第一章第3話アドリアンの家督相続
前書き
第3話では、アドリアンが正式にバイ(族長)として家督を継ぐ決定的な瞬間が描かれます。彼の決断力と戦略的思考が、遊牧民社会においてどれほど重要なものであるかが明らかになります。
本話の注目点:
1. 家督相続と統治の確立
-
- 家族や一族を納得させるための巧妙な交渉術が描かれる。
2. 新たな経済基盤の確立
- 炭鉱の収益を活用し、経済的に安定した統治を目指す。
- 家畜や毛皮交易に加えて、新たな商業活動が展開される。
3. 女性の社会進出と貢献
- アドリアンの妹たちがバルナウルへの商業遠征を行い、自立した経済活動を開始。
- 彼女たちの交易活動が新たな収益源となり、一族の経済力を向上させる。
4. 危機と英雄的行動
- アドリアンが虎に襲われた女性を救出する場面が、彼の英雄的資質を際立たせる。
- この出来事が、後のスグナク城での重要な出会いへと繋がる。
5. スグナク城での挑戦
- トグリ・テムルの前で大胆にエカチェリーナへの愛を告白し、命がけの決断を下す。
- 彼の勇気と情熱が、今後の大きな運命を動かす要因となる。
アドリアンが家督を継ぎ、一族を導くリーダーとしての地位を確立する本話。彼の戦略的な決断と行動が、彼をただの遊牧民から、未来の大ハンへと押し上げる礎となる様子が描かれています。
本文
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新たな登場人物
アドリアンの妹の4人「妹長女ミルドレッド14歳……ラドミラの子、異母妹。妹次女ケイト13歳……ラドミラの子、異母妹。妹3女アリサ12歳……トクトゥの子、同母妹。妹4女ハティジェ11歳……トクトゥの子、同母妹」
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1363年4月19日水曜日昼12時……カラガンダ
もう一度石炭を掘りに来た。ヒヴァで採掘道具を買い込み、男女奴隷も30人づつ購入し、馬も替え馬も含めて180頭買い込んだ。大分はかどり、60トン採れた。掘るのに3日、カラガンダ→ヒヴァ→オルダバザールと合計2週間経過した。小金貨60×1000=6万枚を稼いだ。
オルダバザールに40mの深さの井戸を掘り、横穴を何十本も引いて、そのいくつかに倉庫を作った。金のインゴット60枚に交換し、全部地下の井戸倉庫に保管した。弟たちと事前に相談しておいたものだ。
アドリアンの考え
(10年に一度位の割合で草原地帯に
(父や叔父たちは毎日
(将来のことを考えて計画するのは一族の中でアドリアンだけだ。弟たち2人は少し考えるようになり、毎日働かずぶらぶらしている父や叔父たちを嫌っている)
アドリアンは飢饉の備えができたところで、遊牧の仕事を男女の奴隷たちに任せた。
アドリアンの独白
(3人で狩猟に出かけるつもりだ。季節も良いし、狼退治しよう)
アラル海の沿岸に出掛けた。ヒヴァやクニャ・ウルゲンチ辺りは肥沃なデルタ地帯で至る所に沼沢地がある。アシ、ヨシなど草むらが多いので鳥や獣も沢山棲息している。トラもいる。
勿論アラル海では魚も良く捕れる。人気なのは
妹たち4人がアドリアンの
アドリアン
「どうした。お前たちが来るなんて珍しいな」
最年長のミルドレッドが発言する。
「私達、今からバルナウルカ川「オビ川支流」沿いにあるバルナウル……注③に行こうと思うの」
アドリアン
「ええ!そんな遠いところに行くのか。何をしに行くのだ?」
ミルドレッド
「私達が日頃作ったものを売りに行くのよ」
アドリアン
「イマキヤじゃ駄目なのか?バルナウルは俺たちが何時も夏に行くイマキヤで売れば良いだろう」
ミルドレッド
「バルナウルじゃないと駄目なの。砂金をついでに探してこようと思っているのよ」
アドリアン
「まあ、そんなことだろうと思っていたよ。お前たちだけじゃ危険だから、牧夫たちを20人付けてやるよ」
ミルドレッド
「やったね。兄さん、ありがとう」
アドリアン
「まあ、良いけど。砂金が採れなくても、お前たちが作った毛皮や羊毛を用いた衣服や帳幕、馬具や装身具などはちゃんと売ってこいよ。
ミルドレッド
「うん。羊毛を加工した厚手の毛皮衣服や帽子、靴も売ってくるわ。去年作った馬具や装身具は美しく飾り立てられていると人気があったのよ」
4人の妹たちはバイの者たちよりも先にイマキヤ→バルナウルへと出発した。
5月18日木曜日昼12時……アラル海沿岸
昼飯を食べていると悲鳴が聞こえた。慌てて向かうと虎が女の人を襲っている。すでに5人やられて倒れている。アドリアンは弓を引き絞り、虎の眉間を撃った。虎が怯んで女の人を落とした。
アドリアンは続いて5連発を首から上に当てて虎の両目を潰した。あとは暴れまわる虎に斬りつけ何とか倒した。女の人の息を確認する。かすかだが息がある。弟たちに虎の肉と皮を
城の門番に城門を開けてもらい、医者に見せた。大怪我をしていたが何とか助かったようだ。医者に名前だけ告げてそのまま弟たちの所に戻り、肉と皮をオルダバザールまで持ち帰った。
