2-31. 未解決の予言

 朝になり、シャビンアスタルト寮の食堂の中央にある*の形に並ぶカウンターテーブルには200点以上の料理が並んでいた。300人が同時に食事をできる食堂は、すでに6割ほど埋まっている。


 第28ハウスに住むのぞみたち6人も、食堂で朝食を食べていた。

 しかし、これまでとは違い、彼らの座るテーブルの両側には、男の先輩が見張りをしている。二人とも、ロットカーナル学院の制服を着ているが、ジャケットの配色やベルト、ボタンなどの小物の形、左の袖に付いた所属団のワッペンの紋様などが異なる。型に縫いつけられた学級識別章には、3本の線があった。


 昨晩、のぞみとミナリの部屋を見張っていた二人の先輩も、離れた場所で食事を取りながら、定点警戒している。のぞみは寮の中で、食堂のメニュー考案に関わる有名人だったが、ハイレベルな警護をされていることに、食堂内のあちこちから視線が寄せられた。


 テーブル全体に向けられる視線を気にせず、ミュラは自然な装いでお茶を啜る。イリアスは皿に載せた食べものをグイグイ食べ、ヨウはご飯を掻きこんでいる。ガリスも小麦粥を食べていたが、その手を止め、苦笑した。


「これじゃ、食べられないニャ……」


 視線を浴びるストレスが、ミナリの食欲を奪っている。


「ミナリ、気にしすぎよ。こういうことにも慣れていかなきゃ、立派な操士ルーラーにはなれないわ」


「でも……食べてるというより、誰かに食べられてるような気がするニャ。何だか食欲も引っ込むニャー……」


 のぞみは一晩、ぐっすりと眠ったが、『天眼』で何も見えなかったことにショックを受けていた。見張りがついていることや、ハウスメイトたちの会話も気にかける余裕はなく、静かに食事をしている。だが、味などわからないらしく、憂鬱げな色を顔に浮かべていた。


 ストレス耐性が強いのか、いつもと同じように食欲旺盛なイリアスは、隣で見張りをしている先輩に向かって手を振る。


「ねぇ先輩、一緒にご飯食べません?」


 イリアスの呼びかけに先輩は一度、視線を合わせたが、すぐに別の場所を見た。


「ちょっと!酷いんじゃない?私の誘いを無視するなんて冷たいわ!」


 言いがかりをつけるイリアスに、先輩も無愛想な表情の中に困ったような汗を滲ませる。その様子を見て、ミュラが口を出した。


「イリアス、先輩たちは任務中なんだから、邪魔しちゃダメでしょう?少しでも油断したら危険かもしれないわ?」


「わかってるけど、騎士レッダーフラッハの先輩と交流するチャンスなんて滅多にないんだもの!」


 イリアスはこの機会に顔を広げたいと思ったようだが、うまくいかずがっかりした。


 楊は、警護にあたる男女4名の先輩たちよりも、のぞみのことが気になっていた。昨晩、ハウスに帰ってきたのぞみは、自分がルールを犯したこと、そしてその罰を受ける証だと言って、手首の縄を見せた。ハウスメイトたちはその話を聞いて、ライセンスのないのぞみが宝具を創ってしまったこと、そのために操士のスキル禁止の罰を受けていることを知った。


 朝から元気のない様子ののぞみに、楊は声をかける。


「神崎さん、いつまでも落ちこんでるなよ。神崎さんがやったことは何も問題ねぇよ。一緒に戦うチームメイトの命を守るためだったんだろ?罪は罪だが、間違っちゃいない。胸を張って良いんだぜ」


 全力でフォローしてくれる楊を、のぞみはぼうっとした顔で見た。


「楊君」


 器に盛られた料理を食べきると、ガリスも会話に加わる。


「僕もヨウ君と同じ意見ですね。その状況下で、もし僕が同じ力を持っていたなら、きっとやっています」

「緊急事態で同じ判断をしないと言い切ることはできないけど、でも……チームリーダーとしてどんな心情なら仲間にそんなことを指示できるのかしらね?」


 ミュラは、トートヌスの力を使ってのぞみたちのダンジョンでの様子を見た。魔竜ベルティアートとの遭遇、ジェニファーの指示まですべてを見て、そのやり方を認められない思いだった。


「ミュラさん……。ツィキーさんのやり方はたしかに少しせっかちだったかもしれません。理不尽に厳しいところもありました。ですが、彼女がいなければベルティアートを倒すどころか、課題を全員でクリアすることもできなかったと思います」


 ジェニファーの指示に従ったことで、もっとも損をしたのはのぞみだろう。だが、本人は今でもジェニファーを擁護している。愚かなほどに純粋で優しいのぞみに対し、ミュラは少し痛々しいものを見るような目付きになった。


「のぞみちゃん。お人好しは良いことだけど、私から見ると、ツィキーさんのやり方はあなたと合わないと思うわ。問題の解決法がそれぞれなのはわかるけど、結果を出すために仲間を犠牲にするやり方はどうかしら?それは、ツィキーさんが自分のことしか考えてないことの証拠よ。彼女とはもうお付き合いをするべきではないと思うわ」


