第一章第2話……バイを継ぐ前(並みいる兄弟達をはねのけて)

前書き

大航海時代が始まる大体100年位前、大モンゴル時代が緩やかに黄昏を迎えつつある時代に生まれたジョチ・ウルス末裔の一人の男の物語です。第2話では、交易で儲けるために偶然見つけた炭田に行き鍬やスコップ程度の物で露天掘りに挑戦します。主人公は綺麗な年上の人に一目惚れします。登場人物の紹介とか時代背景などは後ろの方に回しました。あれこの人はどういうだろうと思われたときに見て下さい。それで十分です。本エピソードでは主人公以外に同母弟のケイマンとアルファード及び義母のラドミラさんと主人公が一目惚れしたエカチェリーナが登場します。


本文

★中央アジア住民のことわざ

幸せな人では十五歳の息子が指導者、不幸せな人では四十歳の息子が馬鹿者


******

★流通貨幣……基本は金貨

金のインゴット1枚……金100g、日本円で60万円

大金貨1枚……金10g、日本円で6万円

中金貨1枚……金5g、日本円で3万円

小金貨1枚……金1g、日本円で6000円

銀のインゴット1枚……銀100g、日本円で6万円

大銀貨1枚……銀10g、日本円で6000円

中銀貨1枚……銀5g、日本円で3000円

小銀貨1枚……銀1g、日本円で600円

大銅貨1枚……銅20g、日本円で100円

中銅貨1枚……銅2g、日本円で10円

小銅貨1枚……銅1g、日本円で5円


★登場人物「年齢は1363年当時」

アドリアン15歳…トクトゥの子「長男」

ケイマン14歳…トクトゥの子「次男」

アルファード13歳…トクトゥの子「3男」

エカチェリーナ23歳。

******


1363年3月アドリアン15歳

アドリアンの父率いるバイ……注①では羊2万頭、ラクダ5000頭、馬2万頭飼育・遊牧している裕福な一族である。これらを飼育・遊牧するのは一族の仕事だが専門の牧夫も200名雇っていた。

https://kakuyomu.jp/my/news/16818622170480470443

https://kakuyomu.jp/my/news/16818622170480777455

オルダ・ウルスとその出典


冬場はキジルクム、春・秋場はオルダバザール、夏場はイルティシュ川中流域のイマキヤ周辺で過ごしていた。図の真ん中当たりにオルダバザール、右上の上から2番目にイマキヤがある。ロシア語なので分かりづらい。


******

注……キジルクム砂漠とは

キジルクム砂漠は、中央アジアのカザフスタン、ウズベキスタン、タジキスタンにまたがる広大な砂漠地帯です。この砂漠は、東西約300km、南北200kmの広がりを持ち、総面積は約2.5万平方キロメートルに及びます。大雑把に言えば、シルダリア川とアラル海及びアムダリア川の間にあります。


1300年代当時のキジルクム砂漠は、シルクロードと呼ばれる商業路の中継地点であり、多くの商人や旅行者が通過していました。また、この地域にはモンゴル系遊牧民が暮らしており、彼らは馬や羊などを飼育し、移動しながら生活していました。


この時代には、キジルクム砂漠は穏やかな気候で、多様な植物や動物が生息していたとされています。しかし、その後の時代には過剰な開発や気候変動により、砂漠化が進み、現在では荒涼とした砂漠地帯となっています。

******


キジルクムはシルダリア川の中流域からアムダリア川の中流域の間にある砂漠である。キジルクム砂漠は80~90%植物に覆われている。また小高い丘陵が何列にも渡っていて、その間の低地では吹雪が少なかった。


