(什)

 臥良がりょうに呼ばれ、翁垓おうがいの下に集まった。集まったのは、臥良、翁垓、耀秀ようしゅう龍清りゅうせい朱鈴しゅれい、そして凱鬼がいき。さらに、何故か、じょさんも呼び出され、どうして良いか分からずオロオロとしていた。



 臥良が話し始める。


「翁垓殿。もはや、戦うしか道はないぞ」


「臥良殿。戦うのは一向に構わないが、勝ち目があるのか?」


 翁垓に問われると、臥良は、全員を見回すと、ゆっくりと、そして、はっきりとこう言った。


「ある」


「なんと」


 翁垓が、驚きの声をあげる。耀秀も、びっくりした。確かに臥良が策を巡らせば、勝てるかもしれないとは思った。だけど、はっきりと勝ち目があると、言えるとは。


「こちらには、大義名分たいぎめいぶんも、旗頭はたがしらもあるでの。すでに、複数の豪族にも、声をかけておる。一声かければ、こちらにも2万を越える軍がそろうじゃろ」


「大義名分は、耀秀を守る為にだが。旗頭とは、ちと重責じゅうせきではないか?」


 翁垓が、耀秀を見つつそう話す。



 耀秀もそう思った。大義名分としてもやや軽い気もしたが。父上の敵討かたきうちだったら、大義名分としてはたつけど、あまりにも個人的な事のような気もした。



 耀秀が口を挟もうかとした時、臥良がさらに話を続けた。


「いやいや。旗頭はの〜。じょさん様。その腰の刀をお見せくだされ」


「これですかい?」


 じょさんは、腰にいつも下げている小剣しょうけんさやごと外して、皆に見せた。


 じょさん様? まあ、良いか。耀秀は、それよりも驚いた事があった。じょさんって。じょ、さんじゃなくて、じょさんって名前だったのか。だったら、じょさんさんて呼ばないといけなかったのかな? 


 そう思い、凱鬼を見ると凱鬼も首をかしげていた。どうやら、同じ事を考えていたようだ。



 臥良は、じょさんから小剣を受け取ると、うやうやしく頭上に一旦掲かかげ。その後、鞘から小剣を抜き放つ。よく見ると、鞘も薄汚れ傷が目立つが色々な装飾や、何かめ込まれていたような跡も見える。


 そして、抜き放たれた、小剣は見事な輝きを見せた。


 臥良は、小剣を表裏に返しつつ、じっくりと眺める。そして、


「うむ。これこそ、如親王国じょしんおうこくの真なる王。如家じょけに伝わる、宝剣に間違いない。じょさん様こそ。如親王国の真なる王、如参様ぞ。はっは〜」


 臥良は、大袈裟にそう言い放つと、如参の前にひざまずき叩頭こうとうする。すると、翁垓も慌てて臥良のように頭を下げた。耀秀達も、戸惑いつつ真似をした。


「おらがですか? やめてくだされよ。そんな事」


 如参は、どうして良いか分からず、さらにオロオロする。だが、臥良は、すくっと立ち上がり、如参の隣に立つと、こちらへと向き直り声を上げる。


「如親王国の真なる王、如参様が、如親王国、打倒の旗頭として立たれたのだ。これから、我らの軍は如家の真なる王国、如真王国を名乗り如親王国打倒に動く。皆の者、檄文げきぶんを発し、兵を集めよ!」


「はっは〜!」


 なるほどね。今までの一連の動きは、臥良先生の策謀さくぼうだったのか。ようやく、耀秀は、に落ちたのだった。


 だったら、耀家は、父上は臥良によって利用されたのだ。耀秀は、この時そう思い、いずれ臥良とは敵対するとも思った。いつかは分からない、今はその力も無い。だが、必ず。そう誓ったのだった。





「しかしよ〜。じょの奴が、如参様だったってよ〜」


「驚きだね」


 凱鬼の言葉に、龍清が応える。


「凱鬼様も、ご存知なかったのですね?」


 朱鈴が、凱鬼に訊ねる。


「ああ。親父の頃からいたけど、じょは、ずっと、じょさんって呼ばれてたからな〜。入った経緯とかも知らないし、だいたい生い立ちとかは気にしないな。野盗だし俺ら」


「そうなのですね。あらっ? 耀秀様、どうされたのですか?」


 ずっと押し黙って考えている、耀秀を見て朱鈴が訊ねる。


「ん? ああ。ごめん、ごめん。ちょっと、臥良先生の事を考えてたんだ」


「臥良先生ですか?」


 朱鈴が、小首を傾げ左上の方に目線を向け、口元に人差し指を当てる。ちょっと可愛い。


「うん。如参さん……。様か? の事といい、ここに僕達が集まっていた事といい、僕の父上が死んだ事といい。上手過ぎる。おそらくは、臥良先生の計画だったのかなと」


「まあ、ひどい」


 朱鈴がそう言うと、何故か、龍清と凱鬼が立ち上がる。


るか?」


 凱鬼が言うと、龍清が大きくうなずく。


「ややや。駄目だよ。確たる証拠は無いし。それに、今、計画を潰したら君達も殺されちゃうよ」


「そうか。だったら、どうするんだ?」


 凱鬼は立ったままだが、龍清はゆっくりと座り、耀秀の顔を覗き込むように見る。


「いずれ、ちゃんと罪を立証して排除するよ」


「そうか、分かった」


 大きな力を持たない、僕達の話し合いは、こうして終わったが、力を持った人間達の野望や大望たいぼうは、ここ丹倭へと集まって来ていた。全軍が集結したのは半年後、それまで邑洛の軍勢が動かなかったのも、不思議な事だった。





