2-68.危機転機 ②

「それよりさ、さっきフハが言ってたノゾミの悩みって何?」


 のぞみは俯いて答えを淀ませた。

 ミュラは普通にテストを受けていれば十分と助言してくれている。

 おそらく修二は、ミュラから情報共有されたティフニーから何か聞いたのだろう。そう思ったのぞみは、ある程度の情報をクラスメイトに知らせるのは悪いことではないと判断した。


「どうしたのノゾミ?フハには言えて、ぼくには言えない悩みなの?」


 のぞみは「ううん」と首を横に振る。

 修二やティムとも引けを取らない実戦経験を持つラトゥーニの協力は心強く、仮にテスト中に事件が起こっても、その死傷者を抑えられるかもしれない。


「そういうわけではありません。私が命を狙われていることについてなんですが……」

「のぞみさん、それって、これまで『尖兵スカウト』の先輩たちが警護してくださっていた事件のことですか?」

「……ずっと言えなかったんですが、実は事件はもう一つあるんです。私を警護している先輩と上官たちの判断としては、私を狙う人物は、テスト最終日、その時間中に手を下すかもしれないということで……」

「それで?」

「これは私の住むハウスの寮長先生の予言ですが、刺客が私を襲う時、他に四人が巻き込まれて死ぬと言うんです」


 ランは目をみはった。


「そ、そんな大事なこと……どうしてこれまで言ってくれなかったんですか?!」

「ラン、ノゾミを責めないでやってよ。きっと機関の長官や先輩と相談して決めたことでしょ?事件と無関係の者を混乱させないための、やむを得ない判断だよ」


 ラトゥーニはそう言ったが、これまでの期間、多くの時間をともに過ごしてきた親友としては、自分はのぞみにとって信頼に足る人物ではなかったのかと大きなショックを受けた。


「でも、でも何も言わないなんて、あまりにも水くさいじゃないですか!?ねぇ?メリルさんも何か言ってください!」


 激昂する藍に対し、メリルは難色を示す。のぞみの事情を考えると、その判断は正しいものだったとメリルは理解していた。


「コールちゃん。いくら親友でも、言えないこともあるんだヨン……」

「そんな……。ひ、酷いです。私は、何でも話したのに!」


 本当の親友であれば、どんな話も共有できる。それが藍の価値観だった。

 命に関わるほどの事件を隠されてきたことは、藍にとっては対等な友好関係とは言えない。藍はのぞみに背を向け、休息室を出て行った。こぼれ落ちた涙の雫が宙を飛び、落下していく光が見えた。


 のぞみは自分の判断がこんなに深く藍を傷つけてしまうとは思っていなかった。

 藍が自分に寄せてくれていた友情の重みを、今さらのように知った。


可児コールちゃん……」


 感情的な藍の行動に、ラトゥーニは浅い溜め息をつく。


「ま、ランの歳じゃ、理解できないかもね。長期間に渡って命を狙われるストレスで、ただでさえノゾミは大変なのに。それを理解せず友情論を語るなんて、まだまだ子どもだなぁ」


 ラトゥーニはフォローのつもりで言ったが、のぞみの耳には入らなかった。

 自分のせいで藍に大きなショックを与え、その影響がテストにまで及び、彼女の評価を下げることにでもなれば……。そんなことを考えていると、あまりの申し訳なさに涙があふれてきた。


「やっぱり、言わないでいた方が良かったでしょうか……」

「そうじゃないよ。ノゾミは話して正解だった。だって、ぼくたちは一般人じゃない。ハイニオスに通う心苗コディセミットだよ?死の予言なんかでビビると思われちゃ、闘士ウォーリアの恥だね」