冬季にキジルクム砂漠を利用する遊牧民たちは、固定的な建物を持たず簡単なテントと荷物をラクダの背中に載せ、馬や羊を連れて移動した。彼らは典型的な遊牧民であり、草刈りも農耕もしなかったが時折りシルダリア川やアムダリア川の近くの街「ジェンドやスグナク、ヒヴァ、ブハラなど」を訪れて交易を行った。キジルクムは、夏季の砂の温度は70~80℃に達し、地下水位は70~80mしかも塩分が多かった。また春には動物の体に食いつくダニが現れた。夏は乾燥して草が枯れ、ヤギやヒツジは殆ど太らなかった。


その代わり冬のキジルクムは雪も少なく、寒さもおだやかで、しかも春、夏、秋の間遊牧民の家畜が入っていないので、牧地として好まれた。彼らはこの砂漠に冬の間最高2~2.5ヶ月放牧した。


3月の初め、北方への移動準備をはじめた。つまり地面に雪が残っている間は、砂漠に止まることができたのである。当時もキジルクムに井戸があったが、全体としては少なかった。砂漠土に井戸を掘ることはほとんど命がけの仕事であった。井戸掘りの専門職人は井戸1つについて300~400頭のヒツジを要求した。


キジルクムの遊牧民たちはカラクル羊、ひとこぶラクダ、少数のヤギを飼育した。このほか乗用として数頭の馬を所有した。彼らはヒヴァとブハラに家畜や畜産物を売りに出し、また貧しい人々はサクサウルで作った木炭を焼いて都市へ売却した。


牧地の利用については何の制限もなかった。ただ井戸を掘った人はその持主とされ、他の牧民は持主の家畜の後に水飼することが出来た。アドリアンと兄弟姉妹達8人や従兄弟・従姉妹達10人は狩猟と井戸掘りが得意だった。


砂漠では可能蒸発量が降水量をはるかに上回る。たとえば、中央アジアの敦煌では、年間降水量30ミリメートルに対して、可能蒸発量は2600ミリメートルというデータもあるほどだ。


砂漠の近くに積雪量の多い山があると、雪どけ水は、土壌深くに浸透し、砂漠土壌の下にある水を通しにくい粘土層に達して、砂漠の地下に溜まる。この水が蒸発したあとの砂は、塩が残るため白くなるが、これが一つの「砂漠で水の出る場所」の目印である。深層に蓄えられた水量豊かな地下水が湧き出すところ、これがオアシスとなる。


アドリアンと兄弟姉妹達8人や従兄弟・従姉妹達10人はこの塩があるところを深く掘るのだ。ときには何十メートルも掘り下げることもある。


アドリアンは祖父から一族の歴史を良く聞かされた。モンゴル・ウルスの開祖チンギス・カンは1218年イルティシュ川沿いにカザフ草原東部に侵入し、3翼に分かれた。


カザフ草原の北西部はジョチに託されたが彼は父より半年早く亡くなり、ジョチの次子バトゥが遺領を受け取った。カザフ草原の南部と南東部はチャガタイが継いだ。北東部はオゴディが受け継いだが、チャガタイの領地との境界は明確にされていなかった。末子のトルイは故郷「モンゴルの故地と軍」を受け取った。


2代目大ハーンオゴディの命により、バトゥはヨーロッパ遠征を行った。バトゥはヴォルガ中流域のブルガール、草原地帯のキプチャクなどのテュルク系、フィン・ウゴル系の諸民族、北カフカスまで征服して支配下に置き、ルーシ(キエフ大公国)、ポーランド、ハンガリーまで進撃した。


1242年、バトゥはオゴディの訃報を受けて引き返し、オゴディの後継が決まらず紛糾するのを見て、ヴォルガ川下流に留まることを決め、サライを都とするとともに、周辺の草原地帯を諸兄弟に分封して自立政権を築いた。


父ジョチの生前分与として、ウルス国家の西半分…右翼ウルスをヴォルガ川流域に遊牧する次子バトゥの王統が統括し、ゾロタヤ・オルダ……注②と呼ばれた。「金帳オルダ」 「黄金のオルダ」 とも云う。


