廃課金の女神さま

ブンカブ

廃課金の女神さま

「あなたが落としたのは“SSR覚醒・救世の乙女レイア”ですか? それとも“SSR究極進化・月光の乙女レイア”ですか?」


 学校の裏手にある池に向かって「うっかり」投げ捨ててしまったスマホを救い出してくれたのは、ソシャゲの痛Tシャツを着た女神さまだった。豊満な胸に押し広げられたプリントTシャツの「推し活!」の文字が泣きたいほど痛々しい。


「ほう! なるほど……」


 俺は女神とともに池の中から出てきた二人の“レイア”をまじまじと見比べながら熟考する。


「覚醒レイアは光パーティーに即採用レベルの高パラメーター。反対に究極進化レイアは環境最強のスキル『くっ殺せ!』を持ち、敵オークやゴブリンを引き寄せることができる。どっちも捨てがたい!」


「さすがは廃課き……もとい勇者。多々買たたかいを心得ているようですね」


 女神は「むふー」と鼻息を荒くしながら満足げにうなずく。


「当然だ。多々買たたかわなければ生き残れない。ソジャゲは遊びじゃないんだよ」


 こう見えても俺は自他共に認めるソーシャルゲームの廃課金プレイヤーだ。学校帰りはコンビニに直行、稼いだバイト代は全てをソシャゲに注ぎ込んでいる。


 中にはそんな俺の行動を馬鹿にする者もいた。

 たかがソシャゲに課金なんてありえないと。

 だが待ってほしい。

 そのように鼻で笑う者たちは、人生の中でただの一度も好きなものにお金を使わなかったことがあるのだろうか。

 なけなしのお小遣いでジャ○プやマガ○ンを買わなかったのか?

 好きなものに投資したい。

 その思いに貴賎はなく、推しは推せるときに推すべきなのだ。


「ふふふっ、悩む必要なんてありませんよ。私なら覚醒レイアを選びます」

「その心は?」

「イラストアドバンテージ」


 ボソリと呟き、女神は不敵な笑みをこぼした。


「イラアド!?」


 俺は驚愕に目をかっぴらきながら、不思議な力で水面に浮かぶ二人のレイアを見比べた。


 女神の左手に浮かぶ覚醒レイアは、甲冑の代わりに水着なんだか下着なんだかよくわからない布切れを纏い、ほとんど全裸みたいな格好で馬鹿でかい剣を背負っている。


 対照的に、女神の右手に浮かぶ究極進化レイアは女性的な曲線美を表した白い甲冑に身を包み、武器は王道の片手剣に小振りの盾を装備している。


 神々しさでは究極進化レイアの圧勝……しかし、露出度では覚醒レイアが大変けしからんかった。実にけしからん。


「そういうことか……」


 俺は一人納得し、図らずも唸ってしまっていた。


 イラストアドバンテージとは、簡単にいえばカードのイラストの良さだ。今この場では実体化しているレイアだったが、実際のスマホの画面ではイラストとして登場する。そしてその良し悪しのことを、ゲーム界隈ではイラストアドバンテージと呼んだ。


「確かに露出度の高いキャラの人気は総じて高いからな」

「そうです。おっぱいは世界を救うのです」

「何? まさかッ!?」


 俺は引き裂かんばかりに痛Tシャツを押し上げている女神の胸元を凝視した。


「ふふふっ、気づきましたか。そうです。女神が巨乳なのは必然! この世の真理の一つなのです!」


 名だたる世界の学者たちに先んじて、この世の真理の一つを解き明かしてしまった俺は、自らの才能に恐怖を感じつつも女神との更なる問答を試みた。


「しかし、その理屈が正しければ究極進化レイアでもいいはずだ」


 覚醒レイアも究極進化レイアも同じ“レイア”のバージョン違い。つまりは同一人物であり、ひいては胸のサイズも同じはずである。同じサイズのおっぱいならば、救える世界の大きさも同じでなければならないという簡単な理屈なわけだ。


 俺がそのように問うと、女神はそれまでとは一転して悲しげな視線を虚空にさまよわせた。


「現実ならばそうです。しかしレイアはあくまでソーシャルゲームのキャラクター。架空の存在であり、イラストでしかないのです」

「何が言いたい?」

「これをご覧なさい!」


 キッと目つきを険しくするや否や、女神はどこからか取り出した採寸用のメジャーを引き伸ばして二人のレイアのバストサイズを計測した。無論、それは衣類と甲冑の上から測ったためにズレが生じる。通常であれな甲冑を身につけている究極進化レイアの方が数値が大きくなるはずなのだが……。


「こっ、これはッ!?」


 俺は予想だにしなかった結果に愕然とする。

 両者のバストサイズは完全に一致していた。


「一体どういうことだ!?」

「模写です」

「何!?」

「もともと、覚醒レイアと究極進化レイアは同じイラストの服装違いとしてデザインされていました。しかし企画が変更され、途中からまったく別のイラストとして書き直されたのです」

「それなら、胸のバランスも考え直されたんじゃないのか?」

「ところがです。納期に追われていた絵師は覚醒レイアの一部を下書きにし、究極進化レイアのイラストを仕上げました」

「開発の無茶苦茶なスケジュールに振り回されるイラストレーター……よく聞く話だ」

「絵師は犠牲になったんです。無茶苦茶な納期……その犠牲にな(ドヤァ)」


 女神はドヤ顔を決めつつも、改めて覚醒レイアの細い肩に手を乗せる。


「彼女の能力は優秀。対して究極レイアは環境に刺さっているとはいえ、対象限定のスキルのみ。イラストの魅力も劣ります。はっきり言って先のないハズレキャラ。迷う必要はないと思いますが?」


