最終話
最後のダンスだ
舞台袖から勢いよく飛び出した秋人は一人の少女の姿を目にして思わず固まった
黒くて長い髪、紫と白のグラデーションカラーの蝶模様が入った黒い着物、手には大鎌を携えている
(誰だ?急な演出の変更でもあったのか?もしや試されているんだろうか。やってやろうじゃないか、これは僕の舞台だ、僕がなんとかしてみせる)
秋人は少女の隣に跪いた
「貴女はメリーナの元へと導いてくれる女神ですね」
少女に手を差し伸べる
「僕と共に、最後のダンスを」
少女と目が合う、金色の瞳が放つ光に思わず秋人は息を呑んだ
「ふふ、ダンスを踊れたら良いのですが・・・」
そう言って少女はひらりと舞う、すると光の束が立ち並び舞台を白く染めていく、その中を紫色の蝶がひらひらと舞う
「なんだ?舞台装置にこんなものはないはず、これは一体」
秋人は光の眩しさに手を翳し目を細めた
しばらくすると眩しかった光は消え、満員だった客席には誰もいなくなっていた
「どうなって、るんだ?」
無人となった客席に目を向ける、そこには咲の姿も見えなかった
「咲がいない、咲の笑顔が見たくて、頑張ってきたのに・・・」
頭を抱え声を震わせながら懸命に咲の姿を探す
はっとして後ろを振り返ると少女は微笑んで秋人を見つめていた
「君は、一体誰なんだ?何がどうなってるんだ」
少女は静かに答える
「私は・・・
「死神?魂?そんなことより、僕の夢を邪魔しないでくれ。
やっとここまで来たんだ、もう少しで、もう少しで」
「笑顔を向けてもらえますか?」
「そうだ、そのために色々な物を犠牲にしてきた」
「残念ながら、その願いは叶いません」
「なぜそう思う?」
「貴方が笑っていないからです」
「僕が?」
「貴方が笑っていないから、咲さんも笑わないのです」
観客のいなくなった広い劇場に空の穏やかな声が響き渡った、客席にはひらひらと無数の紫色をした蝶が舞っている
「そんなはずはない、僕は、僕の努力は」
秋人は頭を抱えながら怒鳴り声をあげた、
まるで何かの演劇でもしているかのように光がスポットライトのように二人を照らし出した
「蝋燭の灯は消えようとしています。貴方に残されたのは僅かな時間だけです」
「僅かな時間・・・」
「貴方は気付いているはずです。
過去も
空の声を合図にスポットライトのようだった光が広がり出し舞台や劇場を覆いつくしていった
真っ白い空間の中で空の声だけが聞こえてくる
「さぁ、耳を澄ましてください」
秋人は言われるままに白い空間の中で耳を澄ました
秋人・・・ 秋人・・・!
(僕の名前を呼んでいる・・・この声は)
気が付くと横たわった秋人の横で名前を呼ぶ咲の姿があった
「良かった、秋人。気が付いてくれた。救急車を呼んでくれているから、もう少し頑張って」
そう言って咲は秋人の手を両手で包み込んだ
(あぁ、咲にこんな悲しそうな顔をさせてしまうなんて、僕が頑張ってきたのは・・・求めていたのは・・・」
貴方が笑っていないから 咲さんも笑わないのです
秋人の頭に空の言葉が木霊する
(あぁ、そうだ、そうだった、本当は気付いていたんだ。特別な事なんていらない、僕が心から楽しんで、心から笑いかけさえすれば、きっと咲は応えてくれるって。
分かっていたはずなのに)
目から涙が溢れた、それと呼応してつららの先から滴り落ちる水滴のように微かな雫の感触を頬に感じた
(君はいつも私なんかといても楽しくないんじゃないかって心配してたけど、一緒に下校する僅かな時間がとても楽しかった。
慣れない学祭委員だって君の為に頑張れた。
あの夏の日、初めて話しかけたときどれほど僕の足が緊張で震えていたか君は知らない、僕がどれほど喜んだのかを君は知らない。
ずっと僕が望んでいたのは・・・あの日に見た)
手を握った両手に額を擦り付けるようにしている咲に声をかけた
「ねぇ、顔をあげて、そんな悲しそうな顔をしないで。
咲といた時間はとても楽しかった、幸せだったんだ」
そう言って秋人は微笑みかけた、それに応えるように涙を流しながらも咲は優しく微笑みかけた
それは無理に作った笑顔ではない、望まれたからというわけでもない、、紛れもなくあの日に見た優しい笑みだった
(やっと、伝えることが出来る)
言葉を発しようとするが、秋人の口からは空気の塊が漏れでるだけだった
(あれ?口が動かない、言葉が出ない。言わなきゃ、随分待たせてしまった、これからは同じ時間を過ごそう。僕はずっと、あの日からずっと君の事が・・・)
秋人の身体から力が抜けていった、もう自ら手をあげる事すら出来なかった
秋人が静かに目を閉じると
どこからか空の声が聞こえてくる
「儚き夢のお仕舞です、死地の旅へと参りましょう」
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