第15話 襲撃
出発して5時間後。トウコら一行は休憩を取るために、目的地までの間にある集落の1つに立ち寄った。
集落といっても、長距離を移動する組合員たちの休憩を狙って、宿屋と軽食屋を兼ねた店が1件あるだけの場所だ。第16都市の周りにはこのような場所が点在しているが、都市のように強固な防壁があるわけではないので、魔物に襲われて知らない間に壊滅していることは多々ある。
現に、本来ならば2時間ほど前に休憩を取る予定だったが、あるはずの集落がなくなっており今になってしまったのだ。トウコらは軽食とトイレを済ませると、早々に集落を後にした。
再度、魔導車を走らせて1時間ほどが経った頃、見張りのために荷台の開口部に座っていたトウコが異変を察知した。進んできた方角から複数の黒い影が近づいきていたのだ。
トウコが目を凝らして見ているうちに、黒い影はどんどん近づいてくる。
「リョウ、ヒュージパンサーの群れだ。・・8、9、10匹いる。」
トウコが舌打ちをしてリョウに声をかける。
現れたのはヒュージパンサーと呼ばれる、体長3メートルほどのヒョウに似た獰猛な肉食獣だった。リーダーの個体を中心に8~13匹ほどの群れで狩りを行う。
「ヒュージパンサーか。石で十分かな。」
リョウがそう言いながら、ずっしりと重たげなずた袋を持ってトウコの隣に胡坐をかいて座る。
「リカちゃん。魔物が現れたわ。ヒュージパンサーよ。トウコとリョウが対処するから、リカちゃんはそのまま真っ直ぐ走って。」
「はい!分かりました!」
「ヨシ君は今のまま私の隣に座っていてちょうだい。」
マリーがヨシとリカに指示を出しているうちに、ヒュージパンサーの群れはどんどん近付き、すでに獲物を狙うギラギラとした瞳まで分かる距離になっていた。
トウコが開口部に膝を立てて座ったまま、リョウが持ってきたずた袋から何かを取り出し投げた。ひゅっと風を切る音がしたかと思った次の瞬間、先頭を走っていた1匹の頭が爆ぜ、そのまま崩れ落ちる。仲間がやられたことで一瞬怯んだものの、群れはそのまま追いかけてくる。トウコが再び何かを投げる動作をすると、今度は1匹の胴体が破裂する。
「全部いけるか?」
リョウがトウコに問いかけ、
「さあ、どうかな。」
トウコが答えつつ再度何かを投げると、一斉に群れが何かを避けるように飛び退った。飛び退った1匹がいた場所の地面が爆ぜたが、今度は1匹も仕留められなかった。
「獣の分際で学習が早いな。」
今度はリョウがずた袋から何かを取り出し群れに向かって投げる。3匹が固まっている場所のすぐ側で爆発が起こり、2匹が倒れるが1匹は避けた。しかし、爆発の影響で動きが少し鈍る。その1匹に向かってすかさずトウコがまた何かを投げ、1匹の半身がはじけ飛んだ。
「すごいすごいすごーい!トウコさんとリョウさん凄いですね!」
リカが運転席から歓声を上げる。
「あ、あれ何を投げているんですか?」
若干引き気味のヨシがマリーに問いかけると、マリーはこともなげに言った。
「石よ。」
「石?」
「そうただの石。掌くらいの大きさの石を投げつけてるのよ。トウコは単純に身体強化して投げてるだけ。リョウは石に爆発系の魔法を付与して投げてるの。ただの石だからね、付与しすぎると石が砕けちゃうからあのくらいの威力になるんですって。私たちのチームって遠距離攻撃できるメンバーがいないでしょう?だからああいう方法を取ってるのよ。」
「ただの石に魔法付与ができるって初めて知りました・・・。トウコさんも身体強化しただけって・・・。僕も荷物持ちなので荷物担いでいるときは強化しますけど。あれは・・ちょっと・・。」
「ヨシ君いい?あの2人を基準に考えちゃだめよ。だめ。」
マリーが真剣な目でヨシに言うと、ヨシもまた真剣に頷いた。
残り5匹も、リョウが投げて打ち漏らした個体をトウコが撃破するという形で2人はヒュージパンサーの襲撃を難なく退けた。
ヒュージパンサーの群れを撃退して以降は何事もなく進んでいた一行だったが、目的地までおよそ1時間となったところで、再度襲撃された。今度は左後方より巨大な1匹の魔物が地響きを立てながら物凄い勢いで近付いてきた。
