(什弐)

 最初、嬉々ききとして斬り込んで行った龍清りゅうせいは、戦場を背にし城門に向かって歩いていた。凱鬼がいきとその配下の野盗やとう達も、戦いを止めて戦場を眺めている。


 いや、そこは、もう戦場では無かった。



「おう。おめ~が、総大将か? 悪いな臥良がりょうに頼まれたんでな」


 暴力的な強さで鞨項かっこうが、高閲こうえつへと迫る。


 鞨項は、普通よりかなり大きな大刀だいとうを丸太のように太いその両腕で、敵に向けて振るう。すると、敵兵はまるで、風に舞う木の葉のように吹き飛ばされ、散り散りになっていく。


 そして、その暴力的なまでの武力は、不幸な文官へも向いたのだった。


「貴様は……」


 ブーン、グシャ!


 ただ一撃に肉塊にくかいとされ、戦場に出てきた不幸な文官は、その一生を終えた。


 そして、この不幸な戦いも終わる。はずだった。



「高閲様が死んだぞ~」


「総大将である、高閲様が討たれた~」


 という声が戦場のあちらこちらであがると、如親王国軍は雪崩なだれをうったように撤退していった。


 鞨項の軍勢は追撃しようと動き出したが、大将である鞨項自身が退屈そうに戦場に背を向けると、同じようにこちらへと戻ってきていた。


 もちろん翁垓おうがいの軍勢も追撃する事なく、撤退していく如親王国の軍勢をただ眺めていた。



 しかし、他の三豪族の軍や、それ以外の小豪族の軍勢は目を血走らせ、ただ逃げ惑う如親王国軍の兵を背後から斬り倒していった。


「ケッ、戦いもしねえ〜軍勢を襲って何が楽しいのかね~」


 鞨項は、遠くなりつつある喧騒けんそうを見ていたが、そこで何を思ったか、下に転がっている如親王国の兵士の亡骸なきがらを大刀の背に乗せると、勢いよく配下の兵士に放り投げる。


「ウワっ!」


 数人の兵士がよろめきつつ、受け止めると。鞨項は、


「適当に、死体集めとけ」


「えっ、なんでです?」


 敵兵の死体を集める。さすがに意味が分からず、鞨項配下の将がたずねる。


「ああ? 分からん、なんとなくだなんとなく」


「はあ?」


 鞨項配下の兵士は疑問に思いながらも敵兵の死体を集め、荷車にぐるまに放り込む。


 なんとも不気味な光景だが、普段から粗暴そぼうな振る舞いの多い鞨項の兵士達の行動は、特に皆、気に留めなかった。



 そして、一番しつこく追撃した、巍傑ぎけつの軍勢が夜近くになって帰ってくると、丹倭の街は戦勝ムードに包まれた。


 街のあちらこちらで、酒をみ交わす、兵士達の集団が出来る。



「ウハハハ、大したことね~な〜、如親王国も〜」


「そうそう、雑魚ざこだ雑魚」


 などという声が聞こえる。もうこの戦いだけでなく、如親王国との戦いも勝ったような勢いだった。


 確かに、こちらの損害はほとんどなく、大勢の兵士を失った如親王国軍は、さらなる衰退をむかえていると言えるかもしれない。



 そして、僕達は、その戦勝祝いを冷めた目で見つつ呑んでいた。いやっ、周囲では凱鬼配下の野盗達が楽しそうに歌い踊り、まあ、楽しかったけどね。


「しかし、最後のは、いただけないな」


「追撃戦でしょ。さすがにやり過ぎだよね」


 龍清の言葉に、僕はそうと言ったものの、それが戦いと言われてしまえば終わりのような気がした。しかし、たとえ戦に出てきた兵士であっても、無抵抗で殺害する事に違和感があった。


「ええ、わたくしも正面から人を叩き伏せるのは好きですが、背後から人を襲うのは嫌ですわ」


「まあな」


 朱鈴しゅれいの発言に、凱鬼がいきが同意する。


 いやっ、正面から叩き伏せるのも良くないと思うけどね。



 と会話していると、向こうの方から、大きな酒の入ったかめを片手に、とても大柄な大男がのっしのっしと歩いて来るのが見えた。


「よう、ちゃんと楽しんでるか?」


「ええ、まあ」


 僕が、曖昧あいまいな返事をすると、僕達の前にドカッと腰をおろし、酒の入った瓶をあおり、ぐびぐびと酒を飲むと。


「まあ、あんなの戦いって言わねえが、だからこそ、今は忘れて楽しめ」


「えっ」


「あんなの戦いじゃないのですか?」


「ああ。強い敵を真正面から撃破するのが戦いだ〜。弱っちい逃げ惑う奴をただ殺すのは戦いじゃねえよ」


 豪快な姿とは似合わず、意外な言葉が、鞨項さんの口からあふれる。


「いくさをやってりゃあ、気に食わない戦いがごまんとあらあ。だがな、それをいちいち気にしてたら、心の方がもちゃしねえ。だから、こういう時は、忘れて楽しめ。そしてだ、おめえ達がこんなくだらない戦いを、起こさねえようにしてくれよな」


「は、はい」


 僕は返事を返しながら圧倒されていた。粗野そや傍若無人ぼうじゃくぶじんな男に見えて、その心は真の武人。そんな男が目の前にいた。


「おっと、酒が無くなっちまった。じゃあな」


 そう言って、鞨項さんは立ち上がり去って行く。それを尊敬の眼差しで見る。





 そして、2、3日ほど戦勝の祝いが続くと、臥良がりょうの呼びかけにより、如真王国の国王であるとされる如参のもとに、5人の大豪族。翁垓おうがい丹栄たんえい聯邦れんほう巍傑ぎけつ鞨項かっこうが集まる。



