だから僕達は幼馴染を辞めた。『コミカライズ決定!』

書峰颯@『幼馴染』コミカライズ進行中!

自分が良ければそれでいい。なんて考えは、クズだ。

 一番古い記憶は幼稚園の頃。僕と降矢ふるや武大たけひろ八子やこ巴絵ともえの三人で園庭を駆けずり回り、三人仲良く遊んでいた記憶がぼんやりと頭の隅っこに残っている。


 あの頃の僕達には、何の差も無かった。


 家が近かった僕達はいつも三人一緒に行動していて、それは小学生に上がっても変わる事は無かった。男二人に女一人、いつかはその関係に終わりが来ると分かっていたけど。


 そんな先の見えない未来を苦にしていたのは、どうやら僕一人だけだったらしい。


 武大たけひろは小さい頃から空手に通い、高校生になった今では黒帯を腰に巻き付けて、様々な大会で活躍しているし。巴絵ともえは小さい頃からピアノや英会話を習い、発表会やコンクールに参加し、何かしらの賞を必ず受賞してから帰ってくる様な、そんな秀才令嬢だった。


 僕には何もない。出来る事、してきた事と言えば会場に応援しに行き、二人の活躍に拍手を送るだけだ。二人に負けないよう何かすれば良かったと思うけど、僕の家にそんな余裕は無かったから……そんなの、言い訳にしか過ぎないんだけど。


 二人はいつも輝いていた。多分、僕がこの二人と一緒に居られるのは幼馴染だったからだ。幼馴染……その繋がりは、特に理由なんて存在しない。とても脆弱で、いつでも切れて無くなってしまうような、儚い蜘蛛の糸の様なものだと僕は思っていた。


 中学を卒業した僕達三人は、晴島はれじま高校という歩いて通える高校へと進学した。理由は簡単、近いから。だけど、そこを受験するには僕の成績だと本当にギリギリで、ギリギリ過ぎて、武大と二人で巴絵に泣きついた記憶がまだ新しい。


 毎朝同じ時間に待ち合わせをし、いつも仲良く三人で登校。高校生になってからというもの、進路の事とか勉強の事とか、大学に行くならもっとちゃんとしろとか、親への文句を言い合いながら通うのが毎日の日課だった。


 変わらない日々、眩しいぐらいの制服姿。もっぱら眩しかったのは巴絵の制服姿だったけど……そんな僕の視線に気付いている感じは、二人からは一切感じられなかった。


京太郎きょうたろう君、君、あの二人の邪魔してちゃダメだよ」


 京太郎とは、僕の名前だ。氷鏡ひかがみ京太郎きょうたろう、名前だけ見たら僕はとても優秀で、スタイル抜群のイメージを抱くみたいだけど。


 大抵の人は僕を見て肩を落とす。僕は見た目そのままの凡人にしか過ぎない、場合によっては凡人以下だ。父親だって普通の会社員だし、母親はパートで働いている普通の人だ。


 そんな僕だ、武大と巴絵の側に僕がいるのは、他の人から見たら二人のお邪魔虫そのもの。知らない人から言わせると、僕が二人の間にいるのは疑問符の塊でしかないらしい。


 そして言われたのが先の言葉だ。僕もそう思ってる。家が近所じゃ無かったら、幼馴染じゃなかったら、僕達はきっと一緒にいない。


 だけど、今回の言葉には違う意味が含まれていた。


「武大君と巴絵さん、付き合う事になったんだって。だから貴方から距離を取るべきだよ? もう友達としての付き合いだって遠慮しないといけないんだからね」


 僕に女友達は巴絵しか存在しない。これを言ってきたのはクラスメイトの女子だ。休みの日に勉強会と称して二人と同じ部屋に僕がいる、今までだったらそれは何らおかしな事ではなかったけど、二人が恋人になったのなら話は別だ。


「本人の口から聞きたかったな」


 僕の精一杯の抵抗は、そんな言葉を空に向かって呟くのみ。後は出来る事と言えば、自然と二人から距離を取る事だけだ。幼馴染の関係なんて、壊そうと思えば幾らでも簡単に壊せる。部活の付き合いがある訳でも、共通の趣味がある訳でも、同じバイトをしている訳でもないのだから。


