帰省②

1.故郷


 帝都を出たは良いが当日中にというのはやはりキツかった。

 いや、アンヘルらの転移魔法を使えば余裕なんだろうけどな。

 行ったことない場所でも、時間はかかるが工夫すれば行けるらしいし。

 列車で帰るのも……何つーの? 帰省の醍醐味じゃね?

 いやごめん、嘘吐いた。

 帝都に出て来る時も、ジャーシンへ向かう時もジャーシンから帰る時も俺爆睡だったんだよ。


 ……一度ぐらいは車窓を眺めながらね、旅行したかったの。


 だもんで列車での帰郷は外せなかった。

 だがまあ、さっきも言ったように時間的な余裕がなくて結局途中下車して一泊。

 翌日は始発に飛び乗り、まだ日も昇らない内に街を出て今、ようやくヘルムントに辿り着いた。

 時刻はおやつの時間を少し過ぎたぐらいで、街にはまだまだ活気がある。


「ここが、兄様が生まれ育った街なのですね」

「何というか、普通だよね」

「馬鹿にしているわけではないのですが、もう少し過激なところだと思っていました」

「過激って……どんな街を想像してたんだよお前……」


 っていうか……あれー? 何か予想と違ったなあ。

 故郷の土を踏んだ瞬間、こう、懐かしさみたいなものが込み上げてさ。

 普段は涙を見せないカールくんが、ちょっと涙ぐんだりするんだと思ってたよ。

 でも全然、懐かしさとか欠片も感じねえ。

 やっぱ半年ちょっとじゃホームシックにもならない……ってよりもこれは俺の問題か。


 この世界に生れ落ちて十五年。

 日本を思い出すことはあったが、帰りたいとホームシックにかかったことは一度もない。

 生きた時間はちょっととはいえ、あっちの方が長いはずなのになあ。


「おいお前ら、キョロキョロしてないで行くぞ」

「あ、うん。でも何処へ?」

「俺らが滞在する場所」


 つっても、自宅ではない。

 普通に部屋の空きはあるけど、親父も一緒だもん。

 夜にイチャつけねえので家は却下だ。

 なので向かうのは親父がヤリ部屋ならぬヤリ家に使ってた爺さん宅。

 そこを使わせてもらう。


「あの、家に帰らなくても良いのですか?」

「親父に顔を見せるのは後でも良いさ」


 どうせ後五日は滞在するんだしな。

 焦って会いに行く必要性はまったくない。


「そう言えば御義父様は大工さんをやってるんだよね?」


 ん、んんー?

 何か”おとうさま”の呼び方が違うくない?

 カールくんの御父様的な意味じゃなくない?


「お、おう。つっても今日も仕事してるかは分からんけどな」


 建築系の大口の仕事は不定期だからなあ。

 それ以外にも修理修繕を請け負ったり、

 家具作りの副業なんかもやってるけど割とテキトーだし。

 貧するまで働かないほど怠惰ではないが、金があるのに働くほど真面目でもない。


「その癖、興が乗ったらタダでも仕事したりと好き勝手やってんだあのオッサンはよお」

「……ベルンシュタインさん、何だかとても嬉しそうですね」

「嬉しそう?」

「父親を、そんな顔で語ることが出来るのはとても幸せなことだと思いますよ」


 クスリと微笑むアーデルハイド。

 珍しい、とても珍しい”年長者”の顔だ。


「何言ってんだか」


 しかし……うーん……。


「兄様? どうしたのです」

「いや」


 街を歩いてて俺は漠然と違和感を覚えていた。

 それが何なのか、ようやく分かったのだ。


「…………何か、人増えてね?」


 俺が街を出た時よりも確実に賑わってる。

 今だってそう、若い冒険者っぽい集団とすれ違った。

 ヘルムント近辺にもモンスターは出没するし、一般人は困らされている。

 だから冒険者も常駐してるけど、連中は半ドロップアウトみたいなもの。

 そこまで強くなく、安定した稼ぎが出来るからヘルムントに滞在しているのだ。

 ああいう前途に目を輝かせた若者がよりつくような街ではない。


「おいおいおい、あの微妙にしょぼくれたヘルムントは何処に行ったんだ?」

「カールくん、故郷に対して酷くない?」

「誤解するな、俺は悪口を言ってるわけじゃないんだ」


 あの何とも言えないしょっぱい感じも含めて故郷なんだよ。

 ドン詰まった緩やかな停滞がこの街の売りだろ?

