人心操作「ヒノ コトミ」

「へえ」


 彩乃の苦そうな表情からして、本当に関わりたくないのだろう。

 いくら隙のない彩乃でも恐れる人間が居るという事か。ちょっと安心するよね。


 ということは、琴美も優秀で有能な人間ということか?

 俺が持つ印象はただの大食いの隠れ巨乳ってなもんだが。(ひどい)


「冬根さん、火野琴美に何か言われませんでしたか?」

「何かって……」

「例えば、ちょっと気になってしまうような発言とか」


 言われました。気になるどころか、ドストレートなプロポーズされました。

 あれは人生で一番動揺してしまった気がする。


「……なににやけてるんですか、キモイですよ」

「な、うるさいな!」


 ああ言われて嬉しくない男なんかいないだろ!

 ……いない、よね? もしかして俺が恋愛経験乏しいから嬉しくなっちゃっただけ?


「まあいいですけど。でもそれきっと印象操作ですよ」

「なにそれ」

「あの人は、心理操作、印象操作に尋常ではないほど長けています。人心掌握術、と言っても過言ではないです」


 あの? あの隠れ巨乳が?


「そうかな……どう見ても表裏なさそうな、良い子に見えたけど」

「はぁ。そう思っていること自体が既に印象操作されていると気付けないんですか? 気付けないんですね、そうですね、冬根さん無能ですもんね」

「……」


 む、失礼な。でも言い返せない。

 彩乃は口を噤んでしまった俺を見て、乾いた笑いをしてから、


「さて。冬根さん、ありがとうございました。もう帰っていいですよ」

「……」


 聞きたいこと聞き出せたらさっさと帰れと。酷い話だ。

 俺は憎しみを込めて眉毛を動かしながら彩乃を見つめ、ジャムパンの袋を丸めた。


 その時、ノックが鳴った。

 彩乃のゼリーを持つ手が止まる。


「嫌な予感がしますね……」


 そう言うと彩乃は立ち上がり、ドアを開けに行った。

 俺はそれを座って黙って見ていたのだが、


「あー! 冬根くん! こんなところで何をしてたの?」


 入口から聞いたことのある喧しい声が届いた。

 目を遣らずとも分かる、四ノ宮のラウドボイス。


 彩乃にでも用があって放送室に来たのだろうと思ったが、どうやら違うらしい。

 四ノ宮に続いて、他に二人の人物が放送室に突入してきたからである。


 俺はその二人も知っている顔だったのだが――。


「お姉さま。生徒会総出で何の用ですか?」


 書記である四ノ宮、その後ろには生徒会長である西海と、もう一人、つい先日あったばかりの人物が無表情で立っていた。

 やがてその無表情女子は、俺を見つけるなりこう言った。


「あ、ふーくんだ」

「「「ふーくん?」」」


 彩乃と四ノ宮と西海の声が揃った。


 ◆ ◆ ◆


「ちょっと! ふーくんだなんて、火野副会長とどういう関係なの!? まさか、ふしだらな……不潔よ! 冬根君!」

「まあまあ、落ち着きなよ然愛もあ。冬根君もほら、男の子なんだからふしだらな事の一つや二つ、大目に見てあげようよ」


 興奮する四ノ宮を宥める西海会長。

 宥め方が酷くないです? 俺ふしだらの欠片も持ち合わせていないのに。


「それで冬根君。火野副会長とはどういう関係なの?」

「どういう、と言われてもな……」


 どうもこうも、何も無いと思うのだが。

 友達? ではないし、……知り合いとか?


 というかピノコこと火野琴美、生徒会副会長だったのかよ。


 俺が言いあぐねていると、俺の代わりに琴美が口を開いた。


「ふーくんは私の未来の旦那」

「は!?」


 四ノ宮の口から宇宙にまで届きそうな「は!?」が出た。


「いや違う、それは琴美が勝手に言ってるだけで!」

「琴美? もう名前で呼ぶ仲なのね? やっぱりもしかして冬根君は不潔な人種だったのね!?」


 四ノ宮は俺のことを汚いものを見る目で見ながら、眼鏡をくいっとあげている。

 いやなんで俺不潔呼ばわりされなきゃならんねん。マジで恋愛経験皆無なのに。泣くぞ?


「なあ副会長? そこの冬根君とはどういった関係なの?」


 流石に気になったのか、会長である西海も琴美に質問をしている。

 琴美は一瞬俺の方を向いてから、西海の目を見て、


「ふーくんの家にお泊りした」


 と言った。

 一瞬にして凍りつく放送室。俺の心臓も凍りそうだった。


「冬根君! 最低よ! 失望したわ!」

「冬根君ー? 一応さ、高校生という節度は保ってね? 生徒会長としては流石に見過ごせないかなぁ」


 なんで俺責められてるの?

 泊まったのは事実だけど、俺なんも悪くない。よね?


「それよりも会長、さっさと始めましょう」

「……そうだけど、それキミが言うんだね」


 渦中? の琴美が冷静にそう言って、苦笑いの西海が動き出す。

 というか何を始めるのだろう。


「抜き打ちの部活動の活動調査、です」


 背後から彩乃の声がして俺は身体を震わせてしまった。

 というかキミ今までなんで隠れてたの。


「定期的に、生徒会の皆さん自ら赴いて、部活動の活動内容や部費の使用用途など、不正がないかを精査しているんです。そろそろだとは思ってました。放送部は今年はこれで三回目です」

「精査ねえ」


 四ノ宮たち生徒会三人は、散開しあちこちを調べ始めた。

 部費で怪しいものを購入していないかとか、そんなとこか?


「とりあえず、冬根さんは邪魔なので帰ってください」

「……」


 呼んでおいて、邪魔とな。扱いが雑すぎですよ彩乃さん。

 とはいえ確かに俺は邪魔そうなので、今のうちに自教室に戻るとするか。


「冬根君」


 出際、四ノ宮の声がして、俺は振り返った。


「放課後、話があります。いつものところで待ってなさい!」


 某団長の如く指を差してくる四ノ宮。今ならちょっとキ〇ン君の気持ちが分かるね。


 俺はどう弁明すれば上手いこと四ノ宮を丸め込めるかを考えながら、残りの昼休みを過ごした。

 もう流石にタイタニックネタは使えないよな。

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