6月4日日曜日午後3時……オルダバザール
ラドミラさんと母親のトクトゥを自分のユルタに招いた。将来のことを2人に打ち明けるつもりだ。
まず2人に飢饉の備えが出来たことを話した。2人は驚き、アドリアンのことを口を極めて褒めた。
「お前は将来大ハンになる器だ。頭も切れるし、身体が強健だ。女たちは早くお前がバイを継げば良いと思っているよ」
トクトゥはミハイルに引退するよう説得すると言った。ラドミラも賛成した。アドリアンは小金貨100枚を母親に渡した。渋ったらこれを渡せば良い。
トクトゥはクリルタイを招集した。議題はミハイルの引退とアドリアンの家督相続だ。女たちは全員賛成した。父親と叔父たちがしぶったが、「一人あたりに小金貨100枚渡す。その金を元手にして交易商人になれば良い」と説得した。彼らは納得した。
これで決まった。ここでアドリアンが「飢饉の備えが出来ていることと将来スルタンとなり、ジョチ・ウルスの大ハンを目指すから協力してくれ」と告げた。大歓声があがり、祝宴が開かれた。
6月4日日曜日午後10時……オルダバザール春営地
独立してアウルを持った。勿論ユルタは1つだけだ。今夜はラドミラさんが忍んで来てくれた。ここの方が誰も居ないので思う存分嬌声を張り上げられるから良いのだそうだ。俺も久し振りにラドミラさんを抱ける。そう思うと嬉しかった。俺の年齢では毎日やりたいものだ。ラドミラさんの話によると女の方も30歳過ぎると時々催すそうだ。ただその時には亭主のほうが若い女を作ってそちらの方に行ってしまうんだとか。中々上手く行かないものだ。
ラドミラさんによると
「若いときのミハイルと比べてもアドリアンの方が数段上だ。アドリアンは精力が強いし、硬さが群を抜いている。大概の男は一度逝くと萎えてしまい、柔らかくなってしまう。もう一度となると難しい。何時も女のほうが取り残されてしまうんだ」
「その点お前は何回でも平気なようだ。お前はきっと将来女泣かせになるよ。女がお前の強い味方になってくれる。だけど利用したら駄目だ。良いね。利用したら女だけでなく誰でも傷つく。何をする場合でもきちんと訳を話すんだ。理解してもらい味方になってもらうんだ。そうしたら女はお前を裏切らない。まあお母さんと私は何時でもお前の味方だよ」
今日は家督を継げたこともあり、アドリアンは何時もより元気だった。ラドミラも満足したようだ。2人はそのままぐっすり眠ってしまった。
6月5日月曜日朝7時……アドリアンのユルタ
ラドミラさんと2人で朝食を食べているとお母さんが呼びに来た。何事だろうと思ってお母さんのところに行くと、アク・オルダのハンが今すぐスグナク……アク・オルダの首都に来いと言っているそうだ。
呼ばれるような覚えは無いが仕方ない。スグナクまでは比較的近い。夏営地への準備の指示は弟2人に任せて出発した。
https://kakuyomu.jp/my/news/16818622170527851702
挿絵は、『チャガタイ・アミールたちの割拠』です。
出典は、『講談社選書メチェ「ティムール帝国」川口琢司著。P41』です。
6月8日木曜日午前10時……スグナク城
門番に名前を告げた。ハンの
トグリ・テムルが聞く。
「お前がアドリアンか?」
アドリアン
「はい、私がミハイル・バザロフの長子アドリアン・バザロフです
エカチェリーナが口を添え、
「よく助けてくれたわね。有難う。お礼を云うわ。貴方この子に助けてもらったのよ。この子は1人で虎を退治したのよ」
「私の部下が5人がかりでやって殺されたのにこの子はたった1人で虎を退治したのよ。貴方この子になにか褒美を上げてちょうだい」
トグリ・テムル
「そうだな。聞く所によると、ミハイルが引退してお前に家督を譲ったそうだな」
アドリアン
「そうです。最近家督を継ぎました」
トグリ・テムル
「それではお前にスルタンを名乗ることを許可し、領地として
アドリアン
「有難う御座います。でも私の望みは全然別のものです」
トグリ・テムル
「何だと。お前の望みは一体何だ。言ってみろ」
アドリアン
「私は以前ヒヴァでエカチェリーナ様に一度お目にかかったことがあります。その時にもお伝えしましたが、私の望みはエカチェリーナ様を私の妻にすることです。他に望みはありません」
トグリ・テムル
「何だと。この不埒者を今すぐ殺せ。連れて行け」
エカチェリーナ
「お待ち下さい。大ハン様。子供の言ったことです。お許し下さい。この子は私の命を助けてくれました。私に免じてこの子の不敬をお許し下さい」
トグリ・テムル
「そうか。お前が気にしないなら許してやろう」
トグリ・テムル
「この身の程知らずの小僧め。二度と来るんじゃないぞ。早く出ていけ」
アドリアンは追い出された。アドリアンは馬に乗り、家路を急いだ。途中で誰かが追いかけてくる。馬を止めるとエカチェリーナだった。
エカチェリーナ
「貴方も馬鹿ね。ハンの前で告白するなんて。でも嬉しかったわ。命をかけた告白だったわね。忘れないわ」
