セックスしないと出られない部屋~ボーイサイド・ガールサイド~
青水
ボーイサイド
◇ボーイサイド
目が覚めると、白い部屋の中にいた。
どうして自分がここにいるのか、何がどうなって今に至るのか――混乱しきった頭で考える。少しずつ、記憶が鮮明になっていく。
ああ、そうだ……。思い出した。
帰宅しようと思い、下駄箱を開けると、一通の手紙が入っていたのだ。ハートマークのついたかわいらしい手紙。ラブレターだ、と俺はすぐに思った。すぐに手紙を開けて読むと、そこには『今夜8時ごろ、S公園のベンチまで来てください』と書かれていた。
S公園は我が家の近くにある公園だ。遊具が少なく、子供たちの人気はない。近くに大きな公園があるので、公園で遊びたい人は大抵そっちに行く。
寂れた、人気のない公園。告白するところを他人に見られるのが恥ずかしいから、S公園を指定したのではないか、と俺は推測した。俺も女子から告白されるところを、見知らぬ誰かに見られたくはなかった。
ところで、差出人は誰なんだろう? 手紙をじっくりと見てみるが、名前は書かれてなかった。文字も定規を使って書いたかのような、人間らしさを感じない筆跡だ。
もしかして、と俺は思った。誰かのいたずらなんじゃなかろうか? その可能性はある。友達によるちょっとしたいたずら、あるいは俺を嫌う何者かによる罠……。
しかし、指定された場所に行かないという選択肢はない。だって、本当の告白の可能性があるのだから。いたずらだとしても構わない。行こう。
というわけで、俺は指定された通り、夜の8時にS公園に向かった。誰もいないベンチに座る。時計を見ながら、とりあえず15分くらいは待ってみよう、と思った。それで誰も来なかったら、いたずら認定して帰るか。
ガサッ、と。
ベンチの後ろの生垣から音がした。
振り向いて音の正体を確認する前に、バチッと何かを首に当てられて……俺は意識を失った……。
――で、今に至る、と。
多分、あの『バチッ』という音は、スタンガンだったんだと思う。何者かによって気絶させられ、俺はこの部屋の中に閉じ込められた。
ここはどこなんだろう? どうすれば、ここから出られるんだ……? 白い部屋の中に俺は一人――一人? ……いや、一人じゃない。誰かが倒れている。女子だ。こちらに背を向けているので、誰だかわからない。
「おいっ! 大丈夫か!?」
俺は肩を軽く揺すりながら、その女子に話しかける。
「……ん、ううっ……」
彼女は小さく呻きながら起き上がった。
「あれ? 佐藤くん……?」
倒れていたのは、同じクラスの鈴木さんだった。
鈴木さんとはあまり喋ったことがない。どちらかというと地味な、決して目立つタイプではない生徒だ。確か、実家が金持ちだとかいう話を聞いたことがある。俺が知ってるのは、それくらいか。顔立ちはなかなか整っていて美人だとは思うが、どうも地味で……印象が薄い。
「ここは、どこ……?」
「さあ?」
俺は首を傾げた。わからない。
前後左右上下が白い部屋。正面にドアがあったので、開かないか確認してみる。取っ手を握って押したり引いたりしてみるが、どうやら鍵がかかっているようで開かない。
部屋をぐるりと見回してみる。端にはダブルサイズのベッド。天井の角には監視カメラ。ドアの右側には大きなモニターが埋め込まれている。画面は真っ白だった。
とりあえず、俺はドアを叩いたり蹴ったりしながら、
「ここを開けてくれ!」
と叫んだが、ドアの奥から反応はなかった。
くそっ! 俺はため息をついてうなだれた。
誰が何の目的で、俺と鈴木さんをこの部屋に閉じ込めたのか……。身代金目的か? だとしたら、今ごろ、俺と鈴木さん宅に誘拐犯からの連絡が来ていることだろう。
『お宅の息子・娘は預かった。かえしてほしければ、我々が要求する金額をすぐに指定の口座に振り込め』
鈴木さんの家は金持ちらしいのでわからなくはないが、俺の家はどこにでもあるような中流家庭だぞ。誘拐するなら、他にもっといい奴がいただろ。
……あのラブレター。あれは罠だったのか? しかし、どうして誘拐犯が学校の下駄箱に、ラブレターに見せかけた罠を仕掛けたんだ? どうもおかしいぞ。これは誘拐なんかじゃないのかもしれない。だとしたら一体――。
「あ、佐藤くん」
鈴木さんが俺の肩を叩いてきた。
「ん? どうした……?」
「モニターが……」
見てみると、白かったモニターに文字が映し出されている。
『ここは、「セックスしないと出られない部屋」です』
ぱちぱち、と俺は瞬きをした。そこに表示されている文字の意味がよくわからなかった。見間違いかと思い何度か読み返してみたが、見間違いではなかった。確かに書いてある――セックスしないと出られない部屋、と。
「セックスしないと出られない部屋ってなんだよ……!?」
俺の叫びを無視して、表示が切り替わる。
『あなたたちがセックスをすれば、この部屋のドアの鍵は開きます。しかし、セックスをしない限り、どのような手段を用いても、この部屋のドアの鍵は開きません』
続きの文字が表示されるのを待ったが、これで説明は終わりだった。
意味がわからない。俺と鈴木さんを気絶させて、この部屋に閉じ込めた犯人の目的はなんなんだ? 俺と鈴木さんが、その……セックスをして、一体どのようなメリットがあるというんだ?
