冒険者の店、親父の戦場

ピーター

第1話

「おい、はやく野菜切っちまってくれよ」

「へーい」


 うちの下働きはどうもちんたらしていけねぇ。返事もなんだか気の抜けた感じでしやがって。


「間に合わなくなるだろうが!早くしやがれ」


 いつもの悪い癖が出て、ついどなっちまった。


「へい!」


 野菜を切る手つきが一気に早くなる。やればできるじゃねぇか。


 うちは家業として宿をやっているがメインの客は冒険者だ、根無し草の厄介事引受人みたいな事をしながら、勇者やら英雄やら、竜や悪魔退治の名声やら、一攫千金を目指している奴らの世話をしている。


 一般の家を3つ、4つをまとめたくらいのデカイ建物で、1階が酒場で朝飯の食堂も兼ねてる、2階が冒険者たちが寝泊まりする貸し部屋兼宿屋だ。


「おい、早くやりゃいいってもんじゃねえ、あいつら馬じゃねえぞ」

「へい!」


 下働きの奴、ニンジンばかり切りやがって、鍋に切ったニンジンが山になってやがる。スープにするんだから山にしなくていいんだよ。しょうがねぇ、半分は炒め物に使うか。


 下働きにイモとキャベツを投げて渡して切るように伝えると、俺は肉を切って、デカイ鍋に山積みにする。塩を多めと香辛料を少し振りかけてから、混ぜるように炒める。


「ニンジンの半分は炒め物にするから、とっとけよ」

「へい!」


 イモとキャベツも切って鍋に入れ、水と塩漬けの肉を加えて火にかけている。イモやニンジンは小さめに切って下に、キャベツは大きめで上になっている。よしよし、うちの手順は覚えたな。


 俺は炒めていた肉を皿に取ると、ニンジンと昨日使い切れずに残った刻んだ玉ねぎやピーマンを鍋に入れて火を通していく。肉を炒めたあと鍋を洗わないのがコツだ、肉の旨みは野菜が吸うし、鍋の焦げ付きや肉の油もとれるから洗いやすくなって一石二鳥。


 うちは支払いが分かりやすいように、飯は食っても食わなくても料金は一緒にしている。食い放題で朝夕の2食付き、夜は酒も飲み放題だ。夜は飯だけのやつもいるから、泊まりと夜飯だけの2つしか支払いがない。


 冒険者達が使う宿にしちゃあ、部屋代は高いが、うまい飯食い放題は魅力だから大概は満室になる。この人気は俺の自慢の一つだぜ。


 今日の朝飯は、ニンジンが多めのスープ、色んな野菜の炒め物、シンプルに焼いた肉、パン、あとは生で食える野菜や果物、昨日の残った惣菜や市場で安く売っていた乾物。食堂のテーブルに並べて置いて好きにとって食ってもらうのがうちのスタイルだ。


「よし、できたな」

「あと皿で終わりです」


 食堂の壁に古くなった鍋がぶら下げてあって、こいつをガンガンと鳴らすのが朝飯が出来た合図。下働きが取り皿やら、トングやらを用意したのを確認して、ぶら下がってる鍋をお玉で叩きまくる。


「おーい、飯だぞー!」

「ご飯ですー」


 ガンガンとデカイ音が響きまわり、下働きの気の抜けた声がかき消される。こいつは男の癖に声が小さいし、腕も足も細くてあんまり食わない。もうちょと体力つけないとやってけないぞ。


 2階から地響きのような音が聞こえて、俺と同じくらいのガタイの奴らがどかどかと食堂に走り込んでくる。昨日の夜にさんざん飲んで食ったのに腹ペコになってやがる、冒険者ってのはこうでなきゃな。


「親父さんよ、待ちくたびれたぜ」

「おはよう、おやっさん」

「店主さんうーっす」


 何人ものガタイの良いやつが、それぞれの呼び方で声をかけながら入ってくる。親父、店主、マスター、おやっさん、色々呼ばれるがみんな俺の名前だ。


 みんな我先にと飯をとって席に行っている。下働きの奴が各テーブルに水差しを置いとくのを忘れていたようで、今せっせと運んで行っている。わりぃ、俺も気が付かなった。


「ここは飯食い放題で水飲み放題だからいいよな」

「部屋高いけど、飯代考えると安上がりだろ」

「そうそう、持ち帰りにしても文句言われない」


 ちゃっかり水筒に水を入れていってやがる、大量に持っていくのは止めるが、ちょっとくらいならかまわない。果物や乾物は堂々と持って帰る奴がいるから、小出しにしている。こういう平和な飯の戦争は楽しいもんだ。