「でかい・・・」
「でかいな・・・」
トウコとリョウがうんざりしたように呟く。
「リカちゃん、今度はバーサークベアが左後方から来たわ!あいつと直線になるように走れるかしら?」
「はーい!お任せください!」
リカが明るく返事をする。先ほどのトウコとリョウの戦闘を見たおかげか、怯えは全く見られない。
マリーが言った通り、次に襲撃してきたのはバーサークベアと呼ばれる体長4メートルほどある、グリズリーのような魔物だ。
固い毛皮と厚い脂肪で覆われた強靭な筋肉を持ち、生半可な物理攻撃は効かない。
巨体にも関わらず意外と俊敏だ。また、鋭い爪を持っており、剛腕から繰り出される一撃は当たれば人間など即死させられる。
「あれはトウコの石では無理か?」
「そうだね、石が小さすぎる。あいつの筋肉に阻まれるのがオチだ。」
そう言いながらも、トウコがずた袋から取り出した石をグリズリーベアに投げつける。
左肩辺りに石が直撃したが、多少怯んだ程度でグリズリーベアは追いかけてくる。
トウコが顔を顰めて口をへの字にする。
「やっぱかてーな。燃やすのが一番か?マリー!トウコと交代だ!」
リョウがマリーに叫ぶと、
「えぇ・・ヘッドショット決めちゃえば何とかなるんじゃないの?」
「うるせえ。さっさと交代しやがれ。」
「んもう。分かったわよ。ヒーラーを何だと思っているのよ、まったく。」
マリーがぶつぶつ言いながら、長さが10メートルはあろうかという鎖の先端に、大きな分銅がついた万力鎖を持ち、じゃらじゃら言わせながら荷台の開口部に移動する。
通常の万力鎖よりも鎖が太く、トウコもリョウも片手で握ると余るほどの大きさだ。その分、分銅も大きく重量は相当なものになると思われるが、それを楽々と右肩に担いだマリーは、荷台に付けられた幌の天井部分によじ登った。
荷台の開口部から運転席の真後ろに移動したトウコが、マリーが位置に付いたのを確認した後、リカに声をかける。
「10メートル先で停車してくれるかい?」
「はい!」
と元気よく返事したリカが、指示通りに停車する。
土煙をあげながら真っ直ぐに突っ込んでくるバーサークベアを、鎖を頭上で回しながらマリーは待ち構える。距離が3メートルほどになったところでバーサークベアが立ち上がり、両腕をあげて咆哮した。空気がビリビリと震えるが、マリーは構わず万力鎖の片方を握りしめ、バーサークベアに投げつけた。鎖がバーサークベアの左足に巻き付いたところで、
「せええええい!」
野太い声とともに、マリーが鎖を引くとバーサークベアはたまらず転倒する。
そこへリョウがぽいぽいと無雑作に石を5、6個放り投げると、途端にバーサークベアの体が燃え上がる。
バーサークベアはもがいて起き上がろうとするも、
「そおおおおおおおおい!」
奇妙な掛け声を上げながらマリーが鎖を引くのでその度に転倒する。リョウがダメ押しとばかりにさらに石を放り投げ、再度炎が上がる。徐々にバーサークベアの動きが小さくなり、ついに動かなくなった。
運転席から顔を出して様子を見ていたリカがはしゃいだ声をあげる。
「あはははは!すっごい!マリーさんあり得ない!」
未だ煙を上げるバーサークベアだった物体を見ながら、顔を引きつらせたヨシが言う。
「マリーさんってあれ身体強化しているんですよね・・?」
「多少はしているだろうけれど、マリーの身体強化能力は実は大したがことないんだ。多分ヨシほども強化できないはずさ。」
トウコが答えると、「え?」とヨシは目を見開いてトウコの顔を凝視する。
「マリーは本人も言っている通りヒーラーだからね。回復魔法に特化しているのさ。あのバカ力はマリー本来のだよ。」
「あの見た目なのでヒーラーというのは冗談だと思ってました・・。手の内を明かしたくなくて適当なことを言っているものだとばかり。あの・・・ヒーラーの定義が分からなくなりました。」
ヨシの言葉にトウコはニヤリと笑い言った。
「ヨシ、いいかい?マリーを基準に考えちゃいけない。」
ヨシは遠い目をして「はい・・・」と答えた。
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