 それが何だい何だい、活気付いちゃってよお。

 高校デビューする元陰キャですか? 色気づきやがって!


「何でしょうか、この面倒臭い地元愛」

「ベルンシュタインさんは、不思議なこだわりを持つ方ですからね」

「でも実際、何があったのかな。いや、私は以前のヘルムントは知らないけどさ」


 それな。

 何で急に賑わい出したのかその理由が分からないし気になる。

 なので、


「よっすおばちゃん」


 知った顔に聞いてみよう。

 買い物帰りらしき知り合いのおばちゃんに声をかけると、

 おばちゃんはちょっと驚いた顔をしてから、まあまあまあと近寄ってきた。


「カール! あんた久しぶりだねえ。

親父さんから帝都に居るとは聞いたけど元気してんのかい?

しっかり食べてんの? ちょっと痩せたんじゃないかい?」


 ババア、テメエ全然覚えてねえだろ。

 むしろデカくなったわ。


「安心しろ、毎日美味いもん食ってるよ」


 飯も女もな。


「それよかおばちゃん、何かあったのか? 俺が出る前と随分違うようだが……」

「ん? ああ、ダンジョンさ。ヘルムントからちょっと行ったところにダンジョンが出来てねえ」


 あー……原因、それかあ。


 ダンジョン、説明不要、RPGの定番スポットだ。

 過去の遺跡とかそういうわけではなく、ダンジョンはある日突然出現する。

 学説は幾つもあるらしいが、決定的な証明には至っておらず理屈は誰も知らない。


 分かっているのは三つ。

 一つ、そこにモンスターが居ること。

 二つ、金銀財宝や摩訶不思議な武器防具、万病に効く秘薬など人の欲望を満たす宝があること。

 三つ、定期的に構造そのものが一変し、新たな宝も出現すること。


「……しかし、治安は大丈夫なのか?」


「ああ、そこらは大丈夫さ。目に余る連中はアンタの親父さんや、

他の血の気の多い連中が闇夜に紛れて襲い掛かり身包み剥いで追い出してるからねえ」


 うーん、何時から僕の故郷は山賊の街になったのかな?


