな学校が、この世に存在しているというのか? エイプリルフールのネタで作られたサイトじゃないよな?


「せっ、先生……これってマジっすか?」


「大マジだ」


 松田先生は顔色ひとつ変えずに言う……そうだ。松田先生は冗談みたいなのを言わない人なのは、この半年間で俺も充分に理解している。だからこれは事実……何だろうけど。それでもまだ俺は、少しだけ疑いの目を向けていたんだ。


「……でも先生、俺はこんな学校があるなんて知らなかったですよ。こんな夢みたいな学校があるのなら、話題になってなきゃおかしいですって」


「まぁ確かにな。オレもこの位の情報しか知らないし。入学生も卒業生も多くいるらしいが……誰一人として、サイコーの話をしたがらないんだ」


「えっ?」


 話をしたがらないって……どういうことだ? こんなに喋ることの尽きなそうな学園なのに……?


「それに退学か辞めたのか知らないが、途中で本土に帰って来る奴も数多くいるんだ。入学した時と帰ってきた時の性格が、ものすごく変わったヤツもいるらしい」


「性格が変わる……?」


「でもまぁちゃんと卒業できた奴は、有名大学の推薦か何か貰って、今は超一流企業とかで活躍してるって噂だぜ」


「……」


 何だろう。話を聞けば聞くほど、闇に吸い込まれていくような感覚を覚える……完全に未知の世界の話だ。それに怪しいし、未だに信じられていない節があるのも確かだ。


 ……でも。それ以上に俺はどこか興奮していて。こんなにも不思議でワクワクが止まらない、退屈とは無縁そうな場所を……俺はずっと探し求めていたんだよな。


「ははっ、怖くなったか? やっぱり他の学校にしておくか?」


「はは……まさか。俄然、その学校に興味が湧いてきましたよ」


 そして俺は席から立ち上がって、先生に宣言するよう、こう言い放ったんだ。


「先生! 俺、受けますよ! そのサイコー学園をっ!」

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