今日はどこまで歩こうか
北山南海
第1話 散策研究会は君を待っている、あるいは441号室の幽霊
入学式でもらった書類の山、その中の「部活・同好会紹介」を開く。この中から選べということなのだろうが、まず運動部は俺の選択肢には入らなかったし、文化部も彼の心を引くものはなかった。
そのあとに小さな扱いで載ったいくつかの同好会。どういう手続きの結果か、無線同好会や自転車同好会が、活動していないという注意書きとともにその名前だけ掲載されているようなページの中に、彼は一つだけ手書きの紹介を見つけた。
『散策研究会は、その名の通り学校の周りを散歩する会です。入会希望者は会室へ来てね』
宣伝する気はあるのか。しかし、会員数は10人、週5回活動ともある。会室は旧校舎の441号室らしい。この気の抜けた書体の紹介文に興味を持った俺は、月曜日の放課後に441号室へ向かった。
4月12日、二回目の登校日の放課後。西浜高校新校舎の2階、一年生の教室はここに集中しており、そこから下に降りるまでの間、階段には新入生勧誘の人々が壁沿いに立ち、あらゆる部活のビラを渡そうとしてくる。その中に例の散策研究会の姿はなく、俺はその存在をも疑った。いや、学校が公式に出す冊子に載っていたし、活動していなければそう書いてあるはずだ、と思い直して、昇降口から校門への道を逸れて、旧校舎に入った。
旧校舎は授業には使われていないそうで、多くの部屋が部室や倉庫になっているらしい。古臭い鉄筋コンクリートの薄暗い建物の階段を、4階まで上がり、441号室を探す。しかし、このフロアに40も部屋があるようには見えない。そもそも、壁に書かれた部屋の番号は、41、42、43となっている。三桁の番号なんてどこにもない、と途方に暮れていると、階段から足音がきこえた。昇ってきたその女生徒に問う。
「すみません」
「こんにちは、新入生?」
「はい、441号室を探しているんですが……」
「え、441を?」
その人は目を丸くする。しかしすぐに笑顔になる。
「散策研究会へようこそ。すぐに部屋を開けましょう」
その美貌に気を取られるうちに、彼女は、44号室の扉に向かった。
「441はここだよ。正確に言うと、44ハイフン1、ということになるね。さあ、入って」
44号室に入って、部屋番号の謎の答えを見つけた。44号室を二分割して使っている、その半分が441号室で、もう半分は442号室であるようだ。しかし、明確な仕切りが見当たらない。
「お茶でも飲みましょう。お水を汲んでくるわ」
まだ自己紹介すらしていないその長く黒い髪の女性は、ケトルを持って部屋を出てゆく。その間に部屋を観察するが、散策研究会の活動を想起させるものは、特に見当たらない。なにやら古いメーターのついた機械が部屋の隅にあるが、これはなんだろう。
帰ってきた女性は、ケトルをセットして、俺の目の前に座る。
「そういえば、お名前は?」
「辰巳です」
「タツミくん、ってどちらのお名前?」
「苗字です。下は淳也です。」
「なるほど、私は七海美夕。どっちも名前みたいな苗字ね、よろしく」
「七海さんは、散策研究会の方ですよね」
「そう、今は会長」
「で、散策研究会って何やってるんですか?」
根本的な疑問をぶつける。
「紹介冊子に載ってましたけど、散歩するってことしかわからないですし、あと他の方は?」
「……」
「……なんでそこで黙るんですか」
「人は都合が悪いと沈黙してしまうものだよね」
彼女は目を泳がせる。
「いや、活動内容は、書いた通りで、学校の周辺を散歩するの」
「他の部員の方は?」
「今日は来ないと思う、多分明日も」
「どういうことですか?」
「……君、入学式で部活は入れって、言われたでしょ?」
「言われましたね。入ったほうがいいって」
「じゃあ、部活と内申点についての噂は?」
「ああ、入らないと内申点が下がるみたいな?聞きましたけど、あれってほんとなんですかね」
「おそらくただの噂。でも、うちの学年ではなぜか強く信じられてるの」
「それとなんの関係が?」
「この部屋には、幽霊がいるのよ」
聞けば、要するに幽霊部員、いや幽霊会員を受け入れて、内申点に不安を抱える人々を受け入れているが、実質活動しているのは彼女一人、ということだった。
「いろいろいるのよ、単純な帰宅部もガリ勉も。あと外部のスポーツクラブをやってる人も」
彼女はそう言って、長い髪を少し揺らし、カップの紅茶を啜る。
「幽霊部員もいろいろいるんですね」
「大体は私の友達か、その友達」
「それだけで同好会って成り立つんですか?」
「いや、写真撮ったり部誌で紀行文書いたりして、それでアリバイにはなるから、何人かにやってもらう。あとはここで本読んだり」
高校の部活ってそんなものか、と思う。しかし、もう一つの疑問があった。
「442号室はなんの部活なんですか?誰もいませんけど」
「あの箱はなにかわかる?」
そういって、さっき気になった機械を指さす。
「なんですかあれ。気になってたんですけど」
「あれは無線機。つまり、ここは無線同好会の部屋だった」
「ああ、今は活動してないって……」
「そう、だからパーティションをどかして広く使えるってわけ。無線部なんていつなくなったのかも知らないわ」
アマチュア無線というのがあること自体は知っていたが、もはやメジャーな趣味ではないだろう。
「そして、あの無線機は、無線同好会の幽霊のもの。この部屋には幽霊がいるのよ、それも二種類。私は亡霊たちの思い出を見ているの」
大人びた美人、しかしたまにどこか芝居がかった喋り方をする、というのが、七海美夕の第一印象であった。
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