 あいつは、肉をとれなくて野菜ばかり山盛りにしているな、飯の戦争にはそういう敗者もでるもんだ、強く生きろよ。


 冒険者達が飯を食い終わって、今日の仕事に出かけるのを見送ったら俺の仕事は終わりだ。下働きは掃除を済ませて帰っていく。あいつの仕事は朝飯の用意から片付けまでが仕事になっている。


「おい、掃除終わったら、今朝の残りのパン、持って行っていいぞ」

「へい!」


 笑顔の良い返事するじゃねぇか。こいつ、食材や店の金をちょろまかすような事はしないんだよな、金はともかく、つまみ食いくらいなら見逃すんだが、根が真面目なのがいいとこだな。


「まぁ、いつも怒鳴っちまって悪いな」


 恥ずかしいから聞こえないように小声で言って、パンと一緒に果物なども包んで置いておく。これは残っていても腐っちまうからな。


 下働きは近所の教会に住んでいる孤児だ、こいつは朝はここに仕事に来て、昼から夜までは教会で勉強してる。手は遅いし、ヘマもやるけど、真面目だからな、将来いい奴に育つだろうぜ。


 俺は受付の裏側に置いてある、ベッドに横になってひと眠りするのが日課だ、今朝もつかれた。


 太陽が真上から、2~3歩大地に進んだ頃に自然と目が覚める。


「あー、良く寝た」


 体を伸ばすと、心地よい感覚が全身をかけめぐってから、肩や腰がバキボキと音をたてる。俺も年くってきたってことかな。


 厨房に行ってみると、片づけは済んでおり、残り物には被せ物をして虫が寄らないようにしてある。下働きはちゃんと掃除して帰ったみたいだな。昼飯に朝の残り物をつまんでいると食堂に入ってくる奴がいた。


「ただいま、おやっさん」

「なんだ、お前もう帰って来やがったか」


 朝飯の時に我先にと入ってきた中の一人、なんかチャラチャラしてるやつだな。朝の下働きよりガタイはいいけど、冒険者にしては小柄だ、担当は偵察とかやってそうだな。


「いやー、いい仕事なくてさ。薬草取ってこいとかしか残ってなかったんだ」


 こいつ、仕事をえり好みしやがって。俺のとこでも仕事を紹介する事をやっているが、今は農作業の手伝いしかない。農作業はこの時間から行っても迷惑だからな、しょうがねぇ、俺のとこのとびっきりの仕事を紹介してやる。


「うちの晩飯の手伝いするか?」

「やるやる!」


 冒険者に手伝わせることもよくある。俺のとこの手伝いはいいぜ、力仕事で筋力はあがるし、飯が早くて旨いのが作れるようになるからな。どっちも冒険者には必須なもんだ。


 早速薪割りをやらせてみたが、すぐに終わりそうだな。俺は倉庫から野菜の入った木箱を運びながら声をかける。


「おーい、薪割ったら、この野菜全部みじん切りな」

「うわぁ」


 おいおい、玉ねぎ2箱とニンジン1箱くらいでなんて顔しやがる。夜は酒場も兼ねてるから、朝の量の比じゃねえんだよ。


 俺は鍋一杯に水を張って火にかける。骨付き肉を包丁でこそぎ落すように切って入れて、残った骨も鍋に入れる。こうすると骨に残った筋や肉からも味がでるんだ。


 目の前では手伝いの冒険者が薪割りを終えて、玉ねぎを切っている。涙をぽろぽろとこぼしながらだ、お前の涙は誰も食いたくないから混ぜるなよ。


 手伝いの冒険者が、涙どころか鼻水までダバダバと流しながら玉ねぎを切り終えて、ニンジンにとりかかっている。


「ひっく、ようやく終わった、ひっく」


 涙と鼻水が出過ぎて、しゃっくりまで出てる。涙と鼻水が料理に混ざるかと心配していると、受付の方から明るい声が響いてくる。


「こんちわー」

「マスター受付にいないね、厨房かな」


 夕方の下働きに姉妹で来てもらっている娘たちだな、朝の下働きと同じところ出身の孤児だが、あいつからしたら姉達みたいなもんだな。もう大人扱いされる年だから教会をでて小さな部屋を借りている。いくつかの仕事を掛け持ちしていて、夕方から夜はここの仕事を頼んでいる。