「オズワルドの屑野郎や腰抜け領主は手出し出来ない立場だが冒険者は違う。

だからまあ、張り切っちゃってるんだよ。

折角風通しが良くなったのに、また悪い空気にしたくはないからね」


 なるほどねえ。


「まあでも、所詮は一時のことさ。

ギルドの評判が落ちてるから質の悪い冒険者はあっちで弾かれるようになるだろうて」


 ギルドの評判が落ちてる? ああ、そういうことか。

 連中の仕事は冒険者の管理だからな。

 親父らもギルドがしっかりしてりゃあ、自警団(柔らかい表現)染みたことをする必要はないわけだ。

 当然、ギルドは白い目で見られるわな。

 テメェらの雑な仕事で迷惑かかってるのに、ケツまで拭かせるとは何事だ? ってね。

 地域住民との距離が近い、近くならざるを得ないギルドは大変だよな。

 今回の件に限ってはそうでもないが、言い掛かり染みたクレームとかだって処理しなきゃいけないし。


「それよりカール」


 おばちゃんの目線が俺……ではなく、俺の後ろに向けられる。

 その瞳には隠し切れない野次馬根性が見て取れた。


「そこの可愛いお嬢さん方とはどんな関係なんだい? ええ?」


 ニヤニヤしながら俺の横腹を肘で突くおばちゃん。

 それに呆れつつ答えようとするが、俺よりも早く動いた者がいた。


「はじめましておば様。私はアンヘル・ベルンシュタイン――になる予定の者です」

「あ、ずるいわよあなた! わ、私はアーデルハイド・ベルンシュタイン(予定)と申します」

「…………い、庵・ベルンシュタインです」


 そっかぁ、庵も乗っちゃうかあ。

 恥ずかしそうにしつつ、名乗っちゃうかあ。


「………………血は争えないねえ」


 ほらもう、おばちゃんが悟り開いたみてえなツラになっちゃったじゃん。

 誤解しないでくれおばちゃん。まだ籍は入れてない。

 将来的には……まあ、そうなるだろうけど今は普通の恋人関係だ。

 せめて二十代半ばまでは身軽なままで、それが俺のジャスティスだから。


「いや、ハインツの奴はそれでも一人と結婚したから親父越えか」


 親を越えるのは子の宿命。

 でも、そういうとこで越えるのは何か違うだろうと思う少年漫画脳な俺。

 じゃあどこで越えれば良いのかって言われたら返答に窮するけどさ。

 普通なら家業とかなんだろうが、俺は大工になる予定はないしな。


「ああそうだ、あんたこれからハインツのとこに顔を出すのかい?」

「ううん。一旦、爺さんの家に荷物置いてから顔出すつもりだ」

「そうかい。それなら夜に改めて訪ねると良い、今行っても留守だからね」

「仕事?」

「いんや。昼前に会ったんだが娼館で夜までハリキリコースだぜ! とか言ってたよ」


 死ね。張り切って死んでしまえ。


「ああそうだ、おばちゃん。ちょいと聞きたいんだが良いかい?」

「ん、何だい? 言ってみな」

「ティーツとは帝都で顔を合わせたんだが、他の連中がどうしてるか知ってるかい?」


「さあ? あんたを含めて悪ガキ四人組は街を出たってことぐらいしか知らんねえ。

ヴァッシュとクロスの親父さんお袋さんも、気付いたら居なくなってたって言ってたし


 幼馴染全員、誰に行き先を告げることもなく消息を絶ってるってすげえな。

 こいつぁ犯罪の臭いがプンプンしますよ。

 何せ俺が知ってる一名は人斬りに就職してたからな。

 他の二人も同じ穴の狢という可能性は高いですぜ。


 え? 俺? 俺は違うよ。

 だって俺はちゃんと親父に事前にどうするか言ってたもの。

 まあ、その通りには進まんかったけど今は普通に真面目に働いてるもん。


「というかティーツと会ったのかい? あの子、今、何してんのさ」

「ん? あー……まあ、ぶらぶらしてるみたいだよ」


 帝国のみならず、あちこち放浪しつつ人斬りを繰り返している。

 それを柔らかく表現するなら、ぶらぶらしてる以外にねえわ。


「定職にも就かず……いやまあ、まだ若いんだし大丈夫か」

「ま、元気でやってたし心配は要らないさ」


 元気に人斬ってる奴を心配するだけ無駄だわ。


「そうだね。そいじゃあ、あたしはそろそろ行くよ。時間があったらうちの店にも顔出しな」

「あいよ」


 のっしのっしと去っていくおばちゃんに手を振る。

 ちなみにおばちゃんの店は食堂である。

 味で言えば伯父さんのが上だけど、でも何て言うのかな。

 ほっとする美味さって言うの? 俺的には甲乙つけ難い。

 お手ごろな値段で腹いっぱい、ガッツリ喰えるのも嬉しいしね。


「……しかし参ったな、ヴァッシュはともかくクロスには会いたかったんだが」


 空を見上げ、しみじみそう呟いているとクイクイと袖を引かれる。


「あの、ヴァッシュさんとクロスさんというのは……」

「ん? ああ、幼馴染だよ。俺とティーツも含めた四人でつるんでたのさ」


 ちなみに英雄ゴッコでの役はそれぞれ、こんな感じだ。


 拳帝、俺。

 刃外魔境、ティーツ。

 隻眼の賢者、クロス。

 黒の射手、ヴァッシュ。


 …………今思い返すと俺だけ地味じゃね? 拳帝、二文字じゃん。

 何か納得いかねえな。

 シンプルイズベストって言葉もあるよ?

 でも男の子としてはゴテゴテした感じに憧れちゃうっていうか……ねえ?