 ニヤニヤといやらしい笑みをこぼしつつ、女神は覚醒レイアの双丘を服の上から弄ぶ。ううむ、実にうらやまけしからん光景だ。


「これがイラストアドってやつか……気に入らないな」

「なぜです? 能力で甲乙がつけられないならイラストで選ぶ。そんなの当然のことではありませんか」

「人は胸のみでキャラを選ぶにあらず。古い格言だ。それに先ほどから聞いていると……女神様、あんたはどうやら俺に覚醒レイアを選ばせたいらしい」


 ロビンフットの矢の如く鋭い言葉を放つと、その一撃は女神の不穏な心を見事に射抜いた様子だった。


「そ、そんなことは……!」

「覚醒レイアは確かに素晴らしいイラストだ。それは否定しない。だが究極進化レイアにも魅力はある。ボイスアドバンテージだ」

「ボイスアドバンテージっ!?」


 ソシャゲのキャラクターには声優が割り当てられ、声がつくことが多いが、このレイアというキャラクターもまた例外ではない。


「究極進化レイアのスキル『くっ殺せ!』で聞くことのできる声優さんのボイス! 気丈に振る舞いながらも悔しさと屈辱に声を震わせる演技が男心にホールインワンダフル。これを聞けるというだけで究極進化レイアを選ぶ理由がある」

「そんなの! キャラ性能とは関係ないじゃありませんか!!」

「ならばイラストも関係がない! プレイヤーがキャラの進化先を選ぶとき、様々な打算と夢が交錯する。しかし、その全てを叶えることはできないんだ。選別、ステ振り、運営による理不尽なナーフ! キャラクターのステータスは絶対ではなく、次々と強力なキャラが量産されてくる」

「それは、売り上げのためには仕方のないこと! 強いキャラを作り続けなければ、誰もガチャを回してくれなくなる!!」

「だからこそだ! だからこそ、何を基準にキャラを選択するのかは個々のプレイヤーに委ねられるべきなんだ。ステータス、スキル、シナジー効果……イラスト、そしてボイス。全て正しく、全て良い。ハズレキャラなんていない!!」


 全てのキャラクターにはそれをデザインした絵師、プログラマー、声優、関わった人々の思いがこもっている。それを「ハズレキャラ」だなんて、俺は絶対に認めない。


「俺のターン! ドロー! 俺は究極進化レイアを選ぶぜ!!」


 声高らかに叫ぶと、女神は水面に浮いたままガックリと崩れ落ちてしまった。アルプスの清流のように美しい前髪の向こうでは、しかし女神が密かに涙している。


「その言葉を……」


 彼女は白く細い指先で目元の滴を払うと、悲しげな瞳を震わせながら顔を上げた。


「その言葉をもっと早く聞けていれば……!」


 真夏の陽炎のように目の前が歪み、唐突に俺のスマホが出現する。


 慌てて中身を確認すると、ソシャゲアプリ内のキャラクターボックスにはSSRの究極進化レイアが収まっていた。


「いったい何があったんだ?」


 失意に打ちのめされている女神にたずねると、彼女は小さくため息をこぼした。


「……今月のお給料を、全て注ぎ込んでしまったのです」

「なん……だと……」

「ネットで、覚醒レイアはイラアドが高いって聞いて! パラメーターも優秀だって聞いて! 究極レイアは露出度低い上に絵が使い回しで、くっころ2コマ落ちのハズレキャラだって! だから私、軽い気持ちで覚醒レイアにしちゃって!」


 基本的に、このソシャゲでは一度成長させたキャラは元に戻せない。絶対にできないわけではないのだが、そのためには成長前のキャラクターを引き直す必要があった。


「私、本当は『くっころ』が聞きたかったんです。でも、何度ガチャ回してもレイアを引けなくて……」

「それで自分を正当化したかったのか」

「そうでもしないと、課金した18万円が報われないと思ったんです」

「女神の給料安くない?」

「ですが、あなたの言葉で目が覚めました。全てのキャラに貴賎なし、ワザップ信じちゃダメゼッタイ。人の評価ではなく、自分の心に従ってキャラを選べばよかったのですね」


 女神はゆっくりと立ち上がると、ようやく笑顔を取り戻す。

 俺は晴れゆく暗雲から覗いた陽光のような笑みを前にし、静かに微笑した。


「……ところで、今日からイベントがはじまる。女神様さえよければ、これから一緒にガチャるか?」


 俺は起動したソシャゲのガチャ画面を見せながら提案する。

 そこには『大感謝祭! SSR確率5倍』の文字がデカデカと飾られていた。


「ふふふっ、どうやら魔法の力を開放する時が来たようですね」


 不敵な笑みを浮かべると、女神は財布からクレジットカードを取り出していた。


 強いキャラクターが存在する。

 弱いキャラクターも存在する。

 ソシャゲがゲームである以上、それは仕方のないことだ。

 しかし、弱いキャラクターを選んではいけないのだろうか。

 ネットに書かれた最強パーティーを作ることだけが、ソシャゲの楽しみ方なのだろうか。

 俺はそうは思わない。

 絵がいい、声がいい、自分の好みのキャラクターで遊ぶことも、ソーシャルゲームの一つの楽しみ方なのだ。


 全てのキャラに貴賎なし。

 この言葉を今一度胸に刻みつけながら、俺たちはイベントガチャを回すのだった。


 結果、二人とも爆死した。



〈終わり〉

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