アドリアンはエカチェリーナを抱き締めてキスを奪い芳しい匂いをかいだ。先の約束など出来ない2人だが、ここで2人は心も体も固く結ばれた。
アドリアンはエカチェリーナに誓った。
「何時の日かトグリ・テムルを打倒し、貴女を奪い取ってみせる」
エカチェリーナ
「貴方を信じて待っているわ」
エカチェリーナはスグナク城に戻り、アドリアンはオルダバザールの春営地に戻った。
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注①……
遊牧民の生活において最も恐れられたのはジュトとよばれる天災であった。これは
ときには,雪の上に雨が降り,それが凍結することもあった。きびしいジュトに会えば,多くの遊牧民が大打撃をうけて落ちぶれた。大量の家畜が死ぬと,人間もまた餓死した。天候が好転し,牧草が現れると,多くの動物たちは衰弱状態からたちなおった。ジュトは10~12年ごとに繰返すといわれる。そして打撃から回復するには少なくとも3~4年はかかった。中央アジァ全域に広まっている十二支によれば,多くの場合ジュトは
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注②……
遊牧民の食事の中心は馬,羊,ヤギなどの家畜の肉であった.その食事のお伴として,また,家族・親戚・友人・隣人との団欒の際に,馬乳酒である「クムス」が親しまれてきた。
遊牧民が集まる場では必ずクムスが飲まれることによってお互いの信頼関係が強化され,不安定で厳しい生活環境の中,カザフの広大な草原での遊牧生活が可能となった。
クムスのアルコール成分はいずれも1%から3%であり,酒というよりは乳酸を含む水替わりの飲料として認識され,子どもから大人まで毎日大量に飲用されてきた。クムスはビタミンCを多く含む飲料であり,牧畜生活のため野菜摂取が極めて限られていた遊牧民の重要な栄養源でもあった。
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注③……バルナウル
1300年代のオビ川流域には、現在のカザフスタンに位置するバルナウルという都市が存在していた。バルナウルはオビ川の支流であるバルナウルカ川沿いに位置し、交通の要所として栄えていた。
当時のバルナウルは、キプチャク草原地帯に位置しており、周囲には草原や森林が広がっていた。この地域は、テュルク系民族の遊牧民が暮らしていたため、草原地帯の中心地として重要な役割を果たしていた。
バルナウルは、商業の中心地としても発展し、ヨーロッパや中央アジア、中東といった地域との交易が盛んでした。特に、イランとの交易は重要で、馬、鳥、獣皮、綿、毛皮、蜂蜜、金、銀、真珠などが輸出されていた。
★イマキヤとバルナウル
バルナウルには、当時のテュルク系民族の文化を反映した建築物や遺跡が残っている。現在でも、バルナウルはカザフスタンの重要な都市の一つであり、観光地としても人気がある。
1300年代のイマキヤは現在のカザフスタン北東部にあり、イルティシュ川沿いに位置していた。一方、バルナウルは現在のロシア・アルタイ地方にあり、バルナウルカ川「オビ川支流」沿いに位置していた。このため、イマキヤからバルナウルに向かうには陸路を馬とラクダで進むことになる。
★オルダバザールとイマキヤ
1300年代のオルダバザールは、キジルクム砂漠の北東部、現在のカザフスタンの南東部に位置していた。一方、イマキヤは、オルダバザールよりもさらに東、イルティシュ川の流域に位置していた。オルダバザールからイマキヤまでの距離は約500キロメートルである。
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★アドリアン15歳、女たちの出産予定
ラドミラ出産時期不明、エカチェリーナ……4月上旬
後書き
第3話では、アドリアンの家督相続が正式に決定し、彼の指導者としての資質が示されました。単なる戦闘力ではなく、経済的視野や外交手腕、さらには家族をまとめる能力を持つことが、遊牧民社会での成功に不可欠であることが強調されています。特に印象的なのは、 女性たちの役割の拡大 です。 アドリアンの妹たちが 交易と商業 に積極的に関与し、一族の経済基盤を強化する姿が描かれました。この要素は、単なる戦士としての生き方ではなく、 商業と統治を兼ね備えた支配者像 へとアドリアンを導く大きな要素となります。また、虎退治のエピソードや スグナク城でのエカチェリーナへの告白 など、個人的な挑戦が物語を盛り上げる重要な要素となりました。アドリアンの行動は、単なる勢力拡大ではなく、 個人的な信念と情熱 に基づくものであり、それが彼の魅力を際立たせています。次回以降、アドリアンはジョチ・ウルスの政治的な動きに巻き込まれ、さらなる挑戦を迎えることになります。彼の成長と野望がどのように展開されるのか、次のエピソードに期待が高まります。
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