2-100.五分間の地獄 

 修二が飛び寄り、上空から鎖を一刀両断する。鎖は頭を落とされた蛇のように、力を失い床に落ちた。


 修二は続けて斬撃を放つ。鎖の追撃を剣気波で食い止めると、挑発的に叫んだ。


「卑怯な術使いめ!堂々と姿を見せろよ!」

不破ふはさん」

「相手は殺し屋だもの。そう簡単には姿を現さないはずだべ」


 ラーマも手詰まり感があるようだ。


「しかし……このままでは防戦一方です。敵の居場所さえ分かれば良いのですが……」

「それなら私に任せてください!『易経えききょう剣法』に、良い使い方があります」

「マジッスか?」


 下半身を沼に沈めたまま、ランは目を閉じた。

 両手で握ったスイたんを、胸の前に構える。


(スイたん、みんなを助けてください!!)


「風は我の耳目になれ、天の刃よ、姿を無にさせる敵の居場所を導け、『易経風天陣えききょうふうてんじん』」


 藍の想いに応えるように、七星翠羽しちせいすいはが光った。柱の間の気流を集め、一方向へ回らせると、藍を中心に強い風が吹き起こる。心苗たちの耳に、布のはためく音が聞こえ始めた。それは、強風により揺れたマントの裾から聞こえる音だった。


「二箇所です!貫け、『天風剣てんぷうけん』!」


 藍は音のした二方向へと剣先を向ける。それぞれの剣に風を集めると、目には見えない空気の刃が飛び出した。だが、敵に衝突する前に、緊急展開された防御章紋が光る。攻撃は食い止められたが、術式と衝突した際に巻き起こった乱気流が、マントを着た人物を一瞬だけ暴いた。

 もう一方では、攻撃が命中したらしく、マントに当たった音が響いた。どうやら急所は躱されたようだ。


「皆さん、今のうちに!」

 

 藍が敵の居場所を突き止めると、鎖の攻撃を払ったティムたちが反撃に転じた。


 最初に飛び出したのは真人さなとだ。術使いの回避行動を見切ると、首を狙って鋭く太刀筋を加える。


「君が術使いか」


 真人はそう言って、中空を斬った。何もないように見えたその場所から、何者かが緊急退避する。だが、フードが切り取られ、裂けた布の下から、無表情のリディが現れた。


 真人は追加の斬撃を繰り出す。

 リディは目を合わせることもなく、その場に立っている。その時、事前に仕掛けられていた『章紋術ルーンクレスタ』が作動し、真人の技と打ち合った。真人は垂直に浮かぶトランポリンにでも当たったように、章紋に押し飛ばされる。


 真人は刀を床に刺し、足を踏ん張って反動を食い止めると、すぐさま体勢を立て直す。


「妙な術式だな……」


 真人とほぼ同時にもう一人の人影に向かったのは楓だ。金属竹刀を振り払うと、衝撃波が影を追う。だが、影の主に当たるよりも前に、狂った面相の男が立ちはだかり、衝撃を生身で受け止めた。


 人影は自らフードを外す。

 現れたのはカロラと、彼女の作りだしたハワードだった。

 その姿を見て、のぞみが目を丸くする。


(あの二人、夢で見た。豊臣先生と話していた『尖兵スカウト』……。ということは、『章紋術』を使っている方が、バレーヌさん……?


 クラークがハワードを指差し、叫ぶ。


「おい!あの男、授業でカンザキさんを襲ったやつじゃねぇか?」


 京弥もそれを思い出す。


「ってことは、あの三人が神崎を狙う殺し屋か?」


 ティムは源気グラムグラカを読み取り、京弥に応える。


「いえ、あの男は後ろの女と同じ気配がします。おそらくあの女が作った使役体でしょうね」

「お噂に聞いている逃亡中の刺客二名は、操士ルーラー魔導士マギアということですが……。ダンジョン内で待ち伏せしていたということでしょうか……」


 ラーマがそう言うと、修二だけは「フン」と鼻で笑った。


「良いじゃん!前はやられっぱなしだったんだからさ、今ここでリベンジしようぜ!」


 前回は結界に邪魔をされ、修二はのぞみを守れなかった。その屈辱をここで晴らせると思うと、修二にはもはや恐怖心はなく、全身の血が沸騰し、多幸感すら感じる。


 真人は何も言わないまま、両手の刀を交差させ、再度、攻撃のために飛び出した。

 リディが生気のない目で真人を睨む。そして、金色の『章紋術』を展開した。円形の紋様が広がり、人ひとり入るのにちょうど良いだけの穴が現れる。真人はリディに飛びかかろうとして、目を瞠(みは)った。だが、回避するだけの時間は与えられず、真人は穴に飛び入る。術式が消え、真人は完全に姿を消した。その穴がどこへ通じているのか、誰にも分からない。


