9.

 アパレルショップで買い物を済ますとちょうどお昼時だった。そう言えば朝早く起きて出動したからお腹ぺこぺこだ。

 ファミレスに行こう、と透子に提案してどこにでもある至って普通のチェーン店に入った。

 お昼時にしては店内は空いており、待つことなく席に座れた。


「春は何頼むの?」

「ハンバーグ、かなぁ」


 メニューを開いてすぐハンバーグが目に入ったから。そう言い訳しても透子とうこには通じない。くすくすと笑っている。

 ハンバーグ、オムライス、カレーライス。私の好きな食べ物はみんな子供っぽいね、と笑っている。いいじゃん、別に。


「……透子は何にするの」

「んー……あ、これ美味しそう。和風パスタにする」

「じゃあ店員さん呼ぶよ」


 テーブルに備え付けられたボタンを押すとすぐに店員さんがやってきた。

 メニューを見せながらそれぞれの注文を口にする。繰り返し注文を確認し、最後に会釈をして店員さんは去って行った。


「今日付き合ってくれてありがとね。疲れてるよね」

「ううん、私も楽しかったし。帰っていっぱい寝るから大丈夫」


 透子はあくまで自分のわがままに付き合ってもらったという姿勢は崩さない。

 でも私は分かってる。なんで急に買い物に誘ったのか。

 私がイエローの話を聞いて浮かない顔をしていたからだろう。

 イエローに同情したわけじゃない。私だって家族を殺されているし、結月ゆづきだって無事か分からない。状況は最悪だ。

 私がショックを受けたのは似たような状況のイエローが世のため人のために戦っていたから。

 復讐ではなく、街のみんなを守るために戦う。

 そんなのおかしい、狂ってる。


 なんで復讐したいと思わないの。なんでそんな平常心でいられるの。結社が憎くないの。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで私だけこんな——



 そこまで考えた時に透子の手が私の頭に触れた。その後はイエローのことを考える暇もなく連れ回され今に至る。

 きっと透子は私のために買い物に誘ってくれたんだ。いい気分転換になれば、と。


「春、食べよ」

「ん」


 今日はこのまま透子に甘えよう。このまま何も考えずに今日という一日を楽しみたい。





「この後どうする? どこか見たいお店ある?」

「んー……」


 ファミレスを出て、透子が立ち止まった。

 このまま他のお店を見て回るか、それとも帰るか。

 来週渡す誕生日プレゼントは目星が付いた。誕生日までにもう一度一人でお店に行こうと思う。

 なら、今日はこのまま帰っても……。


「……透子?」

「……え?」


 知らない男の人が声をかけてきた。私じゃない、透子に。知り合いだろうか、透子は目を見開いて男の人を見ている。


「久しぶり。こんなところで会うなんて」

「ええ、そうですね……」

「今は何を?」

「高校の先生をしています」


 透子の背に隠れながら男の人を観察する。

 背は透子より頭二つ分大きい。眼鏡をかけていて爽やかな見た目。さっきから楽しそうに透子に話しかけている。

 対して透子はどうだろう。私の位置から透子の顔は見えないが困っているように思える。いつもより少し声のトーンが高いし、右手を握りしめている。

 この二人はどういう関係なんだろう。


「あの、すみません。今日はこの子と一緒にいますのでそろそろ……」

「ああ、そうですね。すみません、長々と引き留めてしまって。君もごめんね」

「い、いえ……」


 私にも丁寧に頭を下げつつ男の人は去って行った。


「はぁ……」

「透子、今の人は知り合い?」

「うーん、知り合いっていうか何というか……」


 珍しく歯切れが悪い。思ったことも言いたいこともはっきり言うタイプなのに珍しい。


「苦手、なの? さっきの人のこと」

「苦手っていうか、気まずいっていうか……。元カレなんだよね、さっきの人」

「えっ」

「なんでこんなところで会ったんだろう。ここ、あの人が住んでるわけじゃないのに。私も滅多にこない場所だし……」


 ぶつぶつと顎に手を添えて呟くが私には聞こえない。

 元カレ? 透子の? なんだか面白くない。

 私には何も文句を言う権利も理由もないけれど、なんだか面白くない。


「透子、もう帰ろ」

「え、あ、そうだね……」


 透子の手を取って歩き出す。

 早く帰ろう。帰って部屋を片付けて、それから————

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