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 赤い扉は駄目だ。

 誰かがそう言っていたのを聞いた。

 白い扉はもっと駄目だ。

 これも誰かが言っていた気がする。



 寒い、寒い部屋。暗くて埃っぽくて何もない部屋。ここに押し込まれて何日が経っただろう。

 スマホも手元にないし、とっくの昔に日付感覚は失ってしまった。

 右を見ても左を見ても■■のような人だらけ。


「あの……」


 その中でも特段マシな、まともそうな人に声をかけた。


「…………」


 返事はないが私の顔をぎょろりとした目で凝視する。まるで出目金のような目に驚いたがそのまま会話を試みる。


「あの、ここはどこですか?」

「…………」

「私たち何で閉じ込められてるんでしょうか……」

「…………」


 返事は無く、ぎょろりぎょろりと目が動くだけ。

 目は口程に物を言うという言葉があるがそれは嘘だと思う。だってこんなに目が動いているのに私は何一つこの人の意思を知ることが出来ない。


「……すみません」


 会話を諦め、ため息を一つ。


 ……状況は最悪だ。

 学校から帰る時、変な人たちに声をかけられた。黒い車が近くに停まり、急に話しかけてきたのだ。

 普通に道を聞かれて、私も普通に受け答えをして。そのまま普通に別れるはずだった。

 でもそうはならなかった。

 じゃあ、と立ち去ろうとしたら両手を押さえられ、変な薬を嗅がされて気を失ってしまった。

 次に目を開けた時にはこの部屋にいた。

 それからずっとだ。ずっと、この部屋にいる。


 部屋には代わる代わる人がやってくる。

 若い人、子供、老人。中には赤ん坊もいたはずだ。とにかくいろんな年代の人がやってくる。

 数日に一度扉が開かれ、新しい人が部屋にやってくる。そして同じ人数だけ部屋から出される。

 部屋から出た人は一度として戻ってこない。

 いや、戻ってこないというのは語弊があるかもしれない。

 正確には■■になって戻ってくる。決して■■ではない。私たちはそれを見るたびに自分も■■になってしまうのかと震える。



「はっ……はっ……はっ……」


 使い物にならなくなった■■が息苦しそうに倒れている。

 きっともうすぐ処分されるだろう。


「おい、出ろ」


 思った通り、黒い人たちが倒れていた■■を回収した。きっとこのあと処分される。何度も同じ光景を見てきたから分かる。

 ああなってしまったら、もう手遅れだ。■■には戻れないし、このまま放っておいても理性が無くなるだけだ。




「そこのお前、出ろ」


 とうとう私の番が来てしまった。

 両手を縛られ、目隠しをして歩く。

 床はひんやりと冷たい。前は見えないがさっきまで押し込まれていた部屋よりずっと明るい。何か施設のような場所にいるのではないかと思う。


 しゅるり。

 目隠しを外され、久しぶりに見た明かりに目が眩む。


「入れ」


 逃げることも出来ずに促されるがまま部屋に入った。

 私が入るや否や扉は固く閉ざされ、再び暗闇の中で立ち尽くす。

 ふと、扉の色の話を思い出した。誰かが言っていた赤い扉と白い扉の話だ。

 今、私が通り抜けた扉は白かったんじゃないか……?

 ……嫌な、予感がする。


 バクバクと一層早くなった心臓の音が聞こえる。

 まだ、部屋の中は真っ暗だ。後ろを振り向いても扉の色は確認できない。さっきは明るさで目が眩んでいたから見間違えたんじゃないか。

 そうだ、きっとそうだ。

 だからきっと私は————。

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