第38話 ミーシアの罠
賑わいを見せる街、ハウゼン。
ロンフェロー公国建国時より開拓を進めていた古き街で、現在はクロイツ侯爵家の領地である。
他領に行く街道は広く整備され、アストレア王国との国境都市アスロンまで馬車で3日と言う立地から商業、貿易などで栄えた。
しかし、竜車が増えた事によりハウゼンは徐々に、本当に少しずつ、税収を減らして行く。
走竜調教の技術向上、血統配合により、早く、持久力ある走竜の生産が加速し、それに伴い、より強く、より快適に走る荷車が開発が進んだ。
馬車の4倍から5倍走ると言われる竜車、物価の高いハウゼンを素通りする行商人や旅人などが増えた事が原因だった。
それと因果関係はないのだが、武の名門であったクロイツ家は稀に見る武人の不作。
現在、要職に付いているのは、クロイツ家当主であるジェイガンの次男、ロッツァー子爵家の養子となった、第一公国騎士団長マッシュ・ロッツァーと、三女で勘当中の第四近衛騎士団長ミラ・トゥカーナの2人だけ。
しかも、マッシュの騎士団長抜擢は前任者である、ジェイガンとロッツァー子爵のゴリ押しで叶ったものだった。
クロイツを名乗る騎士は多くも、中隊長や分団長止まり、武の名門と呼べる物ではなかった。
領主室で書類に目を通していたジェイガンは、そんな理由から最近、毎日の様に荒れていた。
「ルガット! ルガットは何処へ行った!!」
ジェイガンの怒号に執事らしき者がすぐさま領主室に飛び込む。
「は、はい、ルガット様は先程、領軍の様子を見に行くと……」
「なっ! 今日はワシの補佐をする日であろう!!」
ルガット・クロイツ。
クロイツ家長男であり、次期当主。
男爵令嬢を妻に持ち、12歳となるカトラと言う娘を1人持つ、一児の父。
しかし、外に愛人を複数持ち、子の人数は二桁にとどく。
才はあれど、次期当主と言う肩書きにあぐらをかき、努力を怠るドラ息子である。
そんなルガットには複数の肩書きを持っていた。
副領主に領軍総長、領主一等補佐官、少しでも
ルガットはその役職にもあぐらをかき、次期当主は自分だと確信し、隙を伺い酒や博打、女に浪費していた。
「今すぐ連れて来い!」
「し、しかし」
「いいから今すぐ連れて来い!!」
そんな荒れたジェイガンの元にトーレス・レモント男爵とその娘がやってくる。
「おお! ミーシア嬢、美しくてなったのお、よく来てくれた、して、例の件は、首尾よく進んであるのか?」
トーレスの自信ありげな表情を前に、ジェイガンは顔を緩ませ迫る。
「はい、その件に関しては娘のミーシアから」
「まずはご挨拶申し上げますわ、ジェイガン・クロイツ侯爵様」
ミーシアは深々と頭を下げると、一枚の書類をジェイガンに手渡す。
◆◇
テスト内容
・知らない知識、尚且つ学び場では学べない授業。
・優秀な指導力と教養を兼ね備えいる事。
・双方、見届け人を立てる事。
・授業は密室で行わない事。
・合否は基本トゥカーナ家とするが見届け人の意見は尊重する事。
・授業の場所は王都内に限定されるが場所、日時はミーシア・レモントに一任し、テスト授業1週間前には連絡する事。
・合否はテスト授業後、3日までとし、合格した場合はミーシア・レモントをリラ・トゥカーナの家庭教師と認め、トゥカーナ家はそれを受け入れる。
書類作成者 ルーク・クラリス
承諾者 リラ・トゥカーナ
承諾者 ミーシア・レモント
◆◇
「ミラの署名が無いが……」
一通り目を通したジェイガンは気になった1つの事を指摘するが、ミーシアは得意げに話す。
「はい、その件につきましては問題ありません。
ミラの署名が無いのもその1つですわ」
「ほう! それは?」
「はい、ミラ様に断られては私に打つ手はございません、ですのでミラ様が不在中にこの書類を作成させました。
作成者は書類にある様にルーク様、トゥカーナ家側の人であり、クラリス家の次期領主、例えミラ様に異議あろうとも、断る事など出来ません。
更に、私の巧みな話術により、見届けの人数を設定させず、密室では行わないとの文言を入れさせました。
そして、見届け人の意見は尊重……、と、合否はトゥカーナ家としましたが多くの見届け人の反対を押し切って不合格と宣言する事など出来ないでしょう。
最後に、場所、日時、合否はテスト後、3日までと書類に記載されていますが、こちらは記載させておりません。
私たちの準備期間が自由に取れると言う事です」
ミーシアの言葉にジェイガンとトーレスの頬が緩む。
「素晴らしい! 素晴らしいぞトーレスよ! 貴様の娘は若く、美しく、知性にも溢れておる!
ミーシア嬢! 見事であるぞ!