「ねえ、クロスさんには会いたかったって言ってたけど用事か何かあったの?」

「用事って言うか……自慢だな」


 自慢? と首を傾げる三人に俺は過日の思い出を語る。

 あれは、嵐の日だ。

 何でそんな日に外で遊んでたのか分からんが、

 兎に角吹き付ける風雨の中、涙と鼻水塗れでクロスは叫んだんだよ。


「俺は絶対にロリを嫁にする! って杖に誓いを立ててな。

ああ、杖の誓いって言っても更正前のカスどもがしたそれじゃねえ。マジのやつだ」


 あの情熱に思わず、俺ら貰い泣きしちゃったよ。

 だから、アイツに敬意を表すためにもね。

 俺は先にロリを嫁にしたよ^^って伝えてあげなくちゃと思ったんだがな。


「兄様のお友達はロクデナシばかりですか?」

「そうだよ。だからまあ、俺が面倒を見てあげなきゃいけないって言うの?」


 困るよね。


「いえ、兄様も同じ括りだと思います」


 カール心外。


「? どうしたよアーデルハイド」


 再度、爺さん宅へ向かおうとするがアーデルハイドが動かない。

 神妙な顔で路地裏を見つめている。

 釣られて俺たちも路地裏に視線をやり、

 一人の男……いや女? ううん? 男か? 人間を見つける。


「…………何だあれ」


 白と黒のツートンカラーの髪が目を引く性別不詳の何者か。

 端整な顔は、男とも女とも取れるし服装もユニセックスなもの。

 一瞬見ただけでは男か女、どちらか分からないだろう。だが妙だ。

 その手の人間とはこれまでも出会って来たが、

 ちゃんと観察すれば身体つきや骨格で判別がついたのに白黒の性別が分からない。

 曖昧なのは性別だけじゃない、年齢もだ。

 十代半ば……いや、二十代? もっと上? 下? ううん?


「……真実男トゥルーマン


 壁に背中を預けて座り、

 ぶつぶつ何かを呟いている白黒を見てアーデルハイドがその名を口にした。

 映画みてえな名前だな、と思ったが言っても通じないので黙ってる。


「知り合いか?」


「…………放浪中に何度か見かけただけですが、

真実男という通称と、そして信じられないほどに強いことぐらいしか知りません」


 強い? アイツが?

 言われてみれば……う、ううん? 強いのか?

 弱そうに……でも、何か強そうにも? 酷く、何もかもが酷く曖昧だ。


「ベルンシュタインさんは”悪役令嬢”をご存知ですか?」

「ああ。やっべえテロリストだろ?」


 いや、テロリストってのは少し違うか。思想も何もあったもんじゃねえし。

 世界各地で燻ってる火種に着火して大小問わず争いを誘発する最悪の放火魔。

 混沌を引き起こす手練手管もさることながら、本人の戦闘力も高いという。

 あのシャルロット・カスタードやデリヘル明美と殺り合っても生きてるぐれえだからな。


「そいつがどうしたってんだよ?

「私は見たんですよ。彼、もしくは彼女が悪役令嬢エリザベートと互角の殺し合いを繰り広げているところを」

「!」


 それは……。


「そして、その現場を目撃しても尚、私は彼が強いの弱いのかが分からない」

「ねえアーデルハイド、それって……」

「あなたの考えている通りだと思うわ」


 何もかもが”曖昧”だと感じるのに、何か理由があるのだろう。


「…………よし、とりあえずスルー安定だな」

「賢明かと。見ての通り、気が触れているようですが手配書が出回っているわけではありませんしね」


 ちょっかいを出さなきゃ問題はないってか。

 君子危うきに近寄らず、昔の人間は良いこと言うねえ。




2.師弟


 爺さん宅に無事着いたは良いものの、そういや俺、鍵持ってなかった。

 だがここで頼りになるのが魔女っ娘二人。

 あっさりと鍵を開けてくれた。

 犯罪じゃないかって? 俺はこの家の持ち主の息子だから良いんだよ!

 どうせ親父が死ぬ時はこの家も遺産で俺に転がり込むんだし何の問題もない。


「それで、これからどうするよ?」


 荷物を置いて一段落……だが、ぶっちゃけやることがない。

 掃除をしようと思ったが親父の奴、定期的に手入れしてたんだろう。

 わざわざ掃除をするほどでもないのだ。

 この後の予定は親父に会うだけだが、

 その親父がまだ帰って来てないだろうし……やることねえんだよな。


「あの、よろしいでしょうか」


 アーデルハイドが挙手する。

 珍しいな、コイツがこういう時に意見を出すのは。


「おう、言ってみな」

「もしよろしければベルンシュタインさんを鍛え上げたお師匠様にお会いしてみたいのですが」

「ジジイに?」


 予想外のリクエストに目を丸くする。

 俺の思い出の場所に行ってみたいとかそういうのは予想してたんだがなあ。


「はい。どのような方が最強無敵流を名乗っておられるのか、興味がありまして」

「や、やめたげてよぉ!!」


 良い歳こいて十歳のガキでも鼻で笑うようなネーミングセンスしてるジジイが哀れじゃないか!

