目の行方

黒瀬

目の行方

「お姉ちゃん、見てよ」

 朝から誇らしそうな梨子が口角をあげて言った。しかし彼女は何も持っていないし耳や腕には装飾もしていない。彼女がわたしに見てほしいものは、彼女のくぼみに埋まっている眼球だ。

「今日は誰の?」

 わたしは濡れた顔をタオルで拭い、鏡に移る梨子を見た。

「今日はGTSのゲン!」

 真っ黒で可愛いんだよね、と梨子はわたしと鏡の間にグッと顔を入れ込んで、そして鏡に映る自分を見つめた。

「ねえ、やめてよ」

「いいじゃん。もう終わったんでしょ?」

「そうだけど」

 タオルを洗濯機に放って梨子を見つめる。彼女はその視線に気づいてわたしと目を合わせると、諭すような口調で言った。

「お姉ちゃんもさ、サイボーグにしちゃいなよ。綺麗になれたり可愛くなれたり、好きな人と同じ目になれるんだよ? めっちゃよくない?」

「わたしは、まだいいかな」

「ええー、もったいなー」

 梨子はそう吐き捨てて洗面台を去った。移動の足音が騒がしい。朝から元気なことはいいことだけど、わたしの性格とは合わない。

 近年発達した水晶取り換え技術は人類サイボーグ計画団体が企画したものだった。それは非常に画期的なアイディアだと若い世代を中心に受け入れられた。その技術は要するに、眼球だけをサイボーグにしてしまう技術である。目の奥に脳神経と連動させるチップを埋め込むことで、普遍的な視力と自由自在に眼球の取り換えることができることを約束した。

 眼球のサイボーグ化の代償はただ一つ。それは自分の眼球を団体に提供することのみだ。

 梨子もそれを受け入れた人間の一人だった。

『どんな時でもあなたの好きな水晶に』

 団体のスローガンに惹かれて、梨子は両親に頭を下げてお願いをした。初めのほうこそ両親は反対だったが、時代の流れに逆らうことはなによりも難しい。世間と梨子の勢いに流された両親は結局折れてしまい、梨子の眼球のサイボーグ化を許した。なんならその数か月後には両親揃って眼球をサイボーグにしてしまったので、いよいよわたしのみが自前の眼球で過ごしている。

 サイボーグになることはきっと悪いことではない。普遍的な視力が手に入れば、盲目はこの世からなくなる。眼鏡やコンタクトに頼っている人もいなくなる。

 リビングに戻るとニュースが流れていた。そしてなぜか、みんなの顔が青冷めている。

 どうしたの、というより前に梨子の悲鳴が聞こえた。そして次に聞こえたのは父さんの「落ち着け!」という大声だった。母さんは泣いていた。さっきまでにこやかにしていた梨子たちに何があったのか、わたしは分からないまま立ち尽くしていた。

「優子はどこだ!」

 父さんが延々と首を右に動かし、左に動かしそう言った。

「そうよ! 優子ならまだあるわ!」

 母さんがそう言って歩を進めた。わたしは怖くなって、カバンを手に取り家を出た。スマホを見つめていると緊急速報が入っているのが目についた。

『全世界で一斉障害。視力を奪われる人が多数か』

 梨子たちは視力を奪われたのだということに、わたしはようやく気がついた。そしてリビングで流れていたニュースはそれに関することだったのだ。

 世界が暗闇に包まれた。街のいたるところで悲鳴やら怒号やらが聞こえてくる。今日も太陽はどこまでも高く昇っていて、みんなを平等に照らし続けている。

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目の行方 黒瀬 @nekohanai2

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