第六十五話 松葉菊

 季節が春から夏に移り変わり、空には入道雲が浮かんでいた。青く晴れ渡る空。

 沿道の花壇には松葉菊がカラフルに咲き誇り赤、紫、白と色とりどりの花を咲かせていた。

 飛行機雲が出来ていくのをお母さんが見つけて子どもに教えると、子どもは空を見上げ喜んでいる。子どもは片方の手は母親と繋ぎ、もう片方の手を空へと伸ばした。


 そんな親子の横を2台のパトカーがサイレンを鳴らして通り過ぎた。


 パトカーがたどり着いた先は古びた団地だった。警官達はパトカーを降りると管理人と話してから階段を4階まで上がり通報のあった部屋へと向かった。部屋の付近は玄関先でも異臭が漂う。


 インターホンを押して声を掛けるも返事はない。ドアノブを回すと、鍵はかかっておらずドアは開いた。

「うっぷ……」

 その場にいた全員が手で鼻と口を覆うも、強烈な異臭が襲いかかる。


 室内はカーテンが閉ざされ暗い。エアコンも扇風機も付いていないので強烈な暑さだった。


ズリズリズリ……ズリズリズリ……


 部屋の奥から、不気味な音が聞こえた後に足を引き摺りながらガリガリに痩せた男性がのっそりと現れた。

 重そうなまぶたを半開きにしたまま淀んだ瞳で畳の先を見つめている。


 畳の上には、腐敗の進んだ遺体が置かれていた。


――



 男性が警察署で話したのは母親は随分前に亡くなったが、年金で生活していたから遺体は放置していた。長年病気を患っていたが、病院にも行けず突然亡くなったそうだ。

 自分は引きこもりだから、電気もガスも、いよいよ水道も止められ、食べるのものも無く、いよいよ自分も死にかけていたところを警察が助けてくれたと話した。


 男が警察署から出ると、猛烈な日差しの元、団地まで足を引き摺りながら歩き出した。もう貯金は尽きて、団地すらも追い出される。



 そしたら、いよいよ住むところさえ……


 絶望している男の瞳に沿道の松葉菊が映った。そして、若い母親と幼い男の子が手を繋いで男の横を追い越していった。


(俺も……昔は……)



『松葉菊 花言葉 怠惰』


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