 いや、俺がアーデルハイドの立場なら気になるけどな!

 どんな面でこんなアホな流派名掲げてんだって指差して笑っちゃうね!


「あ、いえ、そういうことではなくて……」


 いやでも、地元に戻って来たんだしどの道一回ぐらいは顔出しておかなきゃな。

 実家も近いし、夕方ぐらいまでジジイんとこで茶を馳走になるのも悪くねえか。


「……それに、一度俺も文句言っておきたかったし丁度良いか」


 天覧試合で流派名で笑いものにされたの忘れてねえからな俺。


「OK、ジジイに会いに行こうか。アンヘルと庵はどうする?」

「勿論、行くよ」

「同行します」

「りょーかい」


 というわけで、俺は三人を伴ってジジイ宅へと赴くことに。

 俺が居る時ならともかく、今は毎日暇してるだろう。

 その予想に違わず、ジジイは庭先でロッキングチェアに背を預けうたた寝をしていた。

 今は気付いていない。

 しかし、俺が微かでも戦意を滲ませればその瞬間、臨戦態勢に入るだろう。

 あくまでも表面上はそのままで。

 そして、俺はその偽装を見抜くことも出来ないまま下手に近付きぶっ飛ばされる。


(思い出すぜぇ……)


 まあ、今日は戦いに来たわけじゃないし普通に声をかけよう。


「ジジイ、遊びに来たぜ」


 そう声をかけるとゆっくりと、ジジイの目が開かれた。

 眠たげに視線を彷徨わせ、俺を見つけると小さく笑う。


「んおぅ……? おぉ、カールか……デキちゃった結婚の挨拶か?」

「殺すぞジジイ」

「冗談じゃ冗談。しかし、感心せぬな。出来もせんことを口にするのは」


 ……イラっと来たが我慢だ我慢。

 何が悲しくて、帰省中に来てまで暴れにゃならんのだ。


「それはさておき、そうかそうか。お前さんも色を知る年齢かえ」


 ……?

 気のせいか? 今、ほんの一瞬……いや、勘違いだろう。うん。


「こんな綺麗どころを三人もとは。わしの若い頃を思い出すのう」

「見栄を張らなくて良いから」

「う、嘘ちゃうわ!!」

「はいはい。とりま紹介するぜ。左からアンヘル、アーデルハイド、庵だ」


 ペコリと頭を下げる庵だが……アンヘルとアーデルハイドは、どうした?

 信じられないものを見るような顔で固まってんだが。


「「…………亜人……それも…………エルフ?」」


 は?


 人に近しい姿をしていて、しかし人と決定的に異なる者たち。それが亜人だ。

 彼らは寿命だったり、莫大な魔力だったり、単純な怪力などの人より優れた特徴を持つと言う。

 しかし、彼らは人類が国家を形成するようになると何処とも知れず消えてしまった。

 過去の文献には残ってるが、殆ど御伽噺のような存在のはずだ。

 そんな尋常ならざるSSR種族が……よりにもよってジジイだって?

 そんなバ――――


「ほう、種族まで特定されるとはの。

お嬢さん方は直接エルフに会ったことがあるようじゃな。

”血に刻まれた呪い”を無視してまで人に関わろうとする物好きが、わしの他にも居ったとは」


 え、ちょ、おま……。


「じ、ジジイ……え、それマジで言ってんのか?」


 ジジイだけなら、戯言と斬って捨てただろう。

 しかし、他ならぬアンヘルとアーデルハイドの言葉は無視出来ない。


「だ、だって……耳だって尖ってないし……老けてるし……あと、何より顔がイケメンじゃないし」

「おい、殺すぞクソガキ」


 ジジイが刺々しい視線を向けてくるが、気にもならない。

 何だろう……俺、今、すげえショック受けてる……。

 異世界転生して……ファンタジーで……エルフも居ると思ってたけど、居なくて……。

 夢を募らせてたのに……そんな……こんな、こんなことって……。


「じ、ジジイ! 裏切ったのか!? こ、この俺を!!」

「知るかい! あと、耳が尖っておらんのは当然じゃろ!」


 近接でバリバリ殴り合ってりゃ耳の形も変わる。

 そう反論されてしまうと、確かにと頷かざるを得ない。

 俺はまだそこまで行っちゃいないが、ジジイはキャリア長いしな。

 だから耳に関しては納得してやる。

 だが、まだ疑問はあるぞ。


「じゃあ老けてるのは!? イケメンじゃないのは!? 弓持ってないのは!?」


「ええい! うるさいのう!

