推しのアイドルは僕の嫁

アル

推しのアイドルは僕の嫁

 僕は高校に登校してから始業チャイムまでの間、アイドルグループ「プレット」の動画を見て癒される。それが僕のルーティーンだ。

 プレットは人気急上昇中の三人組アイドル。

 リーダーのミナミは最近女優としても活躍を続け、大人っぽい容姿で一番の人気を博している。

グループでお姉さん的立場のナナは出るとこは出ていて、引っ込むところは引っ込んでいる圧倒的なスタイルの持ち主だ。そんなスタイルにおっとりと優しい性格があいまり根強いファンも多い。

 最後に三人の中で最年少のレイ。幼く、可愛らしい見た目をしている彼女は僕の──

 ブチっ

 至高の時間を過ごしているといきなり耳から嫌な音が聞こえた。と同時に今まで見ていたライブ映像が教室中に大音量で流れる。

「毎日毎日よく飽きないわね」

 そこにはイヤフォンのコードをクルクル回しながら美少女が立っていた。

 その美少女はよく伸びた黒髪を高めで二つに縛ってツインテールの髪型にし、比較的小さめの身長に似つかわないスラッと伸びた美脚にニーハイソックスを履き、程よくしまった体型をしている。この学校一番の言葉通り有名人「白石玲香」だ。僕の幼馴染でありながらプレットで「レイ」としても活躍を続けている。

「幼馴染の追っかけやるとか、あんたホントに気持ち悪いわね」

 爆音が流れ続けるスマホにあたふたする僕をよそに玲香がジト目を向けてくる。

「しかもなんでこんなにうるさいんだし」

「三人のパートごとに覚えるために決まってるだろ」

 音を元に戻し、クラスメイトの好奇な視線に晒されながら当たり前の如く答える。

「なんでそんなこと」

「なんでって今週末の握手会兼ミニライブのためだよ!」

「……じゃあまた来るんだ、握手会」

 ほんのりと玲香が頬を赤らめた気がした。

「あ、今回はミナミさんのレーンに行くから」

 その言葉を合図に玲香の正拳突きが腹部に飛んできた。

悶絶しながら始業のチャイムを聞き、自分の席へと帰っていく玲香を見送った。

「……なんで私のところ来ないのよ」 

 玲香が何か呟いたが腹部の痛みでそれどころではなかった。

 こんなように、ことあるごとに僕はなかなかにキツい性格の幼馴染兼推しアイドルに構われている。

 

「今日はありがとー!」

 週末会場に集まった大勢のプレットファンがミナミの声に呼応し、「フォー」と絶叫をあげる。

「握手会も楽しんでいってね」

 そして各々が目当てのメンバーと握手するため列を作っていく。

 僕も以前から決めていたミナミの列に並ぶ。最近連ドラに出演した影響なのかこれまでの倍以上の人が並んでいた。他二人のレーンを見るとミナミの人気が頭一つ抜けていることが分かる。

