第9話 夕闇
金曜日。
初夏の夕刻
君の青い車とすれ違った。
確かに君のクーパー。
少し疲れた感じの君を感じた。
そうだね。ルマンブルーのZは相変わらずガレージで眠っているんだ。
僕はあれから通勤用に古い軽自動車を買った。
君の知らない車。
だから君は僕に気づかない。
「夕闇」
その夏、僕たちはできる限り一緒に過ごした。
たぶんほとんどの時間を一緒にいるようになった。
それから週末はいつも
ルマンブルーのZで出かけた。
君が学生時代に過ごした街に花火を見た。
山陰の古都が人であふれかえっていて
僕たちは湖畔の岸辺に座って花火の開始を待ち続けた。
君と一緒にここにいることが嬉しかった。
やがて湖上に、色とりどりの光と大音響が響き始めた。
「もし来年も・・。」
「もし来年も一緒にいられたら、ここで花火を見ようね。」
「もし別れていても・・。一緒に来たいね。」
「ばか。」
僕たちは花火の余韻の残る夜の街を駅に向かって歩いた。
心地よい風を感じながら、ずっと手をつないで歩き続けた。
手を放すのがイヤだった。
僕が過ごした海峡の花火に出かけた。
海峡タワーの展望台。
僕たちは薄暗い空間で寄り添いながら
それからお互いの体温を感じあった。
ガラス越しに見える巨大な花火を黙って見つめていた。
来年も一緒に見ることができるだろうか
そんなことをふと考えては君の手を握りしめた。
そのたびに君も力を込めてきた。
来年もきっと一緒に
この海峡に来ることができると思った。
巨大で連続した光輪と色と火炎が
海峡を染めていた。
緑色。雨上がりの黒川
茜色がどこまでも尽きない有明海
銀色の時間。ホテルヨーロッパ
それから
粉雪の中。クリスマスの夜
そのなにもかもが
君と過ごした時間のすべてが
幻のように去り
そして消えていく
「はじまりはいつも雨」
のような二人
「やさしいキスをして」
のような毎日
「さくら」
にときめいた日々
「雪の華」
のように君を失うのが怖かった
そして
「レイニーブルー」
僕は君に夢中だった。
君は僕と過ごす時間を大切にしてくれた。
お互いに、何よりも二人の時間を優先するようになっていた。
二人のこと以外は何も考えられなかった。
毎日がキラキラと輝いていた。
毎日がときめいていた。
いつも二人で
Zに乗って
夕闇に染まる西の空を追いかけていた。
たぶんもう二度と来ないと思う。
来るはずがないと思っている。
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