2-100.闘士殺し

 柱の間を満たしていた光がようやく弱まってきた。源気グラムグラカの粒子はまだ濃密に辺りを漂っていたが、貝竜ミラドンキスの姿はない。広い聖堂には、結界を支える柱が聳えている。

 守護聖霊を倒した実感がようやくこみ上げてきて、クラークたちが勝利の雄叫びを上げる。


「よっしゃああああ!!」


「うぉおおおおお!!!」


「俺たちが倒したぞ!」


 緊張感から解放され、ランの目にはしずくが浮かんでいた。


「私たち、聖霊に勝った……。メリルさん、夢ではないですよね……?」


「うん、コールちゃん、夢じゃないヨン」


 お化け退治の経験があるのぞみにとっても、辛勝の一戦だった。ホッとしたように、そっと息をつく。


 だが、まだ油断はできない。

 もう一度、深く息を吸いながら、のぞみは思考する。


(そういえば、ウェスリーさんの姿がまだ見えない……)


 激戦続きだったため、ケビンのことを考える余裕がなかった。ミュラは、きっと最適なタイミングで来ると言ったが、そのタイミングはまだ来ていないということか。未来から来た『尖兵スカウト』たちはまだ一人も姿を現していない。


 ティム、真人さなと、ラーマ、楓も、聖霊との交戦を終えても気を緩めることはなかった。姿や気配を消している者がいる。その人物への警戒を保つ必要があった。


 前方で戦っていたヌティオスたちは、凶暴な聖霊を倒した喜びと高揚感に浸っている。その時だった。彼らの立つ床に、いくつもの『章紋術ルーンクレスタ』が光った。


 一瞬の間に床は沼に変わった。反応が遅れたヌティオス、デュク、藍、悠之助の足が取られ、沼に沈んでいく。


「ぎゃあ!何ですかこれ!?」


「くそ、出れねぇ!」


「油断したッス」


 他の心苗コディセミットたちは、一刻の違いで跳び離れることができていた。


「泥沼の章紋ですか……」


 安全な場所に着地したラーマが、冷静に状況を読み取る。


「んだな。やっぱり、聖霊との戦闘は、私らを消耗させるための手口だったんだべ」


クラークが刀を構える。


「術使いはどこだ?」


 周辺に、怪しい人物の姿はない。

 ルルは焦りが生じたのか、血相を変えている。


「私たち以外、誰もいないよね……」


 トラップが発生し、のぞみたち一同はすっかり気を乱していた。そんななか、前方の攻撃担当の心苗たちと、後方の補給陣地との間に線が引かれていく。直径10ミルの章紋で描かれた円形の紋様の一つ一つから、天上に向かって鉄柱が突き出す。鉄柱は妙な光を纏い、檻のように集団を真っ二つに分断した。


 修二とラーマは鉄柱を思い切り、斬り払った。だが、鉄柱は黄金の光に強化され、傷一つ付けることができない。


「斬れない……!?」


これはただの防御術ではないと、ラーマは気付いた。


「普通の攻撃は無効化されるみたいですね」


 ルルがただちに『牙吼拳がほうけん』を撃ちだしたが、効かないどころか鏡のように攻撃が跳ね返る。ルルは自分の技を受け止め、爆発が起きる。技のブーメランを浴びて退かれたルルは、それに耐えながらも悔しげな顔を見せた。


