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「……だ……ない……」

「………………いか?」

「…………はずはない」


 微かに話し声が聞こえる。目を開けなくても分かる。その話し声は私の真上から振ってくる。

 今、目覚めたところなのだ。もう少し黙っていてほしい。


「……」

「おいっ、起きたぞ!」

「成功だ!」


 私が目を開けるとそいつらは一層声を張り上げる。うるさい。静かにしろ。


「これで俺もしょうきゅッ——」


 一番近くに立っていた男の首が飛ぶ。哀れだ。もう少し後ろに立っていれば長生きできたのに。


「こいつッ!」

「応援を呼べ! 今す、ぐッ——」


 さらにもう一人の首が飛ぶ。


「ひっ」


 気づけばベッドの側にいる男は残り一人になってしまった。戦うことも逃げ出すことも出来ず、床に蹲っている。


「……」


 両手を見るとべったりと真っ赤な血で染まっていた。いつの間に抜いたのか、右手には一振りの剣が握られている。真っ黒で無機質な剣。刃先から血が滴り落ちていた。


「……」

「ひっ……助け、ッ——」


 立ち上がり、扉に向かって駆けだした男を背後から袈裟斬りに剣を振り下ろした。血しぶきがあがり、私の頬を汚す。さっきまでクリアだった視界が赤くなる。



「あーあー。まるで惨劇の後だな、ここは」

「……」


 最後に死んだ男が手を伸ばした先の扉が開いた。

 血色の悪い顔、人間離れした体格。床に転がっている男たちとは全く違う。正面からの一撃で殺せないことは明らかだった。


「やあ。お目覚めかな」


 さらに背後からもう一人。白衣を着た不健康そうな男。


「……」

「目覚めたばかりで何も分からず混乱しているだろう。だから私の話をよく聞くといい」

「……」


 私の無言を肯定と捉えたのか、白衣の男は話を続ける。


「君は何者でもない、たった今、造り出された兵器さ。結社の命令に従い、人間を殺せばいい。簡単だろう?」

「……」


 視線は私の持っている剣へ。どうやら白衣の男も想定外だったらしく、訝しげに目を細める。


「その剣はどこから持ってきた? この部屋には無かったはずだ」

「……」

「答えろ」

「……」


 なお沈黙を守る私に苛立ち、白衣の男は一歩、近づこうとする。


「……おい、止まれ。それ以上近づくと死ぬぞ」

「……ッ」


 私の殺気に気づき、もう一人の男が白衣の男の肩を掴んだ。


「クロノ、お前には分からないのか。この女は特別だ」

「……確かに、そうみたいです」


 私の身体を値踏みするような視線が刺さる。


「”2番”ということでしょうか……」

「ああ、そうだろう。俺の後輩というわけ、か」


 私のことを後輩と呼ぶその男は不用心にも私に近づく。私の殺気に気づいていると言うのに。


「……ッ!」

「……おっと、寝ぼけてんのか? もっとよく見て狙いを定めないとな。俺にはそんな剣、届かねぇよ」


 首を吹き飛ばすつもりで剣を振るった。なのに男は何事も無かったように立っている。涼しい顔をして私の剣を受け止めたのだ。

 もう一度斬りかかろうにも剣先は男の右手に掴まれたままだ。


「……放せ」

「やっと口を開いたと思ったら、態度がなってねぇ、なッ!」

「ぐッ……」


 鳩尾に一撃。

 胃液が喉元までせり上がってくる。喉が焼けてしまいそうだ。


「おい、口の利き方には気を付けろ。お前は”2番”、俺は”1番”だ」

「かはッ……」


 さっきの一撃だけでは物足りないのか、床に倒れる私の横腹を蹴り上げる。

 反撃しようにも剣は私の手を離れ、白衣の男の足元に転がっていた。

 一番だの二番だの、そんなの知らない。この男はさっきから何を言っているんだ……?


「う……」


 足で無理やり顔を上げさせられた。なんて屈辱。


「いいか、お前は実験の成功例だ。ニンゲンの身体を残したままの怪人、ニンゲンの見た目をした殺戮兵器だ。黙って命令を聞いていればいい」

「……」

「なんだその目つきはァ!」


 顎を支えていた右足を引き抜き、振り上げられた。その足で今度は私を床に押し付ける。


「……そこまでにしてもらえませんか。せっかく成功したんですから壊さないでください」

「ああ、分かってる。なに、教育ってやつさ。結社でやっていくための義務教育だと思ってくれれば良い」

「あなたの教育はやりすぎなんですよ……」

「殺しちゃいない。それで良しとしてくれ」


 やや無理のある暴論を展開し、ようやく男は足をどけた。

 悔しくて屈辱的で、顔は上げられそうにない。


「にしても、こいつ反抗的すぎやしないか。本当に脳改造終わってんだろうな?」

「……まだ目覚めたばかりですので。時間差があるかと」

「まあ、いい。こいつを部屋に運んでおけ。俺の部下を使って構わん」

「承りました」


 ”1番”の男が去って行く。出来ることならその背中に斬りかかりたい。そう思ってもさっきの恐怖が私の体を縛る。床に這いつくばったまま、背中を睨みつけることしか出来なかった。



「さて、君の部屋に案内しよう。運べと言われたが、君だって知らない奴に体を触られるのは嫌だろう。自分で歩いてくれ」

「……」


 言葉に従い、ゆっくりと立ちあがる。喉元の痛みは未だ引かず、声は出せない。

 部屋を出ると薄暗い廊下が続いてた。

 きょろきょろと周りを見渡すが誰もいない。さっきの男の姿もない。


「こっちだ」


 白衣の男に先導され、歩く。廊下にはコツコツと二人分の足音だけが響いていた。




「ここだ。この部屋を好きに使ってくれ」


 案内された部屋はベッドと机しかない、生活感に欠けた部屋だった。

 囚人のような生活でもしろと言うのか。せめて窓の一つでも作るべきだ。私が住んでいた部屋はもっと……?

 頭が痛い。なんだ、この記憶は。

 ベッド、机、鏡、本棚。もちろん窓だってある。頭に浮かんだ光景は見覚えがあるのに、記憶にない。不思議な感覚。

 思い出そうとすればするほどズキズキと頭が痛む。


「そうだ、君には名前がないだろう。だからこれから誰かに尋ねられたらこう答えるんだ」


 ”2番”と。男は厭らしい笑みを浮かべる。

 何故、私に名前がないのか。さっき頭に思い浮かんだ部屋の主は何という名だったのか。思い出せない。

 ズキズキと痛む頭を押さえ、ベッドの端に座る。マットは硬く、とても安眠出来そうにない。

 じゃあ、と白衣の男は去ろうとする。


「まっ、て……」

「何かな」


 扉を閉めようとした時、つい声に出ていた。


「……私は、だれ?」

「ついさっき造られたばかりの殺戮兵器。”2番”だよ」

「……」


 男は同じことしか言わない。

 そうじゃない。そうじゃないのだ……! 私が聞いているのはそんなことじゃない。

 困惑する私を嘲笑うかのように、男はうやうやしくこうべを垂れる。


「ようこそ、結社へ。君を歓迎するよ」

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