第27話 子供が出来なくたって
長い休暇の後、私は社長室に案内されていた。
「七海さん、お久しぶり。…具合の方は、どうかな?」
社長は言葉を選ぶように話を切り出した。
「…はい。長くお休みをいただきまして、ありがとうございました。」
「いやいや、それはこちらが悪かったからね。…一部の社員からイジメも受けていたと聞く。随分辛い思いをさせてしまっていたようで、申し訳ない…。」
社長は立ち上がり、私に深く頭を下げた。
(こんなにも社員思いの社長さんが経営する会社なのに…。)
社長の人柄の良さと、現場の状態の差が酷すぎて悲しくなった。
「社長、どうか頭をお上げください…。」
この人には申し訳ないが、私の心は決まっていた。
「…弁護士の件もお気遣いいただき、ありがとうございました。…お陰様で慰謝料も沢山いただけることになりました!笑」
わざと明るく笑ってみせた。社長は「そうか、良かった良かった!」と豪快に笑った。
「…それで、ここまでしていただいたのに大変申し訳無いのですが…。」
私は静かに「退職届」を胸ポケットから取り出し、静かに机に置いた。
「……。」
「社長のご恩は痛み入りますが、今回の件とは別で、挑戦したいことが見つかったんです。」
「挑戦したいこと?」
「はい。…自分の得意なことを活かせる仕事を、誰かの代わりでは務まらない事をしてみたいんです。」
「…そうか。…七海さんの仕事はいつも丁寧だったからね。その挑戦にも変わらず丁寧な姿勢で頑張ってくれ。」
社長は少し残念そうな顔をしていたが、気持ちよく送り出してくれた。
「…ありがとうございます!」
会社を出ると、夏の熱い日差しが降り注ぐ。ジメジメした季節は終わった。
***
部屋に帰ると、イオンが飛んできてその勢いのまま抱きついてきた。
「っとと、ただいま、イオン。」
「おかえり!…どうだった?」
「うん。退職届、無事受け取ってもらえたよ。怒られてもない。寧ろ応援されちゃった。」
私の言葉を聞いて心底安心したのか、綺麗なオッドアイが優しく微笑んだ。
「良かった…。あ、今日はね、新しい料理に挑戦してみたんだぁ♪」
「新しい料理…?」
イオンが指差す方を見ると、誰が見てもわかるくらい綺麗な仕上がりのハンバーグが皿に盛り付けられていた。
「え!?これイオンが作ったの!?」
驚く私を見てふふん、と得意げにイオンはふんぞり返った。
「凄いでしょー!料理動画を見ながら作ったんだ。」
「凄い凄い!!早速食べよう?急にお腹空いてきた!!」
私達は仲良く食事を囲み、イオンの手作りハンバーグを頬張った。
「美味しいー!」
「今度はお世辞抜きで美味しいでしょ?」
ハンバーグを頬張る私を覗き込みながらイオンは微笑んだ。
「卵焼きも美味しかったよ?」
「ほんとにー?」
「卵の殻は入ってたけどね。…でも、イオンが初めて作る料理を食べられて凄く嬉しかったよ。いっぱい愛情感じた。」
当時を思い出し、私は胸がキュンと音を立てた。
「…そ、それなら良かった。でも、今日のだっていーーーっぱい、愛情込めて作ったんだからね?」
イオンは照れながらも、更に私を喜ばせようと言葉を重ねた。
「ふふ。ありがとう♡」
「…どういたしまして!」
この幸せが、ずっと続いたら良いのに。子供が出来なくたって良い、二人でお爺ちゃんお婆ちゃんになるまでずっと…。いつの間にか上手に箸を使いこなすイオンを見つめながら、そんな事を考えていた。
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