老けとるのは歳じゃからに決まっておろうが!

確かにエルフは若い期間が長いが、永遠にそのままってわけじゃあないわい!!

顔はイケメンじゃろが殺すぞ! 弓持ってないのは単に趣味じゃないから! これで満足か!?」


 うん……でも、何か、やる気なくなっちゃった……。

 いや、他のエルフは俺の幻想通りなのかもしれないけどさ。

 俺の初エルフが、初体験エルフがジジイなんて……あんまりだわ……。

 別に美女美少女エルフとは言わないけど、せめてイケメンエルフが良かった……。


「こ、このガキ……!」

「あ、あのう」

「お、おおう……これはみっともないところを」


 ジジイは咳払いをして、居住まいを正した。


「改めて名乗らせて頂こうかの。

人間としての名はエリアス・ヴォルフ。エルフとしての名は”ケイ・ミドゥー”ですじゃ」


「――――」

「? 何じゃいカール、キョトンとした顔をして」

「あ、いや……」


 ケイ、ケイ・ミドゥーねえ。

 偶然ってあるんだな。前世の名を思い出したよ。

 既に終わった名だったが、こんなところで脳裏をよぎるとはな。

 ああでも、ジジイと似てるのはちょっと……複雑。


「何か名前も地味だなって」


「何じゃとぉ!? ケイという名を馬鹿にするでないわ!!

コイツはエルフ……いやさ、亜人にとっては由緒正しき特別な名なんじゃぞ!

おめー、わしが温厚なジジイで良かったのう! 下手すりゃ戦争じゃぜ!!」


 わ、悪かったよぅ。


「あ、あのう……えーっと……」

「ああ、お好きにお呼びなさい。どちらでも構わんよ」

「では、ヴォルフさんと。質問を、よろしいでしょうか?」


 アーデルハイドの目には隠し切れない知的好奇心が滲んでいた。

 アンヘルもアーデルハイドではないが、エルフについて気になっているらしい。

 庵は……そもそもエルフとか亜人が分かっていないようだ。

 しゃーない、俺が簡単に説明してやろう。


「答えられることならの」


「ヴォルフさんは何故、人間の社会に?

それと、由緒正しき特別な名とはどういう意味で?

王族、或いは皇族なのでしょうか?

もしそうなら亜人にとって、と前置きしていましたし亜人は統一国家を?

それと、血に刻まれた呪いとは?」


 俺が庵に説明している横で矢継ぎ早に質問を繰り出すアーデルハイド。

 ジジイはその勢いに圧されて、軽く……いや、結構引いていた。


「私とアンヘルもエルフに会ったことはあります。

しかし、その時は言葉を交わすことも出来ず……」


「わ、分かった分かった。ちょ、ちょい待て。落ち着けい、お嬢さん」


 そう言われてハッとした顔になりアーデルハイドは頭を下げた。

 恥ずかしそうな顔がグッドだぜ、アーデルハイドよ。


「……さて、わしが人間の社会に紛れておる理由じゃな?

答えは簡潔、血の呪いについて知りたかったからじゃよ。

エルフだけに限らず、亜人と呼ばれる者らは皆、生まれながらに呪いを負うておる」


「非モテの呪いとどっちが怖い?」

「そら非モテよ」


 だよな!


「って話の腰を折るでないわ!

で、肝心の呪いの内容についてじゃが……人間への忌避、嫌悪、恐怖じゃよ

わしは何故、我らが人間にそんな感情を抱くのか知りたくて呪いに耐えて故郷を飛び出した」


 全員が首を傾げる。

 何故、亜人などと呼ばれちゃいるが実質彼らは人間のハイエンドだろう。

 何を恐れることがあるのか。

 いや、人間の悪意とか短命であるがゆえの文化の代謝速度とか武器は色々あるよ?