長子オルダはダシュティ・キプチャク東部、セミルチェ北東部、イルティシュ川上流部からアラ・コル湖に掛けての地域及びアラル海北東部からシルダリア川下流域に掛けてのステップをアク・オルダの名の元に受け取った。


ヤイク川、ウルグズ川、トボル川、サルス川近隣の地域及びアラル海北西部のステップはキョク・オルダとして5男シバンの物になった。ゾロタヤ・オルダ、アク・オルダ、キョク・オルダを併せてジョチ・ウルスと云う。バトゥがジョチ・ウルスの宗主権を持った。チンギスの命であった。バトゥの他の兄弟達就中なかんずく長子のオルダはバトゥの宗主権を認めていた。アドリアンやトクタミシュの先祖トカ・テムルはジョチの第13子で長子オルダの麾下に属していた。


モンゴル・ウルスの宗主権の元に中央ユーラシアを支配した大帝国は14世紀に入り少しずつ綻びを見せつつあった。大都を首都とするモンゴル・ウルスは大帝クビライが崩御した後モンゴル中央政局は、女性が掌握した。後世のオスマン・トルコ帝国が滅びる遠因となった「女の時代」であった。軍閥執政の出現を契機にモンゴル中央権力が落ち込み遂には大統合が失われることとなった。


ジョチ・ウルスにおいても、14世紀の初めウズベグ・ハンが中興の祖となり、バトゥ家のウルスは最盛期を迎え、首都サライは国際交易と商工業の中心として栄えた。


1359年に孫のベルディベク・ハンが亡くなり、バトゥの系統が断絶し、大混乱に陥った。シバン系以外のチンギス裔はウズベグ・ハンによってキャト族のイサタイの麾下にされていた。ベルディベク・ハンが亡くなった知らせを受けてトカ・テムル系の3兄弟がクーデターを起こし、キャト族のテンギス・ブガを殺害し、3兄弟の1人カラ・ノガイをアク・オルダのハンに推戴した。トカ・テムル系が復活したのである。


今は3兄弟の1人トグリ・テムルの時代である。オロスもアドリアンもトクタミシュも虎視眈々とハンの位を狙っている。

https://kakuyomu.jp/my/news/16818622170481052542

ジョチ・ウルス配置図

講談社現代新書「モンゴル帝国の興亡上」杉山正明著。P86


1363年15歳の春4月2日日曜日朝5時……オルダバザールの春営地

何時もの時間に目が覚めた。今日はカラガンダで見つけた黒い石を採掘に行く予定だ。ヒヴァやブハラに持って行くとサクサウルの木の50倍の値がつく。同母弟の2人を連れて3人で行く積もりだ。


ラドミラお義母さんにプレゼントが出来る。小さい頃からラドミラさんが大好きだった。俺が生まれる2年前にお父さんの2番目の奥さんになった。


一番目は俺のお母さんのトクトゥだ。本当のお母さんよりラドミラさんの方が好きだ。去年筆下ろしをしてくれたのがラドミラさんなんだ。それから俺はすっかり夢中になった。毎日俺はラドミラさんのユルタテント……注③に忍び込んでいる。お父さんはここ5年間別の若い奥さんと一緒に暮らしている。だから見つかる心配はしていない。


俺は生まれつき器用なたちで自分専用のユルタをサクサウルの木やフェルトを使って作り上げた。しかも分解できて、組み立ても出来る優れものだ。


そこに1人で住んでいる。でも夜はラドミラさんと一緒に過ごす。一族のユルタは俺が全部作り直した。分解できるからラクダ1頭で運べる。ブハラに持って行くと1台当たり大金貨1枚で売れた。10枚作ったので金のインゴット1枚貰った。でも労力を考えるとカラガンダでむき出しになっている瀝青炭れきせいたん……注⑤を掘ったほうが率が良い。