「おーい、厨房だぞ」

「やっぱり厨房だ」

「マスター!荷物重いんだから手伝ってよ」


 姉妹は二人とも似たような顔つき、髪を伸ばして後ろで束ねて、いつも汚れても目立たない色合いの上下にエプロンを付けている。来る前に肉と乾物を買ってくるように頼んどいたな。


「おい、お前泣いてないで手伝ってこい」

「おやっさん、ひっく、俺辛い」


 なかなか泣き止まない冒険者に荷物を取りに行かせると、姉妹からどんどん荷物を渡されている。買い物に重いものまで頼んで悪かったな、でも理由はあるんだぜ。


「マスター、お肉は塊で買ってきたよ、血合い肉おまけしてくれた」

「いつもの乾物屋さん、色くすんだっていう干した海藻を束でくれた」

「ありがとな」


 ニヤリとしながら、お釣りと伝票札を受け取る。おっさんが買い物するよりも、若い娘が買い物に来た方がおまけしてくれるだろ。うん、残金も合ってる、この姉妹も真面目でいいことだ。


 姉妹には空き部屋になった部屋の掃除を任せて、俺は料理の続きに取り掛かる。


「さて、開店準備はこんなもんかな」


 朝のメニューの倍くらいの品数で料理を並べて、飲み物も水だけじゃなくて酒の樽も置いてある。夕食は外から食いにくるやつもいるからな、これでも足りないくらいだ。


「マスター掃除おわったよー」

「私たち、いつものように受付でいい?満室の札出したら給仕に来るから」

「頼むぜ、看板出してくるわ」


 ここからが、2戦目の始まりだ。姉妹には受付を任せて、宿を取るやつと飯だけ食いに来たやつからそれぞれ料金をとって、部屋と設備の案内をしてもらう。


 いつも通りあっという間に満室だ、姉妹も外に満室の札を出して食堂の給仕に回る。


「おい、酒がなくなるぞ!早く持ってけ!」

「へい」


 つい怒鳴り声になっちまったが、冒険者が下働きみたいな返事してるじゃねえか。料理の追加や、空いた皿の回収などを次々と伝えてやってもらう。


「おー、お前仕事ここにしたんだな、大変だぜここ」

「俺も仕事無い時なぁ、ここで修業したもんだ」

「確かにな、下働きじゃなくて修行だったぜ」

「親父ー、肉料理追加してくれよ」


 さすが腹ペコの冒険者達だ、よく食ってよく飲む。どんどん料理を作って並べて、空いた皿を下げてくる。確かにお前らの飯の世話はいい修行だ。


 手伝いの冒険者は皿洗い専属にさせて、姉妹に給仕をまかせる。二人も額に汗をかきながら働いてくれている。


 うちは従業員にはまかないも出しているが、いつの頃からか、座って食べる習慣がなくなってな。給仕の合間に食べながら仕事している。俺は味見だけで十分腹が膨れる。


「おい、食わないと倒れるぞ、食いながら早くやれ」

「おやっさん、無茶言わないでくれ!」


 バタバタとした料理や片付けに追われる中、冒険者達は1人、また1人と食堂を出ていく。

 明日の用意をするために帰っていくリーダー各や酔いつぶれたお調子者、みんな色々だ。そんな奴らを見送りながら、段々と片付けを進めるのがいつもの流れだ。


「お、おわった」


 最後の1グループが部屋に帰って、掃除を終えた所で、手伝いの冒険者が床にへたりこんだ。こいつ、この程度の体力で冒険者やってたのか。俺はこれから明日の仕込みやるんだぞ。


