第5話 ☆死ぬまで歌い続ける(前)☆

母が倒れた時、長兄である叔父が見舞いに来たがった。だが、高齢という理由で連れては来なかった。


しばらくして叔父の訃報が届いた。


母は泣きに泣いた。


「生きている内に会いたかった」


それから叔父の話を沢山聞いた。


ロシアの日本人捕虜収容所に10年いた事。


何でこいつ死なないのかとロシア人兵士に不思議がられた事。


祖母は叔父の無事を祈ってお百度参りした事。


最終引き上げ船で帰ってきた事。


ああ。一族の一人だった。


身近過ぎて気が付かなかった。


それから色々調べた。


叔父がいたナホトカは8月末には雪が降る極寒の地で、今は立入禁止区域で訪ねる事すらできない。


暖も取れず、満足な食事もなく、次々と亡くなる日本人兵の中で、青春の10年を奴隷奉公に費やした。


帰ってきた時には、変な歌を歌い踊っていたと母が言う。


カチューシャだ。鉄格子の向こうでロシア人兵士が歌い踊る軍歌を、せめてもの慰めに覚えたのだろう。


「一目会いたい」


そう願う母の為に車を頼んで叔父に会わせようと連れて行った。


叔父の亡骸に泣き崩れる母を見て


『会いたかったよ。元気か?』


叔父が喜んでいた。


私は一生懸命覚えたロシア語のカチューシャを歌った。


『那由多は歌えるのか? 俺の為に覚えたのか?』


死は終わりではない。


例え死しても人には魂がある。


叔父の嬉しそうな死に顔を私は目に焼き付けた。

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