ナナとレイの列に人数の差はなかったが、レイの方が人の流れが圧倒的に早い。

 案の定、僕が待っている間にレイの列から人がいなくなった。ミナミとナナの列はまだ半分ほどしか進んでいない。

 今までこんなに差が出ることはなかったが、人気が上がったことによりファンの人数ではミナミが、ファン一人一人の熱量ではナナが勝り始めたんだろう。

 仕方ないと思いながら自分の番を待っていると、不意にレイが落ち込んでいる様子が見えた。今ここにいるプレットファンの誰もレイに目を向けていない。

「しょうがない……」

──アイドルの「レイ」ではなく幼馴染の「玲香」を励ましに行くか。

 今まで待っていたレーンを抜け、レイのレーンへと向かっていく。

「僕いいですか?」

 片付けに入っていたスタッフに握手券を渡し、歩みを進める。

「おつかれ」

 俯いたまま僕に気づかない玲香に声をかける。

意表をつかれたように玲香はビクッと顔を上げる。

「……どうして?」

「どうしてって握手会だからファンは来るでしょ」

 その言葉を聞いた玲香は顔を逸らし、一息ついて顔を戻す。

「なんで私のところに来てんのよ。ミナミさんのところ行くんじゃなかったの? バカなの?」

 最後の一言は余計な気がするが、いつも通りの玲香に戻り、安心した。

「まぁ結構混んでたし、玲香のところだったら長時間いられるしね」

「そんな理由で推しとの握手諦めてんじゃないわよ」

「いやいや、箱推しだから。ミナミさんもナナさんも、もちろん玲香だってみんな応援してるから」

 玲香の口角が無意識のうちに上がる。

「何笑ってんの?」

「はあ? 笑ってなんかないし! 目腐ってんじゃないの!」

 顔を紅潮させた玲香にいつも通りの強烈な罵倒をされる。

「まぁ元気になって良かったよ。落ち込んでたみたいだったから」

「別に落ち込んでなんか……」

 視線を逸らし、ばつが悪そうに玲香が話す。

「そっか。……じゃあここからはお節介。自分のペースでやっていけばいいんじゃない。頑張ってるのは知ってるし」

 素直にならない玲香に半端な慰めをしても無駄なことは長い付き合いから知っていた。なので自分の伝えたいことだけを簡潔に伝えた。

「うっさい。…………バカ」

 こちらを直視することなく若干の上目遣いで、照れながら玲香がボソッと呟いた。

二人きりのこの空間でははっきりとその言葉が聞こえた。

 そんな様子の玲香に幼馴染の美少女だとか、推しのアイドルだとかを抜きにして魅力を覚えた。

「……じゃ、じゃあそろそろ帰るから」

 邪念に支配されそうになるのを堪えながら玲香に背を向ける。

「あっ、ちょっと」

 すぐにでもここから離れたいところを玲香に呼び止められる。

「えっと、その、……ありがと」

 完全に追い討ちをかけられた。

「違うから! これはファンの人にはお別れの時に言う決まりになってるだけだから!」

 それだけ言うと玲香は早足で会場の控え室へと下がっていった。 

 とどめを刺され、その場に立ち尽くしてしまっていた僕はスタッフに退去を促された。

 ようやくそこで正気を取り戻すことができた。

「あれだけできるならすぐにでも人気になるだろ」そんなことを思いながら夕暮れ時の帰り道をとぼとぼ帰っていった。


 後日、プレットのニューシングルが発表された。しかもこのシングルのセンターはファン投票で決定するとのサプライズ付きだった。

 そのこともあり、ファンの熱気に比例して僕自身も自分史上最も胸が高鳴っている。

 しかし僕以上にこのお祭り騒ぎの張本人、玲香がギラついていた。

「ねえ! 見たんでしょうね、次のシングル」

 登校するや否やその玲香が早速やってきた。

「お、おはよう。もちろん見たよ」

「絶対私がセンターになってやるんだから。アンタもちゃんと見てなさいよ!」

「分かった、分かったから。応援してるよ」

「ホントでしょうね、約束だからね」

 玲香の盛り上がりについていけないまま、彼女の決意表明を聞いていた。

 

ただ玲香の決意は本物だったようでレイは徐々に一人での仕事が増えていき、今では週刊誌の巻頭グラビアまでこなすようになった。それに伴いグループ内でもミナミに次ぐ人気を獲得している。

「人気になったなぁー」

 昼休み呑気に屋上で一人、プレットの曲を聴いていると校門の方が騒ぎになっていた。

 覗き込むとそこには玲香の姿があった。

 最近は忙しくなり、学校に来ること自体珍しかった。そこに急上昇中の人気が拍車を押して、登校してきた玲香を大勢の生徒が取り囲んでいた。

 それでも玲香は生徒たちを無下にすることなく、一人一人丁寧に対応している。

「流石トップアイドル……」

 レイとして成功する玲香に嬉しさの中に少しの寂しさを孕みながら眼下の光景を眺めていた。

 

 そして、ついに開票の日がやってきた。結果は生配信の中で発表されることになっている。

 メンバー三人が集められ、画面越しでも伝わってくる緊張感が三人を包み込んでいる。

 それぞれが違った表情を作りながらその時を迎えた。

 ──結果はミナミがセンターを務めることになった。

「……惜しかった」

 数字として出ているわけではないのではっきりとは分からないがきっと惜しいところまで行ったと思う。最近の玲香の頑張りを見ていれば自ずとそう思うほかなかった。

 しかし玲香にとっては耐えきれなかったのかもしれない。

 玲香は逃げ出してしまった。 

 運営もファンも大騒ぎになる。すぐに配信は切られ、対応に追われる。

 心配になり玲香に連絡をかけるが反応がない。その後、玲香の自宅にも尋ねたが帰ってきていないようだった。

 諦めかけならがら近所の玲香が行きそうな所を探していると、小さい頃よく一緒に遊んでいた公園で玲香を発見した。

「探したよ」

「……なんだ、アンタか」

 いつもだったらここですぐに罵倒されたはずだが、かなり玲香は落ち込んでいるようだった。

「ねぇ、ダメだった」

「うん」

「センターになった姿見せたかったのに……」

絞り出すようなか細い声で玲香は話し続ける。「誰に?」その疑問は出てきたが今聞くのは無粋だろう。

「もうアイドルやめようかな」

 無理に言葉を返すのはやめようとしていたが、その一言だけは耐えきれなかった。

 玲香がどれだけアイドルになりたかったか、そのためにどれだけの努力をしてきたかを間近で見てきた僕にとってそれだけは許せなかった。 

「なんでやめるの?」

「だって才能ないし」

「いやいや、めちゃくちゃあるでしょ」

 誰がプロデューサーでも選ばれるだろう容姿に努力を惜しまない姿、そこに人を落とすテクニックを握手会の時に身に染みて痛感した。これだけあればアイドルとしては十分すぎた。

 ふと目の前の玲香を見るとパァと顔を赤らめていた。

 全く状況を理解できないでいると玲香が一言、

「……いきなり、早口で何言ってんのよ」

 そう言われ、最大限頭を回す。そして一つの結論に辿り着く。

「もしかして、声に出てた?」

 その問いに「うん」と小さく玲香がうなずく。

 次いで玲香の顔に負けず劣らず僕は赤面する。

「というか、冬の落ち着いた曲じゃ玲香にセンターは務まらないでしょ」

 羞恥心を精一杯紛らわすよう、冗談めかして言葉を吐き出す。

「はぁあ? 誰が務まらないのよ!」

 それと同時に掌底が飛んでくる。

「……誰のためにアイドルになったと思ってるのよ。アンタにそんなこと言われたらやめられないじゃない」

 掌底を顎に受け、薄れゆく意識の中で玲香が意味深なことを言った気がした。

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