第7話 雨の色(随筆)

 小学生のころ雨の町を描いてみようという授業があり僕は夕焼けの町に降る雨を描きました。これがまた安定の下手さ加減で電信柱は斜めにかしいでいるし、歩いている人は針金細工にボロ布をまとったみたいで、三角形の傘らしきものを肩や手から生やして歩いているという具合。それでも色塗りは好きだったのでその日も楽しく描いていたのでした。

 夕焼けの橙色の間に、薄めた白色を雨としていくつも線を引いていく。少し色が滲んだりと想像していたのとは違うものが出来上がったが自分なりに満足していました。しかし、同級生の一人がそれを見て「雨は水色やないんか。変や」と言い始めたのです。賛同する子もいれば口を閉じて首を捻っている子もいて、僕はなんとなくいたたまれなくなりドモリ癖もあったので言葉も出せず、もうこの絵を畳んでしまおうかと思い始めていました。

 そのとき様子を覗っていたのであろう先生が「皆はどんな雨の町を描いたのかな?ちょっと上げてみせてください」と言われました。雨は水色と言った子の雨の色は水色であったし他にも同じように水色の子がいました。恐る恐る絵を上げ周囲をソッ、と見回してみると意外と紫や薄い青、濃い青、緑色などを使っている子もいました。先生は皆の絵をしばらく眺めてから、緑色を使った子に「雨は水だけどどうして水色でなく緑色にしたの」と質問しました。聴かれた子は女の子だったと思いますが、「だってうちの近くの大きな川はこんな色やもん。先生、川も雨と同じで水やんか」と得意げに言いました。先生はにっこり笑って「水は透明だからね。青空みたいな色にもなるし夕暮れみたいな色にもなるんだ。面白いね。皆でみせっこしてなんの色なのか、話し合ってみよう」と言われたのです。

 先生は、雨は水色だと言った子も、白色で雨を描いた僕も否定せずに上手く生徒たちに自分で考えることをさせてくれたのでしょう。僕らはわいわいと雨の色について話し合ったのでした。そのときの先生の温和な丸顔がとても満足そうだったように記憶しています。

 先日、アメイロビストロというお店で家族と食事をされている先生にお会いしました。もう10年程前に定年退職され、柔和な顔立ちは変わっていませんでしたがすっかり髪も白くなり、当時は掛けていなかった眼鏡を掛けておられました。店名を見て思い出した雨の色の話しを先生にすると首を捻り「そうだったかなぁ。でもこのお店のアメイロはタマネギを炒めたような、飴色かな」と笑って言われました。その笑みは当時の記憶により一層、鮮やかな色を添えてくれたのでした。

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