第3話:足りないものは金だけか

 

 今日も活気に溢れるトーカスの表街道。露店の前にはたくさんの人が行き交っている。興味を惹こうとして魔法を失敗する者、自慢の歌声で人々を魅了する者、スラムに片足を突っ込んでしまった者……様々な人間が失敗し、成功する。そんな混沌の街中で、露店で買ったおもちゃを片手にティアは歩いていた。その足取りは軽く、スキップするように人々の間をすり抜けていく。


 ティアは楽しんでいた。大いに楽しんでいた。ぶかぶかのコートを羽織り、顔にはよく分からない仮面を付けている。森の魔物から作った仮面は精巧に作られており、それが余計に不気味さを際立たせていた。見るからに怪しい格好は、背丈が子供ぐらいだからこそ許されている。大人がやればあっという間に不審者だ。おもちゃを持って楽しそうに歩くティアの姿は、お小遣いを貰って喜んでいる子供のように見えるかもしれない。


「ふふ、いい買い物をした」


 ニコニコと笑顔で歩くティア。ぶかぶかのコートも、おもちゃを買うためのお金も、全て盗んだものだ。正確には土塊に潰されてスラムに沈んだ死体から手に入れたものだが、意味合いは大体同じであろう。他人の金で食う飯は美味いか。否、ゴーレムに味覚はない。だが、形だけでも人間の真似事をするというのはティアにとって新鮮な体験だった。



「それにしても、金というのは素晴らしいな。こんな鉄屑を渡すだけで欲しいものが手に入るとは」


 コインをパチンと弾き上げた。教会の紋章が描かれたコインはくるくると巾着袋へ吸い込まれる。中身が殆んどなくなった巾着袋はチャリンと小さく音を立てた。

 ついつい面白そうな品を買っていたら、いつの間にか無くなっていたのだ。おかげで身の回りが充実したが相応の対価を支払った。軽くなった巾着袋は些か寂しいものである。



「すごーい!」

「うん?」


 突然上がった可愛らしい声に思わずティアは足を止めた。見ると、自分よりも小さな少女がキラキラとした目で見上げている。さらさらとした銀髪の少女だ。大きな瞳には好奇心が溢れている。


「お姉ちゃん上手だね! もう一回やって!」

「いいよ、ほら」


 パチン、パチンと今度は二つ。空中でぶつかり合ったコインはまたしても巾着袋へ吸い込まれた。曲芸としてはまずまずの点数。ようやく馴染んだ体にティアは満足げな様子だ。


「すごい! お姉ちゃんもしかして劇団の人?」

「劇団?」

「ビザーレ・サーカス団だよ、知らない?」


 ビザーレ・サーカス団という名前をティアは初めて耳にした。こんな少女が知っているくらいだから有名だと思われる。街の情報にまだ疎いティアは興味を持った。


「ううん、違うよ」

「そっかぁ、てっきり劇団の人かと思っちゃった!」


 その後も幾つか芸を見せてあげると、そのたびに少女は分かりやすく喜んでくれた。じゃあね、と手を振る少女。無邪気な笑顔はすぐに人混みに紛れて見えなくなってしまう。少女が去っても、ティアはすぐには動き出せなかった。胸のうちにじんわりと温かいものが広がるような、ティアにとっては初めての気持ち。



「上手、か……ふふ、悪くない」


 ティアの口角は自然と上がっていた。仮面の下はさぞ顔が緩んでいることだろう。生まれて初めての褒められるという体験は気持ち良かった。たとえそれが幼い少女の言葉だとしても。


「ビザーレ・サーカス団か。覚えておこう」


 面白そうな匂いがする。劇とは一体どんなものだろう。いつ開催されるのだろうか。場所は、条件は。きっとお金は必要だろう。先立つものがないと始まらない。


「よし、まずは金だ」


 軽くなった巾着袋を揺らしながら、ティアは金を稼ぐ方法を探した。


 ○


 その日の夜。


「はぁ~~」


 スラム街の空き家、歪な建物のとある部屋で重いため息が零れた。ベッドや布団が必要でないティアの部屋は、露店で買ったおもちゃやよく分からない品で溢れている。そんな混沌の中心でティアは頭を抱えていた。その理由は単純、金がないのだ。そもそも今日の目的は仕事を探すことだったはずなのに、何故か部屋のおもちゃは増えてしまった。仕事がないと金がない。最悪、また盗めばいいかもしれないが、出来ればそれは避けたかった。


 人間を知る。ただの好奇心で始めた人の真似事は思いの外楽しいもので、退屈な森での生活に戻るつもりはないのだ。人の定める罪を犯せば人の世で生きられない。それぐらいはティアにだって分かっている。分かっているのだが――


「いっそ、スラムで暮らしてもいいんだけどなぁ」


 食事の必要がないティアにとって、暮らすだけならスラムは丁度良い。空き家はそこかしこにあるし、ティアのような怪しい格好でも誰も気にしない。では何がいけないかというと、キラキラしていないのだ。端的に言えばつまらない。ただ生きることしか眼中にない暮らしなどティアは求めていないのである。


 ティアは昼間に出会った少女を思い出した。初めて褒められた喜びを噛み締める。褒められたい。称賛されたい。そんな欲求が少し芽生えているのをティアは自覚していた。街で暮らしてから幾分過ぎたが、人間とのまともな交流は殆どなかった。そんな中での久しぶりの会話は、短かったが楽しかったとティアは思う。


「ま、いっか」


 どうやって稼ぐかとか、今後どうするかとか、難しいことを考えるのは放棄した。自分はゴーレムなのだ。本能のままに、やりたいことだけをして生きるのだ。ティアは楽観的に、どうにかなるだろうと考えている。


 脱いだコートを適当に放り投げると、おもちゃの海にその身を沈めた。宝物に囲まれて膝を抱えるように丸くなると、ティアは眠りにつく。


(おもちゃはいいものだ)


 街を散策するのはいいものだ。露店巡りはいいものだ。褒められるのはいいものだ。周りを警戒しないで寝られるのはいいものだ。


 ――人の暮らしはいいものだ。


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