38.

 もう私に反抗する気力が残っていないことが分かると、目隠しと手足の枷を外した。

 その見立て通り、私は立ち上がることも出来ず、ただぐったりと冷たい床に横たわっている。


「つまんないなぁ……。反応が無いのが一番つまらない」


 そう言い残し、あいつは部屋を出て行った。





 どれくらいの時間が経ったのだろう。

 思考がクリアになり、ようやく床から這い上がった私は現状の把握に努め始めた。

 まず、あいつはいない。この部屋には私一人だけだ。念の為、部屋の中を歩き回ってみたけれど、隠れている敵もいない。

 次に、この部屋は施錠されている。内側からは開けることが出来ず、外から鍵を使って開けるしかないみたいだ。ここから脱出するためにこの扉は使えない。

 ぐるりともう一度部屋の中を見渡す。

 部屋は殺風景すぎてとても人が暮らせる場所じゃない。ベッドもない、明かりもない、窓もない。あるのはさっきまで私を拘束していた鎖と小さな通気口だけだ。

 待って、通気口……?

 気になって調べてみることにした。

 扉とは反対側の壁に通気口がある。この中はもしかしてダクトと言われるものじゃないか?

 昔、映画で見たことがある。

 ある部屋に閉じ込められた主人公がダクトを通って脱出する、そんな話だったはずだ。

 ガタン。

 思った通りカバーを外すと私がギリギリ通れるくらいのサイズのダクトが続いていた。

 このダクトがどこに通じているかは分からないが部屋の外に出れるはずだ。上手くいけば外にだって出られるかもしれない。

 念には念を。鍵のかかった扉に駆け寄り、外の様子を窺う。

 気配は何も感じない。音も聞こえない。今なら私がここから出て行ってもバレないかもしれない。

 今しか、ない……!

 覚悟を決めてダクトの中に入る。暗いし、埃っぽいけど背に腹は代えられない。服が汚れるのも構わず、匍匐ほふく前進で出口を目指す。




「はぁ……はぁ……」


 僅かに光が見える。ここを外せば出られる……?


 ガタン。

 外れた。思った通りだ。

 これで少なくとも部屋の外に出られる。あいつに気づかれる前に脱出できる——!


「…………えっ?」


 そこは、モンスターハウスとでも言うべきか。


 怪人。怪人。怪人。怪人。怪人。怪人。怪人。怪人。怪人。怪人。怪人。怪人。怪人。怪人。怪人。怪人。怪人。怪人。怪人。怪人。怪人。怪人。怪人。怪人。怪人。怪人。怪人。怪人。怪人。怪人。怪人。怪人。怪人。怪人。怪人。怪人。怪人。


 ぎゅうぎゅうに部屋に押し込まれ、窮屈そうにしている。

 こんなの聞いてない——。


 どこか、油断していたのかもしれない。ここにはあいつがいるだけ。せいぜい部下が数人いるぐらい。その程度の認識だった。

 でも実際は違った。

 ここは立派な結社のアジトだ。変身時計を取られた私が好きに歩き回って、生きていられる場所じゃない。


「……ギギギ」


 一人が気づけばもう終わりだ。

 私に気づいた怪人が我先にと向かってくる。その動きに気づいた周りの奴らも同じだ。


 殺される。嬲り殺される。


「……はっ……はっ……はっ…………」


 どうしようもない絶体絶命の危機に言葉が出てこない。荒く、呼吸を繰り返すだけ。

 ここの怪人は言葉が話せないらしく、さっきからよく分からない雄叫びを上げている。


「うぐっ…………いた、い……」


 あいつとは比べ物にならない力で肩を掴まれた。ミシミシと骨が軋む音が聞こえる。このまま掴まれ続けたら、間違いなく骨が折れてしまう。


「あぐっ……」


 今度は首を。足首を。お腹を。

 私に次々と怪人の手が伸びる。

 痛い。苦しい。怖い。何一つ悲鳴も上げられないまま私は囲まれてしまった。もう本当に、殺されるのを待つだけだ。




「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃい!」


 私じゃ、ない。

 私じゃない、断末魔が響き渡った。

 恐る恐る目を開くと、そこにはさっきまで私の首を掴んでいた怪人が血しぶきをあげて倒れていた。

 それを見て動揺したのは私だけじゃなかった。

 私を掴んでいた手が次々と離される。

 

「——何を、してる?」


 低い、脅すような声。

 怪人を切り殺したあいつはゆっくりと私の前に現れた。


「……はっ……はっ……な、なんで」

「……はぁ」


 私を見るなり、ため息を吐いた。


「これは、私のだから」


 私を抱き上げ、周りの怪人たちに牽制する。


「ギ!」

「ギィイ!」


 何を言っているのか分からないが、あいつの言い分に反抗する怪人もいるようだ。


「”2番様”に言われる筋合いがないだって? 俺たちは”4番様”の部下だと?」


 言葉が通じているのか、あいつは周りの怪人と会話している。


「君らが私の部下じゃなかったとしても、私の方が強いことに変わりはないよね。ここで、”4番”にバレることなく殺すことだって出来るんだよ」


 脅すように言って、さっき怪人を切り殺した剣を再び構える。

 戦って勝てる相手じゃないことが分かるのか、怪人たちは怯えたように引き下がる。


「ふん。最初からそうしてればいいのに」


 剣を鞘に戻し、吐き捨てる。


「君も君だよ。まさかダクトから逃げるとは思わなかった」

「…………」

「君はここではただの人間。最弱。一歩でも部屋を出ればいつ殺されてもおかしくないんだよ」

「…………」


 分かってる。さっき、嫌と言うほど分からせられた。


「でも守ってあげる。私のモノである限り、守ってあげる」

「……え」

「私はね、君のことを気に入ってるんだよ。私の毒で死なない、変わった人間。興味深くて仕方ない。だから私のモノにした」


 モノにしたなんて言われても、そんなの知らない。私は誰のモノでもない。


「壊れるまで、私のモノ」


 ゾッとした。

 冷たい手で首を掴まれ、部屋でさっきまでされていたことを想い出してしまった。

 カタカタと、歯が鳴る。


「部屋に戻ろう。あの部屋なら安全だよ、私しか鍵を持っていないし。こんな怪人臭い部屋は早く出よう。ああ、そうだ。これ、着けて」


 差し出されたのは真っ赤な首輪。リードも付いていて、ジャラジャラと音が鳴っている。間違っても人間が着けるものでは、ない。


「なんで……」

「私のモノって印。それと、どこにも行かないように。屈辱的って顔してるね。そう、そういう顔が君には似合うよ」

「私は、お前のモノじゃない。誰のモノでも、ないっ」

「君の意思は関係ないよ。ここは私のホームだから、私がルールなんだよ。……動くな」

「……ッ」


 低く、脅すような声で言われて怯んでしまった。


「……よし、サイズぴったり。やっぱり似合うね」


 私が怯んでいる隙に首輪が付けられ、満足そうにリードを握っている。


「うぐっ」

「ほら、私が歩いたらついて来ないと」


 急にリードを引っ張られ、喉が締まる。私は慌ててあいつの後を追った。

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