第9話 ☆亡くしてからする親孝行☆

父は物言わぬ亡骸として帰ってきた。


あんなに大好きで帰りたがっていた家に。


とても穏やかな顔をして‥‥。


通夜では父の好きな沖縄民謡をずっと流し傍らでずっと話しかけた。


一晩中、父の満足そうな顔を見ていた。


そして告別式でのこと。


読経の最中に、父はやっと自分は死んだのだと気づいたらしい。


 −つまり今までわからんかったんか。どおりで家を出る時に嫌そうだったはずや−


そしてわかった途端に私の肩にズドーンと載ってきた。


 −痛いがね−


でも父の思いはよくわかる。


体があると不自由で、好きな人とずっと一緒にはいられない。


体があると不自由で、いつもいつも置いていかれる。


ごめんよ。悪かった。


置いていくばかりで悪かった。


父を左肩に重く載せながら嘆いた。


だが重いだけではなく、あれこれイザコザがあると、何とかせいやと私の肩を掴む。


父が亡くなったのは自分のせいだと真由が泣き叫んだ時‥‥。


「真由のせいじゃない!真由は悪くない! 真由を泣かすなとお父さんが言ってる!!」


泣いて嘆いて深酒した伯父が車を運転して帰ると言った時‥‥。


「駄目だ! あんたに車を運転さすな! あんたを一人で帰すなって、お父さんが言ってる!!」


‥‥お化けというものは非常に自己主張が激しくて我儘で‥‥砂嚢1キロくらい重いのに、言いたい事がある時は私の肩をギュッと掴む。


  ‥‥えらく痛いわ!!!



葬儀が終わり一段落した頃に家族が言い出した。


「お父さん連れて神戸に行ってやれ」


父は神戸が大好きで、毎年神戸に行くとスーツを新調して、でも家が大好きで一度も神戸に行かなかった。


  ‥‥うん。わかった。



青春時代を過ごした神戸。


会いたがっていた妹たち。


父が生まれた西明石。


「西明石が一番嬉しかったみたい。お父さんキラキラしてたよ」


霊感のある家族が言った。



でも浄化しない。


次は母も連れて沖永良部島に行った。


父方はみな沖永良部島出身だ。


少年時代を過ごした家を、懐かしそうに語る神社を訪ね歩いた。



だが浄化しない。


母が仏壇に頼み込んで私の左肩からは外してもらったが。



ある日明晰夢をみた。


痩せ衰えた父がいた。


『お父さん、もう死んだんだよ』

『寂しうて一人じゃおられんのや』



だから母と私は約束した。


どちらか先に死ぬ方が父を連れて行くと。



そんな時に私はちょっと危ない頼まれ事をされ旅に出た。


帰って来たら母が泣いていた。


「お父さんが居なくなってしまった。『行って来るよ』と夢の中にでて。あんなに痩せてあんなに小さくなって‥‥」


私はつと傍らを視た。


丸々太った父がいた。


「もう浄化して帰ってきたよ」


「本当か?!」


「本当だ。今ここにいる。丸々太ってる。浄化したら一番元気な姿に戻るんだよ」


一番美しい姿ではなく、一番元気な姿に戻るのだ。



やがて伯父が線香をあげに来た時に、母と競って父の話をした。


「なんや!!生きとるみたいやな!!」


今も傍らにいる。


ただ、視えないだけだ。



私は今も思い出す。


闘病生活の最中に父が2階にいた私の顔を見に来た時の表情を。


汗だくで苦しそうで、でもとても嬉しそうだった。



覚えているのは、それだけでいいのだ。

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