俺は天井の監視カメラを睨みつけた。
犯人はきっとこのカメラで、俺と鈴木さんが狼狽え動揺している様子を見て、せせら笑っているに違いない。
「あの、佐藤くん……」
鈴木さんは恥ずかしそうにもじもじしながら、
「その……セックスすればこの部屋から出られるって――」
「そんなの真に受けちゃ駄目だよ」俺は言った。「とりあえず、ドアを破壊できそうなものを探そう」
そう言ってみたが、ドアは木製ではなく、金属だろうか――硬い材質でできていて、とてもではないが壊せそうにない。
しかし、犯人の目論見通り(?)に鈴木さんとセックスするわけにもいかない。それは……最終手段だ。できる限りの努力をしてそれでも駄目だったら、だ。
そもそも、犯人の言っていることが本当かどうかもわからない。仮に、俺と鈴木さんがセックスをしたとして、鍵が開いて外に出られる保証はどこにもない。犯人が『俺の言ったこと真に受けてセックスしてやんの。ぷーくすくす』なんて感じに、恥をかく可能性だって十分にある。
俺はドアを破壊できそうな何かを探した。しかし、そんなもの、もちろん置いてない。犯人だって馬鹿じゃない。あるのは最低限の食料飲料、簡易型のトイレ、それとベッドサイドの小さなテーブルに、ティッシュや避妊具などなど……。
本気か? 本気で俺と鈴木さんをセックスさせるつもりか?
「ドアを壊せそうなもの、なさそうだね」
「……ああ」
「えっと……ど、どうする? その……する?」
鈴木さんの問いかけに答えず、俺はベッドに座って頭を抱えた。
このまま待っていれば状況が変化するんじゃないか、と淡い希望を持っていた。しかし同時に、待っていても待ちぼうけをくらうだけ――いつまで経っても助けは来ないんじゃないか、とも思う。
「鈴木さん」
「はい」
鈴木さんは俺の隣にちょこんと座っていた。
綺麗だしかわいいと思う。この閉鎖的な状況の中で、俺の精神はいくらかおかしくなってしまったのだろう。鈴木さんとそういうことをしてもいい――いや、したいという劣情がむらむらと湧き出してきた。
まずい。まずいぞ。
俺はセックスをしたことがない。クラスメイトにはしたことがある男子女子がいるのかもしれないが、少なくとも俺はない。恋人だって一度もできたことがない。キスをしたこともなければ、手を繋いでデートをしたこともない。
それなのに、いろいろな過程をぬかして一足飛びにセックスをしてしまっていいのだろうか? しかも、恋人でもない、ただのクラスメイトと。
それに、一番大きな問題は――。
「俺と……その……セックスしちゃっていいの?」
俺は鈴木さんの目を見つめて尋ねた。
鈴木さんに彼氏がいるという話は聞かない。いても別におかしくはないが、雰囲気的におそらくはいないだろう。でも、俺――つまり、ただのクラスメイトと、密室から脱出するためとはいえ、セックスなんて行為をしてもいいものなのだろうか?
鈴木さんは――。
「うん」
と、頬を赤らめながら頷いた。
「実は……私……佐藤くんのことがずっと好きだったの。だから……」
恥ずかしさからか、その後は聞き取れないほど小さくごにょごにょ言って、
「……その、いいよ……」
鈴木さんの告白と了承に、俺はとてつもなく驚いた。彼女が俺のことを『ずっと好きだった』ことなんてもちろん知らなかったし――そして、露ほども思わなかったし――、それに俺と関係を持ってもいいと思っていたなんて……。
でも、もしも俺が鈴木さんとセックスしてしまったら、その後の関係は今までとは大きく変わってしまう。
俺はこう見えても紳士で真摯な人間(自称)だから、『部屋を出るために仕方なくセックスしました。このことはすぐに忘れて、今まで通りクラスメイトとしてやっていきましょう』とはいかない。
俺は責任をもって、鈴木さんと付き合う――恋人同士となるだろう。
覚悟を決めろ。
鈴木さんとセックスする覚悟を。
そして、彼女と付き合う覚悟を。
よしっ。
「鈴木さん、俺とセックスしよう」
「はい」
俺は鈴木さんを押し倒した。
そして――俺たちはセックスをした。
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