第五話

 高校に入っても二人は変わらない。小、中学に比べ遠い場所にあるため、早起きしなければいけない幻一郎を、響子は毎朝起こしに行った


 授業が終われば幻一郎は挨拶も早々に学校を飛び出し、響子がお手伝いをしているであろう祖父母の家へと急いで帰る


 関係が少し変わり始めたのは幻一郎が三年生にあがったときだった


 響子も高校生となり、同じ高校で一年を過ごして迎えた春。いつものように二人で畑に囲まれた畦道を歩いていると


「俺、家を出る」


「え?」


 幻一郎の言葉に響子は驚いて立ち止まる、寝耳に水な話だった


「父親と同じ、都会の大学に通おうと思ってる。ばあちゃんに聞いたんだ、俺もそうしたいって言ったら渋い顔してたけどな」


「どうして?突然そんな話・・・」


「どうしてだろうなぁ、でも風鈴を眺めてるとたまに思い出すんだ、必死に働いてた父親の顔をさ」


「そう、なんだ」


 このままずっと穏やかに二人で過ごしていく事を願っていた響子は、怒るでもなく悲しむでもなく相槌を打つ。様々な感情が混ざり合い、うまく言葉が出せなかった


「高校でいろんな夢を持った奴に出会って、俺にもやりたい事が出来たんだ」


「夢?」


「俺は会社を作りたい、それは父親の夢でもあるんだ。俺はそれを叶えたいと思う」


 幻一郎は大きく手を広げ青い空に向かって語った、その声は自信に満ち溢れている


「響子には夢はないのか?」


「私は・・・」


 満面の笑みを浮かべた幻一郎の顔を見ると響子は胸に痛みが走るのを感じた


「ごめんね、今日は母さんに手伝いするように言われてるから先に帰るね」


 返事を待たずに響子は逃げるように走り去る


 目的の大学に入学するために今の学力では少々不安を感じていた幻一郎はすぐに猛勉強を始めた


 高校の図書室で追い出されるまで勉強し、帰宅すれば食事も早々に机へと向かう


 それから二人はほぼ顔を合わせる事がなくなっていった


 響子はというと、年老いた神主一人しかいない神社の管理を手伝い始めた、しっかりしてる子だから安心して任せられると幻一郎の祖父母から頼まれたのだ


 同時に学校では先生方に推薦され委員会に入ることも決まり、日々を忙しく過ごすようになった


 すれ違うように日々を過ごす中、ときおり響子は音を立てないようにそっと幻一郎が勉強をしている部屋のふすまの前に立ちノートに擦れる鉛筆の音に聞き耳を立てる


 このふすまを開ければ顔が見れると思いはするが、我がままを言って邪魔をしてしまうかもかもしれないと考えると勇気が出なかった


 風鈴の音が静かな夜に響いてくる


(お父さんの事を考えながら勉強してるのかな・・・)


 響子は声を出さずに「おやすみなさい」と呟いてから、音を立てないように気を付けながらふすまを離れる

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