「……くっ!光弾系の技も跳ね返されるなんて」


「ドイルさんの技も効かない!?」


 ティムは、自分の技も無効化されるだろうと踏み、無駄な体力の消耗を防ぐために攻撃を諦めた。今は冷静さを保つことが求められるという判断でもあった。


「これは闘士ウォーリアを抑えるための術ですね……」


「補給させねぇってことか!」


「私たちを逃がさないって意味もあるわよ」


 クラークとほたるが言い合っていると、ティフニーが檻越しに、ティムたちのそばまでやってきた。


「皆さん、これは『セントカヴェル』という術です」


 一同は、ティフニーの声に耳を傾ける。


「武器を使った攻撃技は無効化し、光弾や衝撃波の攻撃は跳ね返されてしまいます」


「この章紋はどうすれば解けるんだ?」


「術を壊せる法具、または解除の術が必要です。もしくは、術使いを気絶させるか……」


 修二が短気を起こしたように言った。


「ああもう、面倒くさいこと言うなよ。ハヴィーには壊せないのか?」


「私は解除の術を知識として知っているだけで、実際には学んでいません。……そうですね、もう一つだけ術が解ける方法が。この術の効果は五分を過ぎると自然に消失します」


「んだば、時間切れまでなんとか保てればいいんだべな」


「敵は五分で俺様たちを倒せると思ってるのか?舐めるにもほどがあるぜ」


「見ろ、次の術が綴られている!」


 真人の呼びかけの直後、宙に別の章紋が現れた。その場にいる心苗と同じ数の円形紋様が浮かび、その外環がくるくると回る。


 すべての円から鎖が打ち出された。瞬時に反応した蛍とエクティットは、加速の技で鎖の追撃から逃げおおせる。ティム、修二、ラーマ、真人も、鎖の攻撃を打ち消した。だが、京弥きょうやは上手く逃げ切れず、鎖に捕らえられる。


「くっそ!取れねぇ!!」


 メリルは跳び離れたが、鎖の先端はメリルを追うように急激に方向転換した。


「追ってくるヨン?!」


 やがてメリルは鎖に追いつかれた。強制的に跪かせられ、手足の自由を奪われ、動くことができなくなった。


 鎖には呪文の紋様が光っている。メリルも京弥も鎖を破ろうとしたが、力を入れれば入れるほど、鎖はより強固に縛り上げる。


 他の心苗たちも、鎖に捕らえられないようにするだけで精一杯で、仲間同士助け合う余裕もなく、仮にそうしようとしても、鎖に邪魔をされる。

 のぞみは追ってくる鎖を刀で斬り払った。そして、攻撃を止めると踏みとどまり、すでに捕らえられた仲間を振り返る。


「皆さん!?」


 のぞみが立ち止まった瞬間を狙ったように、章紋が光った。だが、仲間のことに気を取られていたのぞみは、その一瞬を見逃してしまった。

 そばにいて気付いたラトゥーニが、反射的に動く。


「ノゾミ!!」


 のぞみはラトゥーニに突き飛ばされた。


 タックルされ、痛みの末にのぞみが目を開けると、ラトゥーニが鎖に捕まっていた。

(私のせいで……!)と、のぞみは目を見開いた。


「ラトゥーニさん!?すぐに助けます!」


 同じ紋様の章紋が現れた。それが明らかにのぞみを狙っていると分かり、ラトゥーニは動こうとする。しかし、力士のような怪力に恵まれたラトゥーニでさえ、鎖を破ることはできず、かえって自分を縛る力が強くなる。ラトゥーニは叫んだ。


「ノゾミ!来ないで!」


 悲痛な叫びだった。


「敵のターゲットはノゾミだから!ノゾミが殺されたら、ぼくたち全員の作戦は失敗なんだよ!」


 仲間たちが次々に捕らえられていく。のぞみと蛍を含め、五人が死ぬ。その予言が実感を伴って迫ってくるのを感じると、のぞみは自分に対して強い怒りを感じ、真顔で首を横に振った。


「嫌です!私は逃げません、どこにも逃げません!そして、誰も死なせません!」


 のぞみが叫んでいるうちにも、章紋は新たに生まれ、鎖が飛び出す。牽制されながらも、ティムたちは斬撃で生じる剣気を使って鎖を打ち払った。


「『双暈六連ふたかさろくれん』!」


 金と銀、二本の刀を同じ方向に向け、身体を六回転させる。のぞみを襲う鎖は斬り弾かれた。だが、のぞみがステップを止め、また踏み出す頃には、もう新しい鎖が放たれる。

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