ギャンブル依存症のへレーネ【大人の昔ばなしシリーズ】

独白世人

ギャンブル依存症のへレーネ

 昔々あるところに、へレーネというとてもチャーミングな女がいた。その女はどんな子供からもたちまち好かれてしまうという能力を持っていた。へレーネは子供嫌いだったが、生まれ持ったその能力を見込まれて、孤児院で子供の世話をする仕事を与えられた。

 その時代にも、捨てられたり事故で両親を失った子供は沢山いた。孤児になった理由は様々だったが、どんな子供も例外無くへレーネのことが大好きであった。しかしそれとは裏腹に、自分にべったりとまとわりつく子供達の相手が、へレーネは苦痛で仕方なかった。


 へレーネは生活の為に割り切って仕事をし、平凡な毎日を送っていた。孤児たちと寝食を共にする質素な生活だった。

 その生活が一変したのは、甘いマスクのヤーセンという男に出会ってからだった。彼は酒とギャンブル好きの遊び人だった。へレーネはそれまでに出会ったことのなかったタイプのヤーセンに惹かれていった。


 やがてへレーネはヤーセンの恋人になり、酒を飲み、ギャンブルをするようになった。

 それまでのような平凡な日々に戻りたくなかったへレーネは、タガが外れたように遊びまわった。

 そして、ギャンブルの魅力に取り憑かれていった。


 ギャンブルはへレーネの日常になった。しかし、いつまでたっても強くならなかった。

 たまに勝つからギャンブルはやめられない。へレーネのギャンブル依存はそれの典型だった。彼女は孤児院で稼いだほとんどの金をギャンブルにつぎ込んだ。


 ギャンブルをする日々は、ヤーセンと別れてからも続いた。

 やがてへレーネは借金まみれになった。孤児院での仕事をしながら身体を売って借金返済をするようになった。


 へレーネはギャンブルを断とうと思った。しかしどうしてもやめられなかった。

 真面目な男と結婚したらやめられるのではないかと思った。

 へレーネは真面目なだけが取り柄の好きでもない男と結婚した。

 しかし、ギャンブルはやめられなかった。どうにかしてやめたかったへレーネは悩んだ。そして、自分の子供が出来たらやめられるのではないかと考えた。子育てに手が取られてギャンブルどころではなくなると思ったからだった。


 へレーネは好きでもない男との間に子供をもうけた。不思議なもので自分の子供だけは他の子と違って可愛かった。ギャンブルをやめるために彼女が産んだ子供は男の子だった。ピーターと名付けたその子はへレーネの宝物になった。

 しかし、それでもギャンブルはやめられなかった。幼いピーターを抱きかかえながらでも、へレーネはギャンブルに没頭した。


 時はどんどん流れた。

 ピーターが難しい数学の問題が解ける年齢になっても、へレーネはギャンブルをやめられなかった。

 相変わらず負けることが多かった。

 借金はどんどん増えていった。それだけが原因ではないが、真面目なだけが取り柄の男とへレーネは離婚した。

 ピーターはへレーネが引き取って孤児院で一緒に暮らし始めた。


 ピーターは同世代の女の子には目もくれず、へレーネにべったりだった。マザコンと言われても全く気にしなかった。へレーネは相変わらず孤児院の子供達の世話が苦痛だったが、ピーターと過ごす時間がそれを癒してくれた。


 ある日、へレーネは夢を見た。それは自分の持っている能力を手放せば、ギャンブルに勝てるようになるという夢だった。夢の中でへレーネは喜んで子供に好かれるという能力を捨てた。


 次の日からへレーネがギャンブルで負けることはなくなった。巨額の借金を返済し、たちまち大金持ちになった。そのかわり子供から彼女が好かれることはなくなり、ピーターもその日を境にへレーネから遠ざかっていった。


 ピーターは20歳になった。へレーネは孤児院の仕事を辞め、息子と南の島に移住して悠々自適の生活を送ることを考えた。そうすればピーターも喜んでくれると思ったのだ。しかし、彼はその提案に応じなかった。

 それどころかピーターは母であるへレーネを軽蔑した。金遣いが荒くなったへレーネを彼は汚いものを見るかのように接した。ピーターの夢は慈善活動家になることだった。


 まさかピーターに嫌われる日が来るなんて考えてもみなかった。へレーネはどうしてもピーターにだけは好かれていたかった。だから彼の喜びそうなことを沢山した。孤児院へ多額の寄付をし、質素な身なりで質素な生活を送った。身の回りの人に出来るだけ優しく接した。しかし、それでもピーターはへレーネに近寄ろうとはしなかった。ボランティアにも積極的に参加した。しかし思いは虚しく、ピーターはへレーネからどんどん遠ざかっていった。


 ついにへレーネはギャンブルをやめた。そうすれば以前のようにピーターに好きでいてもらえると思ったのだ。

 しかし、彼のへレーネに対しての冷たい態度は変わらなかった。

 やがてへレーネは遠くからピーターを見守ることしか出来なくなった。

 辛く悲しい日々が続いた。

 へレーネは全てを恨むようになった。


 時折、へレーネはヤーセンのことを思い出した。考えてみれば、ヤーセンと出会わなければギャンブルに狂うことはなかった。そして、ギャンブルをやめるためにピーターを産まなければ、こんなに苦しむこともなかったのだ。


 ん?

 本当にそうなのか?

 もっとどうにかすることは出来なかったのか?


 へレーネは死ぬまで泣いて暮らしましたとさ。

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ギャンブル依存症のへレーネ【大人の昔ばなしシリーズ】 独白世人 @dokuhaku_sejin

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