では、ワシらに多く、著名な見届け人を集めよと申すのだな?」
「さすがでございます侯爵様、私の考えなどお見通しのご様子」
「ワッハッハッ、何を申すか!」
この日、3人の談笑は遅くまで続き、美味い酒を飲み交わした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ミーシアの訪問から10日ほど、まだ連絡は来ていない。
私の日課であった王城訪問もティファの覚醒により、数日おきになった。
覚醒が完了した事によって、次の段階、マナコントロールの鍛錬に移行した。
マナコントロールの訓練は孤独だ、やり方さえ理解出来れば、あとは教わる事など何もない。
マナの量、質、属性、その他の要素で個人個人、変わってしまうのだ、もっと言えば体調によっても左右される事がある。
他人が教えられるものではないのだ。
そんなこんなで私に自由な時間が復活しました。
そして、今は……。
「何度も言わせるな、集中しろ! 才に頼るな! 感覚を研ぎ澄ませ! 指の先から足の指先まで、力の伝達を意識し、一本の素振りに魂を込めろ!」
「「「イエス! ボス!」」」
南区の外壁近くで孤児院の子供たちと鍛錬を行なっていた。
先の
「やめーい!」
掛け声で皆、動きを止め、私にの前に駆け寄る。
「うん! みんな良くなったきた! じゃあ一旦孤児院に戻って休憩! 休憩後は3番の畑を耕してから1時間の瞑想だよ!」
私たちが汗を拭いながら孤児院に戻ると2台の見慣れない竜車が止まっていた。
「おお、すげぇ! 竜車だ!」
1人の少年がそう、叫ぶと子供たちはそれに群がる。
2台の荷車の箱は派手さは無いが高価な物である事は一目で分かった、1台の箱の窓には厚手の黒いカーテン、中を見る事は出来ない。
1人の見知らぬ若い男が子供たちを馬車に近づけまいと、あたふたとしていた。
「こら! 人様の物に触れるんじゃありません! 茶菓子を準備してあるから中に入ってお食べなさい、ちゃんと手を洗うのですよ」
「「「はぁーい」」」
孤児院の中から出てきたフレアおばさんが一括すると子供たちはそれに従う。
「子供たちが申し訳なかったね」
フレアおばさんが若い男に頭を下げると若い男は恐縮した。
「フレアおばさん、お客さん?」
私は気になり確認すると、フレアおばさんは表情を曇らせる。
古い友人家族が旅の途中、フレアおばさんに会い立ち寄ったらしいのだが、旦那さんを除く、奥さんと子供2人の具合が悪く、奥で休み、2人の従者が付いているとの事だった。
「具合はどうなの?」
「まあ、悪い物にでも当たったんだと思いますが、今、マリナが見てるから直ぐ良くなるでしょう」
マリナさんはローさんの奥さん、昔、ここがまだ教会だった頃、シスター登録していた人で治療の魔法が使える貴重な人材。
今は孤児院で働き、診療も受け付けていて、トゥカーナ家が破綻せずに孤児院を運営して来れたのは、このマリナさんの力が大きいらしい。
そんなマリナさんが険しい表情を見せ現れる。
「フレア様、治療は試して見たのですが、すいません」
「ふむ、どうにかならないでしょうか……」
「マリナさん、毒って事はないの?」
「あっ、リラちゃん、そうね、私もそう思って検査して見たのだけど、毒の反応は出なかったのよ」
——治療の魔法では治らない、毒の反応は無し、って事は検査で反応が出ない毒か、呪いの類か……、寄生系って事も考えられるか、面倒だな。
私は少し沈黙しマリナさんに、その症状を聞いた。
「うん、特に痛みや痺れみたいなのは無いらしいのだけど、目眩や吐き気、身体が重い「子供の方が
「え?! わかるの?!」
何故か私には心当たりがあった。
また、前世の記憶だろう、もしそれが原因なら治療法もわかっている。
「
「ちょっと待って! 検査で毒反応は出なかったのよ!?」
毒と言う私の言葉にマリナさんは驚き、フレアおばさんは私に確認する。
「落ち着きなさいマリナ、リラよ、その魍魎竹の毒と言うのは確かなの? 治療は、治療法はあるの?」
魍魎竹の毒は、特に暗殺などに用いられた。
毒成分を検出されにくさが、その理由だ。
しかし、この毒は遅効性、症状が出るまでに数週間、生活に支障が出るまでに2、3ヶ月、死に至るには半年以上、それでも少しずつ、確実に死に近づく……。
初めは光が通常より眩しく感じ、その内不快に思う様になる。
そして、光を完全に拒絶し、身体の節々の稼働が制限され、歩く事が困難になり、それが内臓へと広がる。
そして、いずれ呼吸が止まる……。
——魍魎竹の毒が原因なら、毒を盛られて少なくとも2ヶ月、旦那さんだけ無症状なのはおかしい。
「可能性は高いと思う……、それと治療は出来るよ、この毒はちょっと特殊で、聖水が必要なの。
一般的な遅効性毒用の毒消し薬と聖水を飲ませれば治ると思う……、問題は犯人だね」
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