第21話 side:レイモンド11
翌日、家令に『愛人契約をする』と告げると、半ば予想していたのか、特に何も言ってはこなかった。ただ、『正式な愛人契約は正妻の同意が必要です』とだけ言い、妻のサインが必要な書類を揃えてきた。
「わかった、時間ができた時に別荘に赴きハンナのサインをもらうよ。彼女の住まいはどうするか……」
「……屋敷からそう遠くない場所に住まいを早急に用意いたしましょう」
「いや、今彼女が住んでいる場所は治安に問題があるから、すぐに移動させたい。とりあえずこの屋敷でいいだろう。別宅の準備が整ったら、そちらに移ってもらえばいい」
「奥様がいらっしゃらない時に、愛人を家に入れたとあればどのような噂を立てられるか分かりませんよ?昔と違い、今は愛人契約そのものを無くすべきという風潮です。奥様が体調を崩されている時だからこそ、慎重になられたほうがよろしいかと」
「戦争で息子を失った家は数多くある。跡取りをどうするか、苦渋の選択を迫られているのは我が家だけではない。愛人契約など旧世代の考えだと言われていたが、家を継承していく我らには必要なことなのだ。お前ならわかるだろう」
俺がそう切り返すと、家令はぐっと言葉に詰まる。この男は、長年アシュトン家の家令を務めた父親から仕事を引き継いで今もこの家に勤めているが、如何せんまだ年若いため、感情的になりやすい。
戦争中は後継ぎの問題などは後回しにされてきたが、終戦が決まってからは各家でそう言った話が持ち上がっているのも事実だ。以前は愛人契約に否定的な意見が多かったが、今になって見直そうという動きがあるのを家令も耳にしていたようだ。
屋敷に愛人を住まわせることは最後まで反対していたが、離れの部屋ならいいだろうとやや強引に話を押し切った。
家令は文句を言いながらも部屋の準備と契約書を整えてくれた。
愛人契約についてハンナに手紙を書いたが、それに対しての返事はなく、ハンナのサインが書かれた契約書が送り返されてきただけだった。
まずは手紙で伝え、その後俺が直接赴いて了承してくれるなら契約書にサインをもらおうと思っていたのに、事情を説明しただけでハンナのほうから返事の代わりなのか、作成した契約書を送ってきた。
契約書だけで手紙などがなにも同封されていないので、本音では嫌だというアピールなのかとも思ったが、契約書を送ってきたのだから必要なことだと判断したのだろう。
契約書を作って送ってくれた感謝の手紙を送らなくてはとペンを執るが、何と書いたものか分からず、今度訪れた時に言うことにしようと決め、手紙を送るのは止めにした。
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