畏怖の花言葉

第一話 スノードロップ

 日曜日の夕方、涌井わくいは出かける支度を済ませ、まさに家を出ようとしていた時だった。


『ピンポーン』

「はい?」

『花言葉屋です。お花のお届けに参りました』


 インターホン越しに配達の女性が見えるが帽子を深くかぶっていて顔が見えない。


「花? 頼んでないけど?」

『涌井さんへのプレゼントです』

涌井はドアを開けた。


「はい」

「こちらにサインをお願いします」

「はい」


 渡されたペンでサラサラと殴り書きをして丸で囲む。


「ありがとうございました!」


 部屋に戻ると妻の栄子えいこがニコニコと現れる。


「何? 何が届いたの?」


 涌井が箱を開けると出てきたのはスノードロップだった。白くて小さな花だが緑の葉とのコントラストが可愛いく十本くらいが束になっている。そのまま飾れるように細いグラスの花瓶に入れられていて、そこに白い包装紙と金色のリボンで可愛らしくラッピングされている。


「え〜すごい可愛い! もしかしてこれ私に?」

「そ……そう。サプライズ」


 涌井が差し出すと栄子は嬉しそうに受け取った。

 こんなものを買った覚えのない涌井は不思議そうに箱の底を見て凍りついた。


『差出人 楠木歩くすのきあゆみ

元カノだった。


『スノードロップ 花言葉 あなたの死を望みます 』


 涌井はギョッとした。栄子が嬉しそうに花をダイニングに飾っている。


「え……栄子!」

「なぁに?」

「……いや……」


 涌井は入っていたカードを手の中で握りつぶした。


「じゃあ、出かけようか」


 今日は結婚一周年でレストランを予約している。涌井は車を出すと助手席のドアを開けた。栄子は臨月で今月中に赤ちゃんが産まれる。 


「レディ、どうぞ」


 栄子はフフッと笑った。


「ありがとう」



 レストランから帰宅すると、玄関前に一輪のスノードロップが飾られている。

 涌井は青ざめた。歩が家まで来たんだろうか。


「またサプライズ?」


 栄子は全く気にしていない。


 先週、歩と会ったのが間違いだった。


「歩とまた繋がりたいんだ」


 だって、妻が臨月じゃデキないだろ。

 

「たまにこうして、会える関係でいたいな」


 君の傷ついた表情を気にすることもなくホテルから帰宅した。


「ラッキー!」


 ヤれてラッキーくらいにしか思っていなかった。


 だが、俺は帰宅後に花の箱を潰しているときに心底凍りついた。


 宛名 涌井 栄子様


 花の送り先は俺じゃなくて栄子だった。

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