第2話 当日

あの日と同じくらい良く晴れた春の午後だった。

ようやく午後になって時間ができた。

今日はやっておきたいことがある。

僕はガレージに行って、久しぶりにカバーを外した。

ルマンブルーのフェアレディZがそこに眠っていた。

君と別れて以来、この車に乗ることはほとんどなくなっていた。

君を意識して買った車。

君を乗せてあちこちに出かけた車。

二人の思い出を紡いでくれた車。

だから君の思い出だらけ。

助手席にはいつも君がいた。

君はこのZを好きになってくれた。

僕は君と別れてから、このZを封印したんだ。

大げさだが、何となく避けるようになっていた。

売っぱらってしまおうかと何回も考えたんだ。

しかし手放せなかった。

この車を手放せば、君とのすべてが消滅してしまうような気がして。

それが怖かったんだ。


「当日」


午後2時ちょうどに空港の駐車場に着いた。

君の青い車を見つけた。

僕はその隣にZを滑り込ませた。

君は笑顔で待っていてくれた。

僕はZの助手席のドアを開けて君を乗せた。

僕は

「今日はありがとう」

というのが精いっぱいだった。でも嬉しくかった。

シートベルトをして、ブレーキを踏んで左手でスタートボタンを押した。

Zのエンジンが一瞬咆吼してすべてのメーターの針が同時に振り切れ、それから静かなアイドリング状態になった。

僕はギアを入れ、ゆっくりとアクセルに力を込めた。


「どこに行く?」

とも言わなかった。

プランもなく、時間も決めていなかった。

君の都合さえ聞けなかった。

空港を出て左折して国道に入り、とりあえず西に向かった。

僕たちは無言だった。

同じ職場で2年間も隣の席にいて、毎日毎日顔を合わせていたのに。

こういう空間で二人っきりになるのは初めてだったと思う。

それからぎこちなく話を始めた。それでも僕たちは楽しかった。

未知の未来に向かって疾走していくような錯覚だった。

それは君も同じだったのかも知れない。


そして2時間後。

僕たち二人は、ある有名な天満宮の境内を歩いていた。

春の日がすでに傾き始めていた。

それでもそこには春を楽しむ人の姿があった。

なぜここに来たのかは今でもわからない。

だけど遅くても夜の7時頃までに帰宅させるのが礼儀だと思っていた。

この街で夕食でも食べて帰路に向かうのがベストだと思ったからだと記憶している。

梅が終わって桜が咲き始めた頃だった。

露店で「梅がい餅」を買った。

Zに戻り、初めて君に

「何時まで大丈夫?」

と聞いた。

「何時でも。」

と君が答えた。

「もっと遠くに言って見る?」

「うん」

僕は近くのインターチェンジに向かい、もっと西を目指そうと思った。

高速道路。

きれいな夕景だった。

ルマンブルーのZは、茜色の太陽に向かって疾走した。

助手席に君がいる。

夢に見た風景だ。

これは現実なのだろうか。

君と二人同じ空間にいて、一緒に夕日を追いかけている。

これから春が加速していく。


僕にとっての一番幸せな時間だったと思う。


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