第二十六話 月桂樹

 春になると、毎年その家では月桂樹の花が咲く。黄色い小さい花がたくさん付く月桂樹の花は可愛らしくてすごく良い香りなのだが、月桂樹の木が生えている家は長年ゴミ屋敷で有名だった。なので、月桂樹の香りなんて全くわからない。


 年に数回、苦情が出ては警察や役場の人が訪れているが片付けてもすぐにゴミがたまる。夏場は本当に臭くて臭くて近隣住民は大迷惑していた。


 私はそのゴミ屋敷の前を通学時に通うだけなので息を止めて速歩で通っていたが、その日は思わず足を止めた。


 警察の人とゴミ屋敷の住人が話しているのが見えたからだ。


「生ゴミが庭に溜まっちゃってるから、明日の午前中に可燃ゴミに出しに行きましょう」

「はい」 

「出しに行かないからトラックを呼びますよ」 

「はい」


 痩せ頬った高齢男性は、白目が白濁しているかのように見える。黒目が異様に小さくて、異質さを感じさせた。


「また近隣住民からクレーム来ているのでお願いしますね」

「はい」

「ところで、最近、家から物音がするっていうクレームも来ているので、室内を見させてもらっても良いですか?」


 男性は目を見開いた。黒目の小ささが強調され不気味な表情をしている。何も言わずに玄関に向かい、警察官もそれに続いた。


* * * * *


 学校帰り、ゴミ屋敷の前を通るとパトカーが停まり外で警察官が見張りをしている。入口には黄色のテープで立入禁止と封鎖されていた。


 野次馬をしているおばあちゃんが楽しそうにこっそりと私に教えてくれた。


「室内で野良猫の多頭飼いしてたんだって。もう、リビングの床は糞尿で腐ってるし餌もあげてないから共喰いしてたみたい。でね、猫の中に誘拐された人間の赤ちゃんもいたんだって。近所の人の九ヶ月の女の子の赤ちゃんだったみたい」

「え……! 赤ちゃん大丈夫だったんですか?」

「猫の糞尿まみれだったけど、生きてたみたい。救急車で運ばれたわよ」

「良かった……」


 その時は咄嗟に良かった……と思ったが、後から考えたら赤ちゃんは何を食べて生きていたのだろうか。考えるだけでもゾッとした。


 母にその話をするとオェッと言ったあとに、ポツリと呟いた。


「そのお家の方、昔からずっとゴミ屋敷だったし、頃公園で小動物を虐めたりしてのを見かけたことあったわ。それに、幼女に声掛けたりしてた。逮捕されて良かったわ」


『月桂樹 花言葉 私は死んでも変わりません』

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