SS 僕の幼馴染

 家族ぐるみのお付き合いってヤツが、ウチにはある。絵京えちかお姉ちゃんはそこの家族に会うのを楽しみにしてるみたいだけど、僕はあんまり好きじゃなかった。


 まず遠い、ウチは都心にあるのに、なんで九州まで行かないといけないんだ。

 しかもお母さんは車椅子で大変なのに、飛行機に新幹線まで乗らせるとか。

 お父さんはお母さんの事が大好きみたいだけど、そういう所には気がまわらないみたい。

 ダメダメだね、本当にダメダメだ。


 もう一つ、僕が行きたくない理由がある。

 

大和やまと君も随分大きくなったなぁ、オジサンのこと覚えてるか?」

降矢ふるやおじちゃんでしょ、覚えてるよ」

「お、まだ六歳なのにずいぶん立派なもんだ。お父さんに似たのかな」


 毎年会ってるんだから、嫌でも覚えるよ。

 色黒で筋肉が凄くて、ウチのお父さんとは全然違う。

 このオジちゃんは良い人だ、会う度にお菓子をくれるし、遊び相手になってくれるから。


 降矢オジちゃんと一緒になったオバちゃんは、とても静かな人。

 二千華にちかって呼ばれてるから、多分それが名前なんだろうな。

 いつもニコニコしてあまり喋らない、怒ったことなんか無いんじゃないのかな? 

 ウチのお母さんもこれぐらい静かでおしとやかならいいのに。

 

 で、僕が一番苦手なのが、この子。


令奈れな、大和君来てくれたよ」


 同い年で色黒、日に焼けた長い髪がどこか薄茶色した女の子。

 二千華オバちゃんと似てて静かなんだけど、この子は笑顔すらない。

 子供同士仲良くねって言われても、そんな理由だけで一緒にして欲しくない。

 

 怖いんだよ、この子。ずっと人形をぎゅっとしてるし、何も喋らないの。

 女同士、絵京お姉ちゃんが相手すればいいのに、もう自分は中学生だからって顔しちゃってさ。

 

 お決まりの外で遊んできなって言われても、この辺り何にもない。

 海があるのは嬉しいけど、それも直ぐに飽きる。そもそも僕、泳げないし。

 

「……」


 隣には水着姿の令奈がいる。手には丸い浮き輪、それを無言で僕の前に置いた。

 海に入れってこと? 僕が泳げないって知ってるくせに。

 

 なんだかとっても腹が立った。女のくせに僕を馬鹿にしてるんだ。

 カッコいい所を見せたいなんてこれっぽっちも思わないけど、負けるのは嫌だ。

 そして、僕は無理して海に入り。……そのまま沖へと流されてしまった。


 怖かった、どうやっても戻れない、助けて! って怖くて泣き叫んだ。

 足なんかとうに着かない、浮き輪から落ちたら絶対に死んじゃう。

 

「……大丈夫だよ」


 振り返ると後ろには令奈がいた。

 令奈が後ろに回った途端、動かなかった浮き輪が砂浜へと向かい始める。

 しばらく怖くて泣き叫んでいたけど、令奈に見られるのが恥ずかしくて、泣くのを我慢した。

 

「一緒に、行こ」


 怖いから嫌だ。でも、女の令奈が出来て男の僕が出来ないのはもっと嫌だ。

 だから怖いのを我慢して海で遊んだ。腰まで浸かる程度で、精一杯だったけど。

 

――


 夜になって、ご飯を食べながら大人達は何か難しい話をしていた。

 畑が……とか、子供の教育が……とか、何を言っているのかよく分からない。

 古い家なんだよな、平屋で五部屋もあるけど、風が吹くだけでギシギシ音が鳴る。


 まだ早い時間だけど、敷かれた布団でお姉ちゃんと僕、そして令奈が横になる。

 昼間目いっぱい遊んだからか、布団に入るなり一瞬で眠りについてしまった。

 

