39.
「ちょっと……!」
モンスターハウスを出て、気が緩み切ってしまったのか。膝から崩れるようにして倒れてしまった。
あいつは急に倒れた私に驚き、手を差し出す。
「……」
「だいじょう、ぶ?」
一向に動かない私を不審に思い、額に手を当てる。
「あつっ」
どうやら熱があるようで、大袈裟に手を引っ込めた。
「はぁ……風邪? ってやつか。ニンゲンって大変だな」
浅いため息を一つ零すと、軽々と私を抱え、暗い廊下を歩く。
私が閉じ込められていた部屋とは違い、ベッドに机が完備された一室にやって来た。
人が暮らせる最低限の設備、とでも言うのか。相変わらず窓は無く、生活感は感じられない。
その一つしかないベッドに私を寝かせた。
「風邪ってどうしたら治る……?」
「……はぁ……はぁ…………」
苦しそうに息をしているとあいつはオロオロとベッドの周りを行ったり来たり。こいつ、風邪を引いたことがないのか……?
「…………寝てれば、治る」
「本当に?」
その姿が見ていられなくて、つい私は口を開いた。
「……ちょっとだけ横になってれば治る。誰のベッドか知らないけど、治るまで貸してほしい」
「これは私のベッドだから。許可なんていらない、好きに使って」
その言葉に甘えて目を閉じる。
枕は無いし、マットだって背中が痛くなるほど硬い。それでも床で寝るよりはマシだ。
……目を閉じていても分かる。
あいつは未だ私の側で困ったように立ち尽くしている。敵同士なんだから放っておけばいいのに。
「……気になって眠れないから」
「何か、してほしいことは?」
「ない」
「……分かった。部屋の外にいるから。間違ってもダクトを通って逃げようとしないでね」
「……」
言い残し、あいつは本当に部屋から出て行った。
出来るわけがない。さっき恐ろしい目にあったばかりだ。それに私の首輪がそれを許さない。私を寝かせると同時にベッドフレームに括り付けられてしまったから。よりによって私が手を伸ばしても届かない位置に。
……どちらにせよ、この体調では逃げ出せない。
さっきはあいつが目の前にいたから気丈に振る舞っていたが、実のところ吐き気も頭痛もひどい。熱だってかなり高いと思う。
最近は風邪なんて引いたことがなかったから余計に辛く感じる。
いや、風邪を引く余裕なんて私には無かった。どれだけ体調が悪くても戦って。戦って、戦って。私には戦うしかない、から。
「……はぁ……はぁ……」
額が汗で濡れる。じんわりと顔に垂れてきて気持ち悪い。
早く、眠ってしまおう。眠ってさえいればこの吐き気も頭痛も感じなくて良い。
再び目を閉じた。
せめてこの時間だけは悪夢を見ませんように。そう願って私は深い眠りに落ちていった。
どれだけ眠っていたのだろうか。
窓はなく、部屋の中は一定の明るさが保たれている。そんな中で目覚めても時間感覚などあるはずもなく、ただ漫然と起き上がる。
「……ん」
額にはすっかりぬるくなってしまったタオルが乗せられていた。
いつの間に……。あいつが用意したんだろうか。
ガチャッ。
扉が開いた。
「あ、起きた?」
「……」
お盆に乗せていた何かを机に置くと、私の額にそっと手を当てた。
「おおー、本当に熱が下がってる」
「……タオル」
「ああ、調べたら冷やしたタオルを乗せると良いって。ちゃんと絞ったから濡れたりしなかったでしょ?」
「…………ありがと」
消え入りそうな声でお礼を言うと、聞こえなかったのかあいつは返事をしなかった。
タオルを片付け、再びお盆を手にベッドに近づく。
「風邪を引いた時は消化に良いものを。これも調べて用意したんだけど、食べられそう?」
「……おかゆ?」
「料理なんて初めてしたよ。口に合うと良いけど」
手に持っていたのは卵粥だった。
昔、風邪を引いた時、
皮肉にも差し出されたお粥は結月に作ってもらったものと同じもの。ネギが乗っているところまで同じだった。
「食べさせてほしい?」
「……自分で食べれる」
ひったくるように匙を奪い、一口。
「……え」
味付けも、材料も、昔作ってもらったものと全く同じ。
こんなことがあっていいのか……? 目の前にいるのは別人のはずなのに。
「美味しくない?」
「いや……美味しいよ……。本当に料理、初めてしたの?」
「初めてだよ。私、結構ここじゃ立場が上なんだからね。自ら雑用なんてしない」
でも案外上手に出来たし料理向いてるかも。なんて嬉しそうに笑っている。
その姿を前に、私はある一つの仮説が思いついていた。
この結月みたいな見た目の女は”みたい”じゃなくて、本当に結月なんじゃないだろうか。
たかがお粥一つで断定は出来ない。
でも私は確かに、この女の中に結月の片鱗を見た。
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