強制イベント「デート?」

 チョコレート部。


 この世に二つと存在しないであろう意味不明な名前の部活だが、果たしてその活動内容といえば、特になかった。

 というのも、その実態は名ばかりの部活であり、所属していることに意味があるからである。


 つまり名前など何でも良く、『任意の部活に所属している必要がある』生徒の為の部活なのだ。

 本来、俺は進学にあたって推薦を利用できるほどの品行方正でも文武両道でもない為、所属する必要はないのだが、これまた悲しい成り行きで半強制的に部員になっている。


 部長は凛堂。

 部員は俺と、ついこの前新しく入った二人、なつめさくら(♂)と四ノ宮然愛。

 なつめはちょっぴりメンヘラチックに、四ノ宮はかなり強引に入部してきた。


 その時の二時間近くにも及ぶ四ノ宮と凛堂の粘り強い口論を詳らかに紹介したいところだが、そうするとかぎ括弧とエクスクラメーションマークが大量発生するので割愛させていただこう。

 結局のところ、多数の提示された条件を四ノ宮が泣く泣く呑む形で入部に至ることとなった。本当に涙ぐんでいたな。


 そしてしばらく前に霜平は『部員はもう一人いる』と言っていたのだが、今現在までその正体は分かっていない。

 なつめも四ノ宮も、霜平のその発言以降に入部したはずなので、その正体不明の部員を入れるなら合計五人ということになるな。


 それはさておき、実質活動内容がない部活なはずなのに、俺達四人は平日放課後は毎日音楽準備室で顔を合わせていた。

 何故かって? もう言わなくても分かるよね。悲しいから自分からは言いたくない。


 なつめと四ノ宮の入部から約一ヶ月、その間訪れた相談者はなんと七人。その全てが一年生。馬鹿が多いよね、この高校の一年生は。

 その全てに俺は崩壊狙いの酷いアドバイスをしてやった。


 渾身の変顔を披露しろ、すれ違うたびにからすの鳴きまねをしろ、大量の雑草をプレゼントしろ――――そんな感じだったかな。

 ……どれもかなりショボイな。もっとひどいこと言えないあたり俺の小心者具合が窺える。


 してその結果はすべて成功だった。

 この場合のとは、俺の望む崩壊の成功ではなく、相談者が実ったという意味合いの成功だ。マジでなんでだよ。意味不明だ。


 突然、教室で大量の雑草を渡されて「プレゼントです」なんて言われたら、普通どう思う?

 森の精霊さんか、原始の時代から来た時間移動者か、……もしくはとしか思わないだろ?


 なのにどうして上手くいくんだよ。

 凛堂曰く、それは「俺の言葉には力があるから」らしいが、誰がそんなオカルティックな事信じられるかよ。どっかのツェペシュの末裔じゃあるまいし。


 結局、きっかけなんざ何でもいいってことだろ? 全く、色恋に現を抜かす奴は全員突然の豪雨でびしょ濡れになってしまえ。妬ましい。

 まあ、リア充共はそんなテンション爆下がりイベントですら、青春のスパイスにしてしまうんだろうね。何が「ブラウスが透けて、その……」だよ、全くけしからん。(妄想)


 という感じで俺はあれからも恋愛マスターとして悲しい活動をしているのだった。

 辞めたいと願うことはもう諦めた。そうすると何故か必ず更にややこしく複雑な状態に追いやられていくからだ。

 それなら、もういっそこのまま、とくに波風も波乱も起こらずに無難に平穏に過ごしたほうが身のためだ。身というより、俺の精神のためだけど。


 ここまで振り返るように語ったのも、実は本日が終業式であったからである。

 つまり、明日から夏休みなのだ。やったぜ!


 夏休みということは、学校に行かなくて良いということだ。

 部活動などで登校する生徒は居るだろうが、俺の所属する部活は活動内容がそもそも無い。ということはつまり登校する必要もない。

 俺はわざわざ学校外で勉学に励むような殊勝な人間でもないので、予備校などに行く予定もない。


 つまり。


 夏休みの間は、恋愛マスターとしての責務――って何だよって感じだが――から解放されるのだ。

 とくにここ最近は俺のことをマジマジと凝視してくるショートカットと、定期的に顔を出しては恥ずかしいセリフで痒さを発生させる生徒会書記がいたので、落ち着いて読書すらできない状態だったからな。


 なんとなく、毎日のように顔を合わせていた凛堂と会えないってのは少しばかり寂しい気もするが……まあ居てもほぼ喋らないし無表情だしアレなんだけど。


 とにかく。

 一ヶ月ちょっとの夏休み、自由にのびのびするぞ!