 メリルも、その点についてはラトゥーニに賛同するように頷いている。


「ちょっと、言うタイミングが遅かったヨン?」

「でも……色々なことが分からなくて。五里霧中なままで周りに知らせると、状況がもっと悪化するかもと思って」


 皆の安全を考えて自分の悩みを口に出さないようにしてきたのぞみの優しさに感動し、ラトゥーニが勢いづく。


「ノゾミ、マイナスにばっかり考えてちゃダメだよ!命を賭けて乗り越えてこそ闘士でしょ?よーし、その話、ぼくも乗らせてもらおう!」

「ラトゥーニさん……」

「私もお付き合いしたいヨン」


 二人が関わってくれることを、のぞみはありがたいと思った。

 ラトゥーニはすぐに思案顔になって、事件についてヒアリングを始める。


「ノゾミ、相手が誰か分かってるの?」

「いえ……まだ分かりません。でも、『身体能力フィットネステスト』で手を出してくるんじゃないかというのが先輩たちの推測です」


 のぞみはこの期に及んでまだ隠し事をしなければならず、二人から視線を逸らした。

 この場でジェニファーのことを言ってしまえば、彼女にはクラス内での居場所がなくなる。手を出してこない限りは、彼女が暗殺者だと信じたくない気持ちもあった。


「今回のテストは全コース合わせて15ハルもの広さだから、どこで手を打ってくるか読みづらいヨン」

「なるほどね。でも、中間テスト中に起こるって分かってるんだから、備えないと。ノゾミ、ぼくはテストの時、ノゾミのペースに合わせて走るようにするよ」

「え?!それはいけませんよ!ラトゥーニさんの評価が下がったら申し訳ないです」

「アハハ、そんなこと気にしないでよ。ぼくは経験者だから、もしランクが下がったとしても、ミッション依頼や恒例闘競バトルを受ければ大丈夫。実力さえあればランクなんていつでも上げられるから」


 ラトゥーニはガッツポーズをして、明るく笑った。


「それに、仮にランクが下がれば願ったり叶ったりだよ。いつだってノゾミに付いていけるでしょ?前に言ったとおり、ノゾミの邪魔をする者はぼくが全て叩き潰すから。ましてや命に関わることなんて、黙って見てられるわけないよ」


 のぞみはラトゥーニの言葉の一つ一つに心を震わせた。これまでの悩みや不安が吹き飛ばされるようだった。


「早速、他にも力になってくれそうな人を探してくるよ」

「あっ!ラトゥーニさん!この件はあまりたくさんの人に知らせたくないんですが……」


 のぞみがそう言うと、ラトゥーニは右手を胸元に置き、「分かった、任せて!」と頼もしげに言った。


「A組の上位の女子陣だけでも協力してくれれば、きっと乗り越えられるよ!」

「それはっ!」


 走り出していたラトゥーニが、慌てたような声に立ち止まり、のぞみを振り向く。


「どうしたの?」


 A組の上位にはジェニファーも入っている。治安風紀隊員でもある彼女にはきっと声がかかるだろう。下手に刺激するのは良くないと、のぞみは思った。だが、それをどう伝えるべきか、のぞみは判断に迷った。これ以上、話が進むと、ジェニファーのことを隠し通せなくなる。

 話題がその人物からズレるように、のぞみは適当に応えた。


「あの、その話は、今日のテストが終わってからお願いできますか?……皆さん、テストに集中していますから、迷惑をかけたくないんです」

「分かったよ!」


 本当に分かったのか、ラトゥーニは朗々と笑顔で返事をして、休息室を後にした。


「メリルさん……。可児ちゃんのことは、どうすれば良いんでしょう……」

「大丈夫ヨン。今は冷静になる時間が必要だから、そっとしておいてあげようヨン。でも、話し合うチャンスはきっとあるから、分かり合えるはずだヨン?」


 優しいメリルの言葉に、のぞみは頷いた。

 気持ちを切り替え、二人でテストの攻略法について話し合う。メリルはのぞみよりも先に順番が来るため、しばらくすると待機室へ向かった。


 一人になったのぞみは、チーム分けの表を見て、ジェニファーの組分けについても確認した。それから、第四エリアの待機室に移動した。

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