 事実、二人から距離を取り始めたけど、武大も巴絵も、二人は何の変化も見せなかった。友人の多い二人だ、そもそも暇な時間なんてそんなに存在しない。思えば今まで無理をして僕との時間を作っていたのかもしれない。


 僕は僕で友人を作り、細々としたグループの中で毎日を過ごしていた。


 武大の空手部での入賞の話を耳にしたり、巴絵のピアノのコンサートでの入賞を耳にしたり。色々と変わらぬ二人を陰ながら応援する一人のモブ、これが僕だ。これでいいんだ、僕は二人みたいにはなれない。


 時間の流れは早いもので、高校生活も三年目に入ろうとしていたある日のこと。

 

「京太郎君、ちょっといいかな」


 声を掛けてきたのは巴絵だった。断る理由もない。黙ったままついていくと、人気のない屋上への階段を上り、くるっと僕の方へと振り返る。


 ふわりと膨らんだスカートに一瞬目を取られるも、肩ぐらいの髪を丸い感じにまとめた巴絵は、昔から変わらぬどこか輝く瞳を僕に向けたまま、そっと口にする。


「今度、コンサートあるんだ。部活とか、大会とかじゃないの。サロンコンサートって言うんだけど……親が私の為にレストラン貸し切ってくれてね。それで、京太郎君にも来て欲しいと思うんだけど……今度の土曜日、空いてる、かな」


 差し出された招待状には、僕には縁の無い高級レストラン名と、巴絵の達筆な字で僕の名前が書かれていた。巴絵のピアノの腕前なら、むしろ僕がお金を払わないといけないレベルだと思う。


「あ、勿論レストランだから、食事もできるから、ご飯を食べにくるって感じでも大丈夫なんだ。それに武大君も来てくれるって言ってたから、だから京太郎も――」


 僕だけじゃない。うん、当たり前だよね。僕に声を掛けたのは幼馴染って言う呪縛のせいだ。あれだけ距離を置いたのに、まだその呪縛は巴絵を、僕を苦しめる。


「――ごめん、僕その日外せない用事があるんだ。他の人誘ってよ」


 一瞬、巴絵の瞳が大きく見開いたけど、直ぐに目を伏せた。

 いたたまれない気持ちになった僕は、足早に階段を下り、教室へと戻る。


 僕に二人は眩しすぎる、住む世界が違う。

 きっと一緒にいたら、僕は苦しくて死んでしまうに違いない。


「京太郎、ちょっと来いよ」


 後日、僕を呼び出したのは武大だった。少し怒気をはらむ物言いに周辺のクラスメイトが騒然としてしまうほど。今の武大に歯向かう人間なんて、この学校にはいない。鍛え上げられた筋肉が言葉を封じる。多分、僕なんて一撃だ。


 奇しくも案内された場所は巴絵と同じ屋上へと続く階段だった。

 振り返るなり武大は僕の胸倉を掴み、下がった眉根にシワを寄せて睨みつける。


「お前、どうしてあの日来なかったんだ。巴絵が今まで頑張ってきた集大成みたいなもんだったんだぞ。何でお前が来なかったんだ。何の為に巴絵が今まで頑張ってきたのか、分かってねえのか!」


 諭すような物言いから一気に怒鳴り声へと変化する。ぴりぴりと世界が揺れる様な感じがして、あまりの恐怖に、僕はまともに声が出せない程に震えしまった。


「……あの日、結局巴絵はピアノを弾かなかった。聞かせたい人がいないって言ってな。いろんな先生達も集まってたのに、巴絵はお前の為に全てを捨てたんだよ。巴絵が人生を賭けて積み上げてきたものを、お前が壊したんだ!」


 僕は、幼馴染って関係を、とても脆弱で儚いものだと思っていた。

 直ぐに壊れて、風化して。あっさりと消えてしまうものだと思っていたんだ。


 だけど、現実はそうじゃなかったらしい。それまでの全てを壊してしまう程に、とても頑強で、離れたくても離せないもので、消したくても消えないもので……。


 それは、まるで本当に呪いの様なものだと知ったのは、僕が全てを失敗してしまった後の事だった。


――

次話「私のせいで苦しんでいるなんて気づきもしなかった。」

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