飼い猫が推しキャラの姿になりました。

とりすけ

第1話 誰!?

「こんな簡単な仕事もノーミスでできんのかっ!この役立たずが!!」

 猿柿部長の怒号がまた響き渡る。

(あぁ、山田くん可哀想…。新人なんだから少しのミスくらい大目に見てあげてもいいのに…。)

「もういい、お前に任せたのが間違いだった。」

 猿柿部長はその特徴的な大きな目でギョロギョロと社内を見渡した。自分を含め皆とばっちりが来ないようにビクビクしながら仕事に励んだ。やがて、狙いを定めたようにコツコツと足音をこちらに向けて鳴らし始めた。

(あぁぁぁぁ、私だ、この方角は私だぁ…。)

 観念し、怒鳴られても必要以上にビクつかないよう心の準備をした。

「おい七海。山田の代わりにお前がこれをやれ。今日中にだ。」

「…かしこまりました。」

 引きつりながらもなんとか笑顔で対応したが、それが逆に気に障ったようで部長のこめかみに血管が浮き出してきた。

(あ、まずい…)

「ヘラヘラしている余裕があるならもっと仕事のスピードを上げろノロマがぁ!!」

 この猿柿部長という人は何が地雷かわからない。気分次第では同じ場面で真逆の事をしても怒鳴られる。全ては彼次第なのだ。

 常にピリピリとした職場は人の入れ替わりも激しく、新しく人が入っても数ヶ月も持たずに辞めていく。そんな中で私七海梨子ななみりこはどうにかこの会社にしがみついている。何故か?それは単純。給料が良いから。怒鳴られることにさえ耐えれば仕事自体はそんなに難しくはないし、土日休みなので表向きには割とクリーンな会社だと言える。…残業は死ぬほどあるが。


 押し付けられた仕事は到底新人にこなせる内容ではなかったため、山田くんがミスをしても仕方がないと思えた。

(…これ絶対ワザとだ。イライラした時に怒鳴る口実を作っておいて、当たり散らしたい為に…。)

 唇を噛みしめるが、平社員の自分にはどうすることも出来ないし、あの鬼のような人に対峙する自信なんて微塵もない。

(もう余計な事を考えるのはよそう。これを仕上げてしまえば明日明後日は休みだ!)

 私は深く深呼吸をしてから仕事に向き合った。


 仕事を終え、家に着いたのは深夜の0時半を過ぎた頃だった。扉を開けるとすぐに、真っ白な猫が喉を鳴らして私の足首に顔を擦り付けた。

「にゃ〜ん。」

「ただいまぁ、イオン〜。お前は本当に可愛いなぁ。私の癒やしだよぉぉ。」

 愛猫を抱き上げ、そのままお腹に顔をグリグリと押し付けた後ーー

「スー。」

 猫吸いはなんて癒やされるんだろう。普通の猫ならばお腹に触られるのを嫌がる子が多いと思うのだが、イオンは抵抗することなくまるで私の頭をいいこいいこするようにやさしく前足でちょんちょんしてくれる。

「もーっ、大好き!」

「にゃ〜♪」

 玄関先で暫く戯れた後、靴を脱いでそのままシャワーに向かった。

(はぁ〜。イオンが居てくれてほんと良かった。つらくてもあの子の癒しパワーで頑張れちゃう。)

 髪を乾かし、ベッドに腰掛けながらスマホを開く。イオンがすかさず膝に乗ってきて、一緒に画面を覗き込む。

(私のもう一つの癒やし、カモンっ!!)


 〜♪


 きらびやかな音楽とともに画面に映りだされるイケメンのキャラクター達。そう、所謂「乙ゲー」というやつだ。攻略対象の1人であるイヴ様に、私は心を奪われているのだった。

「はぁ〜、格好良すぎる…♡」

 うっとりと画面を眺め、ログインボーナスと本日分ストーリーチケットを受け取り早速物語を読み進める。

『君が居てくれるから、俺も頑張れる。』

「それはこっちの台詞ですよイヴ様ぁ〜♡」

 はたから見れば予め設定された台詞でここまで心動かされるのは滑稽なのかもしれないが、毎日怒鳴られ否定される毎日を送っている私にとっては本気で癒やしであり励みになっているのだ。

「にゃーん…。」

 主人が機械にばかり構うのでつまらないのか、白猫は頭でスマホを押し上げた。

「ごめんごめん。イオンだって私の癒やしだよ。イオンが居てくれるから、毎日しんどい仕事も頑張れる。ありがとね。」

 美しいオッドアイの瞳が真っ直ぐ私を見つめ、撫でられると気持ちよさそうにその目を細めた。

「ゴロゴロ…」

「ふふ。さー、たっぷり癒やされたし寝よう!明日は撮り溜めたドラマ見るぞー♪」

 

チュンチュン


 カーテン越しに朝日が柔らかく差し込み、その光で私は目覚めた。

「んんー…流石に残業明けは体がダルイなぁ…。」

 まどろみながら寝返りを打つと、目の前に美しい顔があった。

「!?」

 慌てて飛び起きた。もうそれこそ漫画みたいに。

「誰っ!?!?」

 美しい顔の主はゆっくり起き上がり、オッドアイの綺麗な瞳で私を見て微笑んだ。

「おはよ、梨子ちゃん♡」

「いや誰!?!?」

(めちゃくちゃイヴ様に似てる…!!けど髪の色は白いし目の色が左右で違う…。)

「…?僕だよ。」

「し、失礼ですが私昨晩酔ってました…?お酒飲んだ記憶は無いんですが…。」

「何言ってるの?イオンだよ。寝ぼけてるの?」

 イオンと名乗る彼は訝しげに首を傾げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る