日常⑥
1.続・お泊り会
「天秤はどちらに傾いてもおかしくはない。だから私は言ってやったのさ。
押し倒して行くとこまで行っちゃえば、後はもうなあなあで何とかなるって」
「最低だなお前」
お前、これで男の方がトラウマ持っちまったらどうするんだ。
いやね、俺みたいに女の子に攻められて興奮できる男は良いよ?
だがパンピーにはアブノーマルな性癖だと思うの。
そして何故だろう、その彼のことがとても他人事に思えないんだが。
「ちなみに、ですが。カスケードさん、そのご友人のメイドさんは?」
「ん? ああ、結婚が決まったよ」
わあ、ますます身につまされるぞ。
何でだろ、不思議、どうして私は名も知らぬ彼に親近感を覚えるのでしょう。
「……メアリさんだよね? 私もご祝儀用意しておかなきゃ」
ぼそりとアンヘルが何かを呟いたが俺の屁の音と庵が俺の頭をぶっ叩いた音のせいで聞き取ることができなかった。
「兄様! 兄様はでりかしーがありません!!」
「まあまあ庵ちゃん。好きな人がありのままの姿を見せてくれるのは嬉しいことだよ?」
「飾らない己を晒す。簡単なようで、その実、とても難しいことではありませんか?」
「この全肯定姉妹ッッ!!」
「「し、姉妹ちゃうわ!!」」
いや別に庵も血縁って意味で姉妹って言ったんじゃないと思うよ。
似た者同士的な意味でね?
まあ、シャルを除く女三人は別の意味では姉妹だけどな。
俺で繋がるミッドナイトシスターズよ。うっへっへっへ。
「そういや夜の姉妹で思い出したんだが」
「思い出す切っ掛けが最低過ぎないか君。デリカシーについて注意を受けて直ぐだろうに」
「脊髄反射で喋ってるからしゃーねーだろ」
普段は客商売だから言葉を選ばなきゃいけない。
女と二人きりの時もそう。
堅苦しいと思ったことはないし、面倒だとも思わない。
関係ない女ならともかく自分の女だからな。
ちょっとでも良い気分になって欲しいと思うのが人情だ。
だが今は違う。思いついた言葉をポンポン出しても何ら問題ない。
そんな緩くて気楽な場がお泊り会ってものだ。
庵にデリカシーについて言われたが、それも本気でどうにかしたいって感じじゃないしな。
どちらかと言うと、俺は俺で良い。
だが俺に慣れ過ぎて気付かぬ間に自分の螺子が緩んでしまわぬようにという……。
(あー、そうそう。自戒みたいなもんだ)
だから問題はないのだ。
敢えて口にはせんがな。
「それより話戻すぞ。勘違いだったら悪いんだが、アンヘル、アーデルハイド」
「「はい?」」
「ひょっとしてお前ら、教会で
今の今まで気付かなかった俺もどうかと思うんだけどさ。
コイツらの身体の隅々まで見たことあるのにカースを授けられた証である刻印を見た覚えがないんだよな。
日本人の感性で言えば、刻印は単なる刺青だ。
そこにどんな背景があろうとも隠したいと思うのが普通だろう。
だがここは国も違えば世界も違う。ならば感性も当然、異なっている。
刺青入れて銭湯行ったところで注目を集めることもない。
だから、わざわざ魔法で隠すようなものでもないから疑問に思ったのだ。
「うん、儀式は受けてないね」
「同じく」
「そりゃまた何で? 折角便利なもんが貰えるのに……」
あ。
「はは、まあ、うん。そういうこと」
……さっきああ言っといて何だが、脊髄反射で喋るもんじゃねえな。
「ほら、私ってああいう事情があったでしょ?
だからまあ、下手に刺激を与えられなかったんだよね」
ですよね、はい。
最近すっかり忘れてたが、こいつ元はやべー状態だったんだよな。
擬似人格のお陰で奇跡的に社会と折り合いがついていたが、
(カースは神が与え賜うもの)
どんな影響があるか分かったもんじゃない。
仮にカースのせいで奇跡的な均衡が崩れて、しかもそのカースが凶悪極まるような代物だったなら。
所詮は仮定だ。しかし、決して無視できるような仮定ではない。
そしてアーデルハイドは、
「私はどの面下げて神様に祝福を受けるのかと自ら辞退しました」
ですよね、はい。
君の性格