「島谷さん!?」


 ティムが額に冷や汗を流す。そして、術の特徴を分析した。


「空間系のトラップ術も使えますか……厄介ですねぇ」


 ラーマが慎重に言った。


「魔導士の弱点は、事前に仕掛けた術が消耗すると、次の新たな術を綴るための呪文を唱える時間が必要になることです。つまり、その瞬間が私たちのチャンスです」


「……ただ、あの二人の源気は上級生のエリートレベルの強さがあります。術式も、30……いや、50は仕掛けているかもしれません」


 話す時間も十分には与えられず、リディが直径80ミルの『章紋術』を展開した。


「『レーンニングサンシャイン』」


 円形紋様から無数の光線が乱射された。光の針が、雨のように広範囲に打ち出される。


 ティムたちは散開し、それぞれ回避行動を取る。

 逃げながら、ルルが叫ぶ。


「こんなのメチャクチャじゃん」


 心苗コディセミットのなかには、回避せず、源気を纏って光に耐える者もいた。


 のぞみは術式の放射領域から離れる。のぞみには、目の前で起こる悪夢が信じられなかった。あのようなメッセージを残していたリディがなぜ……と違和感を覚える。


(どうしてこんなことを?何か変……)


リディの術を避けると、今度は血のように赤い源気を手に集めたハワードが飛び出した。ラーマ、楓、ティム、ルル、ほたる、エクティットと、順に攻撃を受けていく。

蛍とエクティットは、加速度攻撃と『ミラージュターン』で奇襲を回避した。ティムたちも各々の武器で防御の構えを取り、ハワードの攻撃を跳ね返していく。


「くそったれぇ!!」


 クラークも反撃したが、二度目の衝撃には対応が間に合わず、壁に衝突し、大怪我を負った。クラークはすぐに立ち上がったが、その場に血を吐いた。長時間にわたる激戦で、肉体はすでに限界を超えている。


 ハワードは速度を落とさないまま攻撃を続ける。だが、回避した心苗たちを追うのではなく、本命であるのぞみを一直線に攻めてきた。

 のぞみは『ルビススフェーアゾーン』を展開し、二本の刀でバツ印を作るように防御の構えを取る。


 のぞみがハワードの攻撃を受ける寸前、目の前に修二が割り込んだ。


「『ドライブスラッシュ』!!」


 修二は強い攻撃技でハワードと打ち合う。コマとコマが打ち合うようにしのぎを削り、とうとうハワードが弾かれる。だが、弾かれたのは修二も同じだった。修二はそのまま藍の作りだした岩を貫き、その後ろの岩壁に衝突した。


「不破さん!!」


「『ブレーズサンシャイン』……」


 無情なリディはさらに章紋を展開し、攻撃を続ける。


 その時、糸玉が撃ち込まれ、リディとカロラは攻撃を邪魔された。章紋が消え、ハワードの動きも停止する。


 そこに現れたのはハネクモだ。

 アタッカーと同じ数のハネクモが出現し、ジェニファーが叫ぶ。


「このクモ、ダンジョン課題の時にも見たな」


 次々と現れる刺客に、藍は倒れそうな顔で、涙声になった。


「もう、おしまいでしょうか……」


 しかし、蜘蛛は心苗たちに背を向け、リディとカロラを包囲するように動いた。そして、二人の攻撃を糸玉で牽制している。


「変ですね、このクモたち、まるで私たちを護っているようです」


 まるで味方の邪魔をするような、ちんぷんかんぷんなクモの動きを見て、ラーマが疑問を呈する。


「どういうことなんでしょう?このクモ……以前セントフェラストを襲撃したものと同じもののはずですよね?」


エクティットがそう言った時、


「やはり、僕が手を出すしかないようだね」

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