ときめき島津メモリアル~四兄弟攻略RTA~②

1.島津の歓待


「あまり時間もないから早速、本題に入ろう」


 島津家現当主、義久は自室に居並ぶ三人の弟達を見渡し切り出した。


「京より将軍の使者が訪れたわけだが、どう思う? はい、家久くん」


 末っ子の家久が手を挙げたので指名する。

 島津家は基本的に挙手制である。議論が白熱し手が出ることが多いので義久が挙手制にしたのだ。

 挙手制にしてワンクッション置くことで少しでも冷静になれるようにと考えてのことで、これで中々上手くいっている。


「偽者なんじゃねえすか? いやだって……あの、こういうこと自分で言いたくねえけどうちらドのつく田舎者っすよ」


 あまり認めたくはないがその通りだ。

 中央からすれば薩摩など僻地も僻地。利がないとは言わないが将軍就任から間もない時期に訪れるほどではない。

 中央の争いにも噛めるような大大名家と繋ぎを作るのが先だろう。


「はい義弘くん」

「拙はそうは思いませぬ。細かなことは分かりかねますが使者として訪れた三人の女子――あれは只者ではない」


 そこについては義久も同感だ。

 隠れ見た幽羅なる狐を思わせる女からは底知れぬ何かを感じた。

 見た目はうら若いが……どうしてか、彼女を見ていると祖父や祖母を思い出すのだ。


「竜子と虎子、でしたか? 使者の侍女を名乗る二人。あれは間違いなく歴戦の将でしょう。悔しくはありますが……拙らよりも実力は上かと」


 歴戦の風格。言い換えるなら浴びた血の臭いは決して消せやしない。

 折れた人間特有の濁った瞳をしているが、やり合うとなればかなり厄介なことになるだろう。


「幕府の使者としての格は十分に御座いましょう」

「なるほど。ん? はいじゃあ歳久くん」

「只者じゃないっつーのは? 俺もよぅ、そう思うけどさぁ。だから幕府の使者ですってのは違うんじゃねえの~?」


 歳久の言も尤もだ。

 三人が傑物だと言うのは認めるが、それが幕府の使者である証明と決め付けるのは早計だろう。

 能力のある人物が斜陽の幕府に仕えるだろうか?