 ……といった俺の意気込みは、夏休み初日の午前中にいきなり出鼻を挫かれることになるのだった。


 事の始まりは、一本の電話からである。


 ◆ ◆ ◆


『――ひょうかちゃんっ』

「んぁ……ちゃん……?」


 ピーヒャラ騒ぎ立てるスマホを寝惚けまなこで仕方なく手にし、良く画面も見ずにボタンを押して通話の体勢になった俺の耳に飛び込んできたのは、聞いたことのあるようなないような女性の声だった。

 誰だ、俺の事をちゃん付けで呼ぶ奴は。


『私と一緒に、デートしようよぉ?』

「……は?」


 だらりとしていて寝起きには若干イラつく声音に、俺は段々覚醒してきた。

 出掛けるってどこにだ。ってか誰だ。俺の携帯電話の番号を知っている奴なんて限られるのだが。


『ほらぁ、女の子に恥をかかせちゃだめだぞっ』

「……」


 声質とこのうざさ、なんとなく誰なのか分かってきた。

 多分あの教師だ。顧問の……霜平といったな。


『とりあえず玄関前で待ってるからぁ、早く出てきてねぇ』

「え? 待ってるって、どういう――」


 俺の声が届いたか否か、一方的に切られた通話。

 自分の眉が顔に真ん中に集まっていく感覚。どうして俺の電話番号を知ってる?


 それよりも気になる単語が聞こえた気がする。

 デート――俺はもうしばらくしたくないと心に誓ったのだが。

 助手とのデート (?)のトラウマが蘇り、俺は強めの溜息が出た。


 嫌な予感しかしない中、慌てて着替えて玄関を出てみると、そこには塀にもたれ掛かるようにして立っている人物が一人。


 黒の半袖パーカーに純白のベリーショートパンツ、そこからスラッと伸びる綺麗な白い脚の先には黒のワンライン入りの純白のスニーカー。

 日光が当たり金色に近くみえる茶髪の上にはこれまた映えるような純白のキャップ。

 道行く男どもが高確率で振り返って見てしまいそうな、見蕩れてしまいそうな程のお洒落な格好の女性がいた。

 

 というかそれは、霜平だった。

 控えめに言って、滅茶苦茶似合っていて可愛かった。なんか悔しい。


「あー、やぁーっと出てきたぁ。遅いよ、氷花ちゃんっ」


 ボーイッシュな格好なのにだらんとした口調と仕草。世の人間はこういうギャップにやられるんだろうな。今なら激しく気持ちが分かる。


「遅いと言われても……すごく似合ってて可愛いですね、その格好」

「まぁ。氷花ちゃん、早速コーデ褒めてくれるなんて、ヤリ手だねぇ。デートって感じがするぅ」

「なんですか、そのデートって」

「んー? デートはデート。早く行きましょう? もうお昼になっちゃうよぉ」


 夏休みの初日くらい、たっぷり睡眠に充てさせてくれよというツッコミを封印しつつ、俺は目の前のあんぽんたん教師に冷静に問うた。


「デートって何でですか? どういう状況ですか?」


 霜平は途端にしょんぼりした顔になって、


「えぇ……先生とデート、嫌?」

「いやいや、嫌とかではなくて」

「じゃいいのね!?」

「えーと、良いというわけでも……」

「もう! 氷花ちゃん男の子なんだからはっきりしなさい! ぷぅ」


 いい年こいて、ぷぅ、じゃねえ。それに男の子っつうならちゃん付けで呼ぶな。


「じゃ、その……します」


 します、じゃねえだろ俺!! 俺もあんぽんたんだ。


「やったぁ! それじゃ、いこいこぅ!」


 霜平は目を細めて白い歯を見せた後、俺の腕に両手を絡めてきた。

 一瞬にして倍以上の速度で動き出す俺の心臓。スキンシップは反則ですって……。


「ど、どこに行くんです?」


 家を出て駅の方角に歩きながら、俺は隣でニコニコしている霜平教諭に訊いた。


「んー? イ・イ・ト・コ・ロ♪」

「……」


 もしかして先生って、三十越えてます? とは訊けないまま、腕にしがみつく霜平に翻弄されながら歩く事五分。

 駅すぐ傍の駐車場に着いた。のだが。


「あ! 冬根君、遅いわよ! 待ちくたびれたわ!」

「氷花くん……おはよう」


 大きめのバンの周りに、見知った顔が数人。

 声を掛けてきたのは四ノ宮となつめなつめの隣には凛堂と、驚くべきことに四ノ宮の隣には彩乃が居た。

 その全員が、リュックにキャリーなど、まあまあな量の荷物を持っている。


「……ほれ、氷ちゃん、コレ」


 さらに驚いたのは、そう言って俺に大きなボストンバックを渡してきたのが姉だったことだ。

 なんで姉がここにいる? そしてなんでこいつらと一緒に居る?


「そこに着替えとか一式入ってるから。氷ちゃん、お姉ちゃんにお土産よろしくねー。それじゃ、先生、私はこれで」

「あら、氷花ちゃんのお姉さま、ご協力ありがとうございましたぁ。氷花ちゃんは責任を持ってお預かりしますねぇ」

「いんやいんや、雑にき使ってやってくださいな」


 それだけ言って、ジーパンにぴっちりしたティーシャツの姉は歩いて行ってしまった。


 大きなバッグを受取って茫然とすることしかできない俺。

 口を閉じるのも忘れたまま、集った人間の顔を順番に見てから、


「……先生?」

「なぁにぃ、氷花ちゃん」

「デートって、言ってませんでしたか」

「うん! この駐車場までの、お散歩デートっ。楽しかったぁ?」

「……」


 全く悪びれもせずに、ニッコリいい笑顔を向けてくる霜平。


 う、嘘つきは泥棒の始まりなんだぞ!!

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