「ほら、今日の給料だ、あまった飯類は持って行ってもいいぞ」

「わーい、マスターいつもありがとう」

「ここの仕事は大変だけど、このおまけがあるからやめられないのよ」

「この間の魔物の掃討より、つらかった」


 お前、冒険者に向いてないんじゃないか、思わず声になりそうになるが、それは階段を駆け下りてくるデカイ音と叫ぶような声に遮られた。


「親父さん!俺の仲間が大変なんだ!」


 声の方に顔を向けると、家に泊まっているやつが泣きそうな顔をしてこっちを見ている、どんな事があっても戸惑うなよ、デカイ器が冒険者には必要なんだぞ。


「どうした?」

「飯食って、明日の予定を話していたら急に倒れたんだ」


 病気か?毒か?さっき、ここで飯食ってた奴らに具合悪そうなのはいなかったからな、ちょっと見てみるか。


 部屋に行ってみると、1人の男がぜぇぜぇと声をだしながら喉を押さえている。頷くなりの反応がある。さっきまで元気だったのは俺も見てるからな、これは何かの毒だな。


「おい、今日、湖の方に行ったな」

「ああ、行ってきた。魔物の駆除の仕事だった」

「こいつ、蜘蛛に噛まれただろ」

「蜘蛛かわかんないけど虫に噛まれたと言って、首がかゆいって話してたぜ」


 多分蜘蛛だな。あれに噛まれて半日くらいすると、喉が閉まってきて息が出来なくなるんだ、風邪の時に喉の苦しさを取る薬を原液で飲ませれば息が楽になる。後は冷やすと症状の進行が遅くなる。そうすりゃ死ぬ前に毒は抜ける。


「風邪ひくだろうが、命は助かるぜ」

「本当か!」


 俺は姉妹に症状と、蜘蛛に噛まれただろうことを話をして医者を呼びに行かせた。手伝いの冒険者には倒れた奴を外の池に首まですっぽりと入らせて、沈まないように支えてもらうように指示を出した。あとは医者の薬がくれば死ぬことはないな。


 後は簡単と思ったが、それからが大変だった。他の泊まってた冒険者達から病人を水に放り込んだ変人がいると騒がれて、説明に時間かかった。医者が来てから倒れた奴を部屋に戻す時、ちゃんと水を拭かないで連れてったもんだから、受付周りは泥まみれになって掃除のやり直しになった。


 ばたばたやっているうちに容体も落ち着いたらしくて、俺に声かけに来た奴がお礼を言いに来た。


「親父さんをはじめ、みなさんありがとうございました」


 荒っぽい冒険者がかしこまっちまって、助かってよかった。ペコペコとお辞儀しながら部屋に戻っていく。俺は振り返って、掃除のやり直しまでやってくれた姉妹へ懐から包みを出して渡す。


「ほら、残業代。おかげで助かった」

「ありがとう、久しぶりに本気で大変だった」

「私、もうぐったりよ、はやく寝たい」


 今日は色々やってもらったから少し多めに入れてある、明日には肉か魚か半端になった食材もおまけにつけてやるか。俺も女には甘くなっちまう。


 姉妹を見送って食堂に戻ると手伝いの冒険者は食堂の椅子を並べて寝てる。お前は部屋で寝ろよ、起こして残業代を押し付けて部屋に帰らせる。


「おやっさん、こんな大変なんだな」


 ぶつぶつ言いながら部屋に戻っていく。冒険者も大変だが、そんな奴らを支えるのも楽じゃねえんだよ。


 俺は一息つきたくて、外に出る。空は明るくなってきて風が心地いい。台車をゴロゴロと引いている音が聞こえてそっちに視線を向けると、朝の下働きが補充用の薪と朝食用のパンを持ってきているじゃないか。


「親父さん、おはようございます」


 徹夜になっちまってたか。この仕事は寝ないでやるのはしんどいんだよな。


「おはよう、すまんが、昨日色々あって寝てない。お前の働きが頼りだ」

「へい!」


 あいつらを飯抜きで仕事に行かすわけにはいかねぇ。気合を入れて肩をまわしながら厨房に向かう。


 冒険者ってのは大変な仕事だ、お前らがいなきゃ街の周りの危険が減らねぇ、お前らが命かけてるおかげで街が平和になるんだ。お前らが存分に戦えるようにすることが、俺の仕事なんだ。死なないで元気に帰ってこいよ。たらふく食わせてやるからな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

冒険者の店、親父の戦場 ピーター @uranaisi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