第4話 孫兵衛の顔

怒れば父に似ていると言われ

黙っていれば父の父に似ていると言われ

笑っていると母に似ていると言われる

母方の田舎には老人ばかりで

外を歩けば何処のもんやと

わらわらと集まってきて

ほお、ほお、ほお……

なんとも孫兵衛の顔じゃ

そうだ孫兵衛顔だと母の父に

似ているとうろ覚えの祖父の顔を

押し付けてくる、その顔たちが

ひどく安心しているから

ぼくは何も言わず笑う

そんな顔がひどく孫兵衛らしい


孫兵衛の家は祖母で終わる

跡継ぎの叔父は早くに死んだ


怒れば父に似ていると言われ

黙っていれば父の父に似ていると言われ

笑っていると母に似ていると言われ

そういえば、泣き顔は誰に似てるのか

自分ではわからない、やはり孫兵衛の顔か

孫兵衛の孫は孫兵衛の顔らしい


ひとり、山の茶畑にのぼり

ごとん、と斜面に居座る岩に腰をおろす

この茶畑は百年も前に

何代目かの孫兵衛が植えたものらしい

その茶葉を幾らか摘んで

春は新茶、秋は番茶を

楽しんできた


ある画家が

この谷の土を喰い

この谷の風に吹かれて生きたい、と言った

彼はぼくにとっては栃餅をくれるおじさんで

絵がうまい人だった

いつだったか、幼い頃に田舎で飼っていた

クロという黒猫の後を追っていると

遠くでおじさんが手を振っていた

自宅の廊下に飾られている

おじさんが描いた田舎の風景に

黒猫と馳ける少年がいる

あれは孫兵衛の孫だろうか


画家はこの谷で死んだ

この谷の風に吹かれて生きて

この谷の土を喰い、やがて死んだ


この岩に座って

風の音を聴いて

村を眺めていると

それも悪くないと

ほんの少し、この地に根を張ろうと

心が動くのだけれど、数時間後には

祖母に見送られ谷を出て行く

町ではだれもぼくを

孫兵衛とは呼ばない

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