「俺もミュラさんに賛成だな。昨日は罰を受けるだけで済んだが、明日は命まで失うかもしれねぇ」


 ミュラの言っていることもわかるが、それでものぞみはあの時、ジェニファーの指示を信じたいと思った。そして、今でも間違いではないと思っている。


「この一ヶ月間、のぞみちゃんには私が指一本触れさせないわ!」


 イリアスは力強く言ったが、のぞみは苦笑いしている。


「のぞみちゃんが罰を受けてる間に、ミナリも操士としての戦い方、もう少し勉強するニャ。戦いは嫌いだけど、のぞみちゃんのためなら、ミナリも戦うニャ!」


「ミナリちゃん、イリアスちゃんありがとう」


「イリアス、あなたの領域テリトリー系スキルは、突然の襲撃とは相性が悪そうね?」


 現実的なミュラのツッコミに、イリアスは座りながら地団駄を踏む。


「何よ、ミュラの意地悪!先生にアドバイスをもらってるんだから、前の私とは違うの!対応策だってバッチリよ!」


「そうかしら?」


「信じてないのね?試してみる?!」


「あら、いつでも構わないわよ。場所と時間が決まったら教えてちょうだい」


 ハウスメイトたちの普段通りのやりとりも、のぞみの心を深く和らがせることはなかった。手元に視線を落とすと、湯呑みにお茶が少し残っている。

 その時、黒い袖が見えて、のぞみの湯呑みを持ちあげた。トレイに載せたかと思うと、逆手に取った壺を高くあげ、もう一度、お茶を注ぐ。


「ありがとうございます、ホプキンス寮長先生。でも、おかわりはセルフサービスですよね……?」


「オホーホホ、特別サービスじゃよ。新メニューも皆、大変満足しているようじゃ。見てごらん、Ms.カンザキ。心苗コディセミットたちにとって食事は元気の源じゃ。しっかりと食事が取れるからこそ、修業に打ちこめる。それに関わるあなたは、皆にどれほどの幸を贈っているか、わかるかね?寮長として、これくらいのサービスは何度だってさせてもらおう」


 トレイにはお茶の入った壺のほかに、スプーンが一つ載っている。

 のぞみはホプキンスの言葉を聞き、カウンターを見た。自分が考案した色とりどりの料理が器に盛られていく。ビュッフェを楽しむ心苗たちの笑顔に、のぞみは誇らしくなった。だが、寮長からの特別な待遇には慌てて両手を振った。


「お、お気になさらないでください。いつでもご依頼お引き受けしますから」


 言い終えると、のぞみは肩を落とし、軽く溜め息をつく。顔の筋肉は下がり、眉毛もハの字になっている。


「Ms.カンザキ。すでに起こったことは変わらぬ。変わらぬもののことをいつまでも引きずるでない。不運であったとしても、気を整え、しっかりと前を見るのじゃ。そうでなければ、次の凶事が起こったときに受け止めきれなくなる」


「次の凶事……。それは、私が誰かに狙われていることでしょうか?」


 さらなる凶事の予言に、のぞみは顔を曇らせる。しかし、ホプキンスの言葉はのぞみの予想を超えていた。


「Ms.モリジマたち五人の命が失われる未来は変わっておらぬ」

「え?でも、昨日のダンジョンの課題では、彼女のチームは全員無事でしたよ?」

「否。五人のうちの一人は、Ms.カンザキ、君自身じゃ」」

「何ですって?!」


 スプーンが落ち、金属的な音が食堂に響いた。

 のぞみたちのテーブルに、さらに視線が集まる。

 床に落ちたスプーンを拾ってテーブルに置くと、のぞみは席を立って、周囲に頭を下げて回った。


「そそっかしくてすみません……」


 テーブルにホプキンスの姿を見ると、人々は視線を逸らしていく。


 席に戻ったのぞみは、ホプキンスに訊ねる。


「ホプキンス寮長先生、もっと詳しく教えていただけませんか?」


「いかん。未来を見たうえで言うならば、君がこの事相に執着しすぎることは良いことではない。力を尽くせば尽くすほど、酷い結果をもたらすじゃろう」


ホプキンスの助言は、かえってのぞみを深く悩ませる。


「……ですが、何もわからなければ、相応しい対応を取ることができません……」

「ふむ。では一つだけ、ヒントを与えよう。一ヶ月後、また暗殺事件が起こる。じゃが、その時に命運を握るのはMs.モリジマではない、君じゃ」


 ホプキンスの重大な予言に、のぞみは大きな衝撃を受けた。まるで水底に沈んだように周りの声は重く、聞きづらい。心音がうるさくて、のぞみは全身が心臓になったのではないかと思うほどだった。


「Ms.カンザキ。もう、落ちこんでいる暇はないのじゃよ」


 忠告したホプキンスは、のぞみの拾ったスプーンをトレイに載せると、きれいなものと交換し、そのテーブルを後にした。


 あまりのショックに、のぞみの体は硬直状態になっている。

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