昨晩はラドミラさんのユルタに泊まり、可愛がって貰った。起き上がり身支度をしてから2人でソファーに隣り合って朝食を食べた。このソファーも俺が自作したものだ。サクサウルの木と竹及び毛皮とフェルトがあればたいがいの物が作れる。これがないと絨毯じゅうたんの上に座り続けることになってしまう。


みんなそろそろ起きる時刻になってきた。そのまま外に出た。ケイマンとアルファードを連れて、オルダバザールからカラガンダに向かった。カラガンダはオルダバザールからイマキヤへ移動するときの中間地点にある。騎馬に乗ると往復2日で行ける。


1363年15歳の春4月4日火曜日昼12時……カラガンダ

携帯食料を食べてから、くわで露天掘りを始めた。まる3日階段状に掘り進めて1トン掘り出した。馬3頭で運べるのは此れぐらいが限度だ。頑張ってそこからヒヴァまで売りに行った。ヒヴァまでは片道6日かかる。


1363年15歳の春4月13日木曜日昼12時……ヒヴァの商店

1kgで小金貨1枚くれた。合計小金貨1000枚だ。俺が600枚取り、2人には200枚づつ渡した。採掘道具を小金貨10枚で購入した。ラドミラさんへのお土産の化粧品・装飾品を小金貨10枚で購入した。


ものすごい美人がいた。ラドミラさんの10倍くらいきれいな女の人だ。年の頃は24,5歳かな。もちろん誰かの奥さんなんだろうな。店主に聞いてみた。


「あのきれいな人は誰なんだ。ここに良く来るのかな」

「あああの人はすごい人だぞ」

「トグリ・テムル様の正妻でエカチェリーナさん23歳と云うんだ。ここには良く来るよ」


そうか。雲の上の人だな。無理とは思いながらもアドリアンは諦めることが出来なかった。エカチェリーナに声を掛けた。


こんにちは。俺はアドリアン15歳といいます。貴女があまりにもきれいなので思わず声を掛けてしまいました。これを差し上げます。


ラドミラにやるつもりだった品物をエカチェリーナに渡した。エカチェリーナは驚いていたが悪い気はしていないようだった。


あらありがとう。うれしいわ。貴方はどういう子供なの。


子供扱いされて悔しかったが、両親の名前を云うと良く知っているようだった。


あらそれじゃあ遠い親戚にあたるわね。また会うかも知れないわ。それまで元気にしていてね。また声を掛けてね。


アドリアンはすっかり惚れ込んでしまった。ラドミラ用に同じものを買った。カラガンダに皆でまた出掛けた。


今回は此処までにいたしましょう。次回をお楽しみに。


後書き

アドリアンたちは自らの生活を守るために沙漠に井戸を掘り、カラガンダで炭田を発見し露天掘りを行います。次回以降、アドリアンの妹の4人「妹長女ミルドレッド14歳……ラドミラの子、異母妹。妹次女ケイト13歳……ラドミラの子、異母妹。妹3女アリサ12歳……トクトゥの子、同母妹。妹4女ハティジェ11歳……トクトゥの子、同母妹」が登場するのを受けてアドリアンの年齢は15歳と設定いたします。


******

注①……バイ……富裕な遊牧民一族、多数のアウル家族……注④から形成されている。

注②……オルド/オルダ

「古テュルク語: 𐰇𐱃𐰀 転写: uta、ᠥᠷᠳᠥ、転写: ordo、中:斡魯朶/兀魯朶」とは、

契丹・蒙古などのモンゴル・テュルク系民族におけるカンや后妃の宿のこと。

日本語訳では、行宮・宮帳・幕営と表記する。

注③……ユルタ……天幕てんまく、テントのこと、ゲルとも言う。

注④……アウル……家族、両親と子供達で形成される事が多い。

妻と子供達だけの場合もある。

注⑤……瀝青炭れきせいたん……光沢のある黒色をし、

煙の多い炎を上げて燃える石炭。炭化度は褐炭と無煙炭との中間。一般燃料用。

******

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る