 確かに最近就任した異人将軍は様々な意味で底が知れないが、幕府が斜陽にあるというのは揺るぎない事実。

 在野の傑物が幕府の使者を騙り、何やら企んでいると考える方がまだ納得がいく。


「「「「うーん」」」」


 四人同時に首を傾げる。島津四兄弟は仲良しだった。


「義久の兄貴はどう思ってるんすか?」

「私か。私は……うん、幕府の使者だとは思う」

「その根拠は何でしょう?」

「根拠と言えるほどのものはない。ただの勘だ」

「なあ義久の兄貴ぃ。このままじゃ埒が明かねえしお得意の占いに聞いてみたらどうだよぅ」

「いやそれは流石に」


 義久は占いを密かな趣味としている。花占いから星占いまで、占いと名のつくものが大好きなのだ。

 と言ってもそれを政に反映させることはなく、あくまで趣味の範囲に留まっている。


「でもよぅ。仮に幕府の使者ならこれ以上待たせるのはマズイぜぇ?」

「っすねえ。義久の兄貴が便所で気張ってるって言い訳も限界っすわ」

「今更ながらにもっとマシな言い訳なかったの?」

「そうは言いますが、ウ●コを出されたらそうそう踏み込めますまい」


 ああでもないこうでもないと話し合った結果、


「……とりあえず出たとこ勝負。臨機応変に行くってことで一つ」

「「「了解」」」


 話し合いの意味あったの? という結論だが当然意味はある。

 語らって互いの意識を擦り合わせ目的を正しい形で共有させる、これはとても重要だ。


「御待たせ致した。いやぁ、どうも昨夜の河豚が当たったようで」


 当たったら死ぬだろ。

 などとツッコミを入れることもなく幽羅はいえいえと笑った。


「改めて。島津家十六代当主、義久に御座る」

「これは御丁寧に。うちは幽羅と申します。どうぞよしなに」


 顔に貼りついた胡散臭い笑顔からは何も読み取れない。

 言葉を重ねても剥がれそうにはない。

 ならば無用な問答を省き、さっさと目的を問い質そう。

 そう判断した義久はストレートに切り込んだ。


「して、我らに何用か?」

「……」

「我らは武辺者ゆえ察しがよろしくない。単刀直入に申してくれるとありがたい」

「こちらとしてもそう言って頂けるとありがたいです。何分、面倒臭がりなもので」


 コロコロと喉を鳴らす幽羅。やはり得体が知れない。


「主、カール・YA・ベルンシュタインの言葉をそのままお伝え致します」


 コホン、と可愛らしく咳払いをし――幽羅は爆弾を放り投げた。


「『無条件で俺に忠誠を誓え』」


 瞬間、島津四兄弟のぷっつんゲージが99%充填された。

 島津ではこの残り1%を理性と呼ぶのだ。


「ははは、面白い冗談だ」

「いえいえ冗談やないですよ? 『薩摩の田舎者は黙って従ってりゃ良いんだよ』とも言っとりましたわ」


 後ろに控える竜子と虎子の顔色が酷いことになっているが幽羅はお構いなしだった。


「義弘、歳久、家久」

「いやキレてませんよ。ねえ家久」

「そうそう俺らキレさせたら大したもんっすよ。ねえ歳久の兄貴」

「だよぅ。ホント、全然キレてないんで」

「キレてない奴は血管ブチ切って顔面血塗れにしないだろ」


 義久がツッコむ。彼も怒っていないわけではないのだ。

 ただ、義久は弟達のようにシームレスにキレて血管をブチ切るタイプではなくキレる前にワンクッション置くタイプだった。

 そのせいで周りが先にキレるものだから逆に冷静になってしまうのだ。


「返答を頂けますか? 今、この場で」

「……それも将軍殿下の御意思で?」

「ええ。答えられなかった場合は拒否と判断するとのことで。そして返答如何によって二つ。更なる言葉を預かっています」


 刀を抜いている弟達を手で制しつつ、義久は頭を回す。

 いやどう考えてもおかしいだろうと。


(相手は異人でありながら帝にその正当性を認めさせた男だぞ?)


 言葉通りに横暴な男ならば帝が認めるわけがない。

 わざと逆上させてそれを名分に島津を? それもない。

 そんな底の浅い人間が将軍になれるわけがないし、何より薩摩を手にしてどうしようと言うのか。

 旨味のある土地なら他にも山ほどあるだろう。

 当然、その手の土地は強大な勢力が居座っているが薩摩より美味く支配下に置き易い土地ならば他にもある。


(わざと怒りを煽っているのは確かだが……その目的は……)


 思いつく可能性は幾つかある。だが、現段階で決め付けるのは早計だろう。

 一先ずは更なる言葉とやらを引き出すしかない。


「島津を舐めるな――それが我らの総意に御座る」


 情報収集のためだけではない。

 如何なる意図の下であろうと舐めたことを言われたのは揺ぎ無い事実だ。

 そしてそれを許容出来るほど島津義久はふぬけた男ではない。


「兄上、こ奴らの首ば刎ねて京に送り返しましょうぞ!!!!」

「落ち着け義弘」


 血気に逸る弟達を再度手で制し、幽羅に続きを促す。

 預かっている言葉を聞かせろ、と。


「『物分りの悪い田舎者には参るぜ。だが良し。そんな阿呆をも見捨てないのが俺の良いところだ』」

「あ゛?」

「あ゛ぁ!?」

「あ゛ぁん!!?」

「落ち着いて落ち着いて落ち着いて」


 弟三人は最早、チンピラだった。


「『俺が直接、一人で出向いて格の違いを理解させてやらぁね。

ああでも、あんま骨がねえとつまらねえからよ。選りすぐりの精鋭を集めて待っとけや。ま、期待してねえが』」


 以上です。幽羅はニッコリ笑った。


(ふむ……やはり、そういうことか)