「多分、本当の子じゃないんだろうね」


 ふと、目が覚める。

 お父さんとお母さん? 何の会話をしてるんだろう。


「大和を妊娠してた時に、二千華さん、妊娠していなかったものね」

「でも、令奈ちゃんへの愛情は本物だ」

「……うん、だから、帰る決断をしたのかな」


 帰る決断? なんの事だろう。

 大人の話は難しくて良く分からないな。


――


 それからしばらくして、令奈の家での会話なんか忘れた頃のこと。


「大和君」

修哉しゅうや君、今日もレッスン?」

「うん、でもまだ時間あるから、一緒に遊ぼ」


 ウチのお母さんの職業は、ピアニスト兼ピアノ教室の先生だ。

 教室はウチに設けられたコンサート部屋で、毎週火曜日と木曜日の週二回。


 結構有名なピアニストで、お母さんの演奏を聴くのに本当ならお金がかかるんだぞって、お父さんがよく自慢してくれるけど、毎日聴かされてる身としてはありがたみが薄い。


「大和君が羨ましいよ、お母さんが先生なんだから、毎日レッスン受けれるでしょ?」

「僕は全然弾かないけどね。お姉ちゃんは習ってるみたいだけど」

「本当、もったいないよね。僕だったらひたすら教わるけどな」


 夏雨なつあめ修哉しゅうや君、近所に住む僕と同い年の男の子。

 お母さんみたいなピアニストを目指すんだって言ってるけど、あんなのどこがいいんだろ。

 ピアノ教室には何人もの生徒さんがいるから、お母さんの腕前は確かなんだろうけどさ。


 僕としては、お父さんみたいな普通の会社員がいいなって思う。

 普通が楽そうで一番いいじゃん、楽が一番だよ。

 

「そういえば大和君、知ってる?」

「なにを?」

「近所にずっと空き家になってた家があったでしょ? あそこ、誰か引っ越してくるみたいだよ。今日ここに来る時に、業者の車何台か止まってたの見たんだ」

 

 近所の空き家って、僕が秘密基地に遊んでた家かな。

 そっかー、遊び場が一個減っちゃうな。

 誰が越してくるんだろう? 程度に考えていたのだけど。


「……え」


 引っ越してきたのは、あの九州の一家だった。

 降矢おじさんと、二千華オバちゃん、それと令奈。


「お帰り、武大たけひろ

「……色々と、すまねぇな」

「いいよ、僕の伝手だと頼りないかもしれないけど、就職先も紹介するからさ」


 大人は何か会話をしてるけど、僕としてはそれどころじゃない。

 相も変わらず人形を持っていて、僕を見るなりニヤッと笑う。

 怖いんだよ、やっぱり何も喋らないし。


 近所に越してきた令奈は、毎日のようにウチに遊びに来た。

 令奈の両親は共働きになったみたいで、一人で家にいる事が多いんだとか。

 で、女の子一人を家においておけないって理由で、お母さんが令奈を預かってるんだけど。

 

「令奈ちゃん、ピアノ上手ね」

「……お母さん、教えてくれたの」

「そう、なんだ。二千華がね……ふふっ」


 お姉ちゃん以上に令奈にピアノを教え始めちゃって、しかもそれがほぼ毎日だ。

 小学校も同じになっちゃったし、通学班も何もかも同じ。

 令奈を見ない日はないくらいに顔を合わせる様になった。


「令奈ちゃんはいいな、僕も毎日ピアノ習いたい」

「そうかぁ? でも言われてみれば、修哉は月謝払ってるのに、令奈は無料タダだな」


 ズルいよね、そう修哉はつぶやくけど。

 これまでの付き合いを考えると、令奈はもはや家族みたいなもんなんだろうな。

 助けてもらった恩義もあるし、修哉には諦めろって伝えたけど。

 

 それから僕と修哉、そして令奈の三人。

 どこに遊びに行くにも一緒で、何をするにも基本側にいる。

 小学校も中学校も一緒の三人は、そのまま高校まで一緒になってしまった。


 ここまで来ると、幼馴染って言う関係らしい。

 それを父さんに伝えると、何とも渋い顔をされたけど。


「とっても大事な関係だから、辞めちゃダメよ」


 お母さんは、こう言ってくれた。

 ……幼馴染を辞める時なんて、あるのかな。

 今の僕には、まだ想像も出来ないけど。


「おはよう、大和君」

「令奈……それに修哉君も」

「三人一緒に始業式に行くんでしょ。早くしないと置いていくよ」


 家族みたいなこの三人の仲が、いつか終わりを迎える。

 その時が来るとしたら、その時、僕は誰と一緒になっているのだろうか。


「ちょっと待って……父さん母さん、行ってきます」


 今の僕にはまだ、何の想像も出来ないな。




――――――★――――――


本日からコミカライズ配信開始になります!

大和君たちは登場しませんが、とても綺麗な作品に仕上がっております!

URLとかは貼れないのですが、色々な意味を込めて宜しくお願い致します!

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