台包だいほう領主、巍傑ギケツ様、兵3千と共に入城!」


 正規軍のようなそろった武装に、一糸乱れぬ動き、そして、先頭に立つ男は槍を片手に、引き締まった身体つきの大柄な男がきつい顔をしていた。性格もきつそうだった。


 続いて、


旺壌おうじょう領主、丹栄タンエイ様、兵5千と共に入城!」


 でっぷりと太った大男が、馬に乗れないのか、6人でかつ輿こしに乗ってやってきた。兵の数は多いが、全体的に小柄で弱そうだった。


 そして、丹栄は、好色そうな目を周囲へと振りまく。


「ひゃあ」


 そう声をあげて、朱鈴が耀秀の背後に隠れるが。


 うん、絶対隠れて、いないだろうな。



 続いて、


白山はくざん領主、鞨項カツコウ様、兵3千と共に入城!」


 配下の兵達は軍装もバラバラ、そして、街中に入ると、周囲の人達にちょっかいを出しつつ進む。


 そして、先頭にはかなり大柄な男。軍装も無造作に纏い露出した両腕、両脚、そして、胸筋が、かなり肥大し、見るだけで威圧感がある。大刀を無造作に肩に担ぎ、左手には、大きな徳利とくりを持ちあおるように酒を飲んでいた。



 最後に、


漢黒かんこく領主、聯邦レンホウ様、兵4千と共に入城!」


 兵達は、ぞろぞろと入城してきた。兵達の動きが鈍く見える。そして、先頭に立つ男は馬に乗っていたが、軍装ではなく文官の着るような服で入城してきた。とても神経質そうな顔をした、痩せた男だった。



 この四人の大きな領主だけで、兵は、1万5千。そして、翁垓の軍が4千。そして、小さな豪族達も、兵を率いて駆けつけ、全軍で2万5千もの兵力になっていたのだった。



 軍勢が、入城する様子を眺めつつ、蚊帳かやの外の四人は、


「如参という、御輿みこしが、出来ただけで、これだけの軍が、集まって来るんだな」


「ああ、本当に……。如参が、本当の国王ってだけで、こんなに兵って集まるんだな」


 耀秀の言葉に、凱鬼が応え、龍清は、


「如参が、本当の如家の末裔、だったらですけどね」


 それに対して、耀秀は、


「まあ、臥良先生の事だから、偽の王をたてるなんて足元をすくわれるような事はしてないよ。それに、実際、本物かどうかも問題じゃないしね」


「えっ! 本物か、どうかは、関係ないのですか?」


 朱鈴が、驚き訊ねる。


「証拠の品がある。それを証明する人がいる。それで充分。それをひっくり返せる証拠が出てこない限り、本物なんだよ」


 如参の情報が出てから、周辺地域から、少なくない如参の親族を名乗る人達が、名乗り出て来ていた。そして、その中の一人に、如参は幼少の頃うっすらと会った記憶があったそうだ。


 そして、その男の供述で、幼い頃から、宝剣は、如参の持ち物だと証明され。その男と、その知り合い達は、一応、如参の一族だと認められたのだった。如参が、正式に王に返り咲けば王族という事だろうか。



 如参とその一族は、王と王族に相応しい服装を纏い、さらに、それに相応しい、立ち居振る舞いを勉強しているようだった。


 見かける度に、それなりの人間に見えてくるから不思議だった。





「き、貴兄等きけいらの奮闘を期待する」


 場所は、丹倭の城楼。その一室を仮の玉座の間として、内部を、それなりに荘厳な物に改築してあった。


 その玉座の間において、如参は、自分の配下として馳せ参じた、五人の豪族の前で、国王としての挨拶をする。まだまだ、たどたどしかったが、少し前のじょさんの面影は無かった。



 そして、如参が退室すると、


「あれが、国王か。何とも頼りない男よの〜」


 聯邦が言うと、


「けっ。なんでもいいさ、あの如親王国と戦えりゃな」


 と、鞨項


「貴様ら! 不忠であろう! 陛下に対して何たる言い草!」


「ああん!」


 巍傑が怒り、鞨項がすごむ。


「まあまあ、仲間同士、仲良くしませんと。我々は、最早、退くことは出来ず運命共同体なのですから」


 と、丹栄。


「そうですな。我々が、しっかりと支えれば、陛下も安心されましょう」


 と、翁垓。



 この五人、何も本来の王家である、如家を復興し正統なる王国をたてるという、清廉せいれんな理念に基づいて集まった訳ではない。それぞれの目論見もくろみ、思惑があった。まあ、若干1名は、その清廉な理想を掲げていたが。



 そんな五人に、臥良が近づく。


「皆様、呼びかけに答えくださり、ありがとうございます」


「何を言われる。陛下の御為おんため、馳せ参じるは臣下のつとめ」


「けっ!」


「貴様!」


 巍傑の物言いをあざ笑う、鞨項に巍傑がくってかかるが、臥良は、


「まあまあ。些細な事は、どうでも良いではありませぬか。大事なのはこれからですぞ。この臥良の策がなり、耀家という今の如親王国を支える屋台骨を自ら崩してくれたのですからな」


「そうでしたな。さすがは臥良殿」


 丹栄は、手揉みをしつつ、臥良を褒め称える。他の誰かがそれを批判するかと思ったが、他の四人も大きくうなずくのみだった。臥良に対する大きな信頼が見えた。



「まずは、邑洛の攻略ですかな。とりあえずの我が国、如真王国の王都としての。さあ、始めましょうか。くっくっく」

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