 仮の玉座に座る如参じょさんはこれが少し前まで、野盗の下働きだったかと思うほど、高貴であり、高慢こうまんな顔となっていた。


「陛下、我ら臣下しんか一同集まりまして御座ございます」


「ああ」


 臥良が、如参に対してうやうやしく挨拶すると、如参は鷹揚おうように応える。



 そして、臥良は、玉座の下段にあがると、5人の大豪族の方を向く。そして、


「いよいよ時はなりじゃ、こちらに攻め寄せた敵軍は、数を大いに減らし、情けない事に、邑洛を通過して北都ほくと方面に逃亡したという。なれば、邑洛攻略は造作ぞうさもないことじゃ」


「しかし、邑洛の守備隊は残っておる。さらに、穴だらけとはいえ、ちゃんとした城壁がある。どう攻略するのだ?」


「フォフォフォ、翁垓殿は心配性じゃの〜。案じられますな。我々が攻め寄せれば城門は自然と開く」


「なっ」


 5人の大豪族の5人共に驚きの声をあげる。それを見て臥良はおかしそうに笑う。


「フォフォフォ。まあ、見てのお楽しみじゃ」


 その後、少し軍の編成などの軍議をすると、一同は如参のもとを退散しようとする。


「では、我ら一同は明後日邑洛攻略に出発致します。陛下も、御同行ごどうこう頂きます。まあ、物見遊山ものみゆさんのようなものですが」


「ああ、頼むぞ」


「ははっ、では我らはこれで」


「ああ」


 そして、臥良達が仮の玉座の間から出ようとすると、如参は、


「ちょっと待て、巍傑残れ。残りの者は下がって良い」


「は? はい、かしこまりました」


 部屋に巍傑のみ残り、残りの者は部屋から出ていく。さっさと去って行く、臥良達を見て、翁垓はゆっくりと部屋の外を歩く。すると、こんな会話が聞こえてきた。



「余は、もはや野盗の下働きではない」


「はい、陛下は高貴な出自です」


「そして、野盗の下働きをしていた事もない」


「は? はい、その通りです」


「分かるな? はい、かしこまりました」


 これは、大変な事になったぞ。翁垓は、慌てて部屋を離れ、凱鬼のもとにむかったのだった。



 そして、明後日。丹倭たんわの街を如真王国軍2万5千全軍は、邑洛ゆうらくに向けて出発したのだった。



 で、軍勢が邑洛の街に迫ると、本当に城門が開き、中から人が出てくる。


「お待ち申し上げておりました、臥良様」


「うむ」


「で、どのくらい残った?」


「はい、兵5千が如真王国の兵士として働きたいと」


「そうか、そうか、重畳ちょうじょう、重畳。フォフォフォ」


 臥良は、満足そうに笑う。



 その後、ぞろぞろと入城する軍勢にくっついて、僕達も入城する。久しぶりの邑洛の街だった。


 あっ、軍勢にくっついてと言ったが、2万5千もの軍勢が入れないことはないが、混乱が起こるといけないので、多くの兵士は、邑洛の城外に駐屯する事になっていた。



 で、入城すると、街の中はなんの変化もなし。街は、普段通りに人々が生活し、日常生活が行われていた。ただ、戦いにならなかった事を喜んでいるようには見えた。



 邑洛の街は何も変わらない。だけど、さすがに寮の部屋には別の方が入っているようで、僕と龍清と朱鈴、そして、凱鬼には、邑洛の主城楼近くの逃げ出した誰かの屋敷が与えられた。どうやら4人一緒にいろという事らしい。



「しっかし、考えようによっちゃ〜、呑気のんきな街だよな」


「うん、そうだよね」


 凱鬼が、柱にもたれかかりつつ、こんな事を話してきた。


 ちなみに朱鈴は食事の用意をして、龍清が手伝っていた。僕と凱鬼は邪魔なのだそうだ。


 僕は、一言付け加える。


「だけど、民衆は平和に暮らせるのであれば支配者は誰でも良いんだよ」


「まあ、そうかもな」


 そして、凱鬼を見て気になっていることを訊ねた。


「そう言えば、凱鬼の配下の〜」


 野盗達って言って良いのか? と思い言葉に詰まる。


「ああ、あいつらか? あいつらも大きめの屋敷もらってそこにいるようだぜ」


「へ〜、良かったね」


 2百名もの野盗が……、人が一緒に暮らせる屋敷か〜。広いんだろうな~。


「向こうに居なくて良いの?」


「ん? ああ、あいつらも俺が居ないほうが、のびのびできるじゃないの? それに、俺もここが落ち着く」


「そう」


 う〜ん、どうやら野盗の皆さんも気をつかって、凱鬼が僕達と居られるように仕向けているようだった。良い部下だね~。



「は~い、お食事できましたよ~」


 朱鈴と、龍清がお皿を抱えてやってくる。


「お〜、こりゃ美味そうだ。朱鈴は、本当に良い奥さんになれそうだな。なあ、耀秀」


「えっ、う、うん」


「そんな、嫌ですわ、耀秀様」


 そう言いながら、スナップの効いた手のひらで思いっきり叩かれる。


 パッーン!


「痛っ!」


「あっ、ごめんなさい、耀秀様」


 そう言いつつ、朱鈴は耀秀を叩いてしまった部位を撫でる。


 それを見て、凱鬼が笑う。


「ガハハハ、朱鈴は、本当に良い奥さんだね~。なっ、龍清」


「そうだね」

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