 だが、文献が確かならそういった点が萌芽するよりも前に亜人は人と関わりを断ったはずだ。

 俺がその点を指摘するとジジイはそうじゃな、と頷く。


「わしも長い時間をかけて人間の恐ろしさは学んだつもりじゃ。

しかし、しかしじゃ……違う、違うんじゃよ。

人間に対する悪感情の理由は、それではなかった」


 沢山の人間を見た。

 良い人間も、悪い人間も。

 脳が沸騰してしまいそうな怒りを抱くことがあった。

 胸が張り裂けんばかりの悲しみに襲われることがあった。

 だが、どれもこれも血に刻まれた呪いに理屈をつけることは出来なかった。

 そう語るジジイはどこか寂しそうに見えた。


「まあ、正直今を以ってしても分からん……が、もうどうでもええわい。

わしはこの世界で大切なものを見つけた。

沢山の友人、師、婆さん……そして、手のかかる馬鹿弟子。

この想いこそがわしの真。理屈のつかぬ衝動なぞに穢されるものではない」


 ジジイ……何かカッコ良いのがムカつく……。


「で、わしが王族皇族かって質問じゃがそりゃ違う。

ついでに統一国家なんぞも存在せん。王や皇帝も同じ。

そもそも、わしらはそこまで大規模なコミュニティを築いておらんからな。

大体が村落程度で、大きくても精々が町程度にまでしか膨れ上がらん。

今もそうとは断言出来んが……まあ、亜人社会は変化が起き難いし多分今もそうじゃろ」


 亜人は一体何処で暮らしてるんだろうな。

 まあ、気になってもこれは聞けんが。

 アーデルハイドもそこは弁えてるから質問に混ぜなかったんだろうし。


「えーっと……あとは、わしの名についてじゃったか?

エルフに限らず亜人は大昔、”何か”と戦っておったらしい。

情報は殆ど残っておらん。その者の名さえもな。それだけ忌々しかったんじゃろう」


 じゃあいっそ、戦ったという事実も消し去れば良かったのにな。


「じゃがただ一つ、ハッキリ伝えられていることがある。

”敵”は”ケイ・ミドゥ”という言葉を恐れておった。嫌っておった。

それを耳にするだけで狂するほどにな。

わしらはそれを名としたが、そもそもその言葉がどんな意味を持つのかは知らん。

ただ、わしらが何よりも憎む”敵”を恐れさせる言葉であったのは確かじゃ。

ゆえに如何な災いも退けられるようにと願いを込め”ケイ・ミドゥ”を名と姓に定義したのよ」


 ようは縁起の良い言葉だから、名前に使ったってことか。

 大吉とか、幸子とかそういう感じかな?


「こんなもんで良いかの?」

「はい、大変貴重なお話をして頂き感謝の言葉しかありません」

「何、構わんよ」


 孫を見る祖父のように優しく微笑み、ジジイは立ち上がった。


「さて、と。次はお主じゃのう」

「あ゛?」


「久しぶりに稽古をつけてやろう。

就職のためならしゃーないが、まだ免許皆伝を言い渡したわけでもないしのう。

機会があるなら、それを逃す手はない」


 おいおいおいおい、良いの? そんなこと言っちゃって?

 俺ね、最近思い始めたのよ。

 俺は強い、それはもう間違いないと思う。

 そして俺をボコボコにしていたジジイはもっと強い。

 でも、敗北の記憶が強過ぎて過剰にジジイの力を評価してるんじゃないかなって。


「下り坂で後は棺桶にホールインワンするのを待つだけのジジイと未来ある俺」


 何つーの? 違うよね、速さが。

 俺は若さと可能性のままドンドン強くなっていってると思うの。

 アンも言ってたしね、天覧試合の時よりもかなり強くなるってさ。

 対してジジイは衰えていくばかり。


「数は少ないが修羅場も結構潜ってんだぜ?」


 デリヘル明美に殴り込みかけた時とか、ジャーシンでの蛇とかな。

 ハッキリ言うわ……もう、越えちゃってんじゃねえかな俺。


「今やったら、老人虐待になると思うんだよ」

「御託はええからかかってこんかい」


 やれやれ、しょうがないジジイだよ。


「勝てんぜ、お前は」


 この後滅茶苦茶半殺しにされた。

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