 何故? という疑問は残る。

 だが、あちらのやろうとしていることは分かった。


(であれば今、私がすべきは皆の怒りをこれでもかと煽って戦意を高めること)


 その結果、将軍が死ぬならしょうがない。方便であろうと島津を愚弄した報いだ。

 だがそうならずに――義久の唇が微かに歪む。


「一応確認しておきますが本当によろしいのですね?」

「逆にこちらが御聞きしたいぐらいだ。殿下が地に頭を擦り付けて小便を漏らしながら謝ると申すなら我らも矛を収めますが?」

「『死ねカス』――殿下ならそう仰るでしょうなあ」

「結構。ならば島津の歓待、存分に味わって頂きましょう。その結果、どうなろうと我らは知りませぬがな」

「結構結構。して、準備にはどれぐらい時間を要しますかな?」

「今日一日あれば十分」


 と言うより、一日以上はかけられない。

 今燃えている怒りを更に自分が煽っても、流石に気付いてしまうだろう。


「では殿下の訪問は明日の早朝にしましょうか」


 使者殿がお帰りだ、外まで見送ってやれ。

 義久がそう口にしたところで幽羅が待ったをかける。


「いや、帰りませんよ?」

「は?」

「どうせ明日には殿下もここを訪れるわけですし? 滞在している町に戻って、また殿下が戻って来るのを待つのも手間なので」


 結果は目に見えていると言外に告げられたことで弟達は更にキレた。


「何なら地下牢とかでも構いませんよ? 横になれれば十分ですし」

「……婦女子を粗略に扱うわけにはいきますまい。部屋は用意しましょう。しかし、殿下にどう御伝えするので?」

「こうやって」


 紙と筆と墨、硯がどこからともなく出現する。

 幽羅はしゃっしゃと墨を磨るやささっと筆を走らせた。

 わざわざ見えるようにやっているのは余計なことは書かないという意思表示か。

 書き終えると紙はひとりでに鶴の形を取り、窓の外へと飛んで行った。


「……術者か」

「ええはい。陰陽術を齧っとります。何するか分かりませんし閉じ込めといた方がええんちゃいます?」

「男に二言はない」


 バッサリ切り捨て、義久は弟達に戦支度を整えるよう命じた。




2.世界一血生臭い乙女ゲー


 島津の居城である内城に一番近い港町の宿で俺は文を受け取った。

 内容を見ただけで島津がブチキレているのがよーく分かる。


「怖い……怖いなぁ」


 後悔しているわけではない。悔やむぐらいなら最初からやるなという話だ。

 早鐘を打つ心臓。恐怖と、それ以上の興奮だ。

 興奮しているのは明日の戦いが今後の俺を占う重要な一戦だからというのもあるが……。


「何だろな」


 バトルジャンキーというわけではない。痛いのもしんどいのも俺は嫌いだ。

 だけど何故かな、俺は個人としても島津との戦いを楽しみにしているらしい。

 こうと決めたら一直線という気質にシンパシーを覚えているからかもしれない。


「ああ、ワクワクするぜ」


 明日、俺は島津の鬼をこれでもかと見せ付けられるだろう。

 ならば俺も俺の心に棲む鬼を見せねばなるまい。

 全身全霊。血の一滴に至るまで燃やし尽くす覚悟で挑もう。

 ジジイからパクった禁術を使うことも躊躇わない。

 そうしなければ彼らの心を掴めはしない。我が身焦がす覚悟もなく心の扉を開けてもらおうなどと都合が良過ぎるだろう。

 だがそれはそれとして、


「四兄弟が四姉妹だったら更に燃えるんだが」


 男を攻略すると考えると、あら不思議。あれだけ滾っていた気持ちがスン、と萎えてしまう。

 いや別にそういう意味で攻略するわけじゃないんだけどさ。

 攻略って言葉を使うとどうしても……でも、攻略って言葉が一番しっくり来るのも事実で――まあ良い。


「――――世界一血生臭い乙女ゲーの始まりだ」


 伝説の樹の下で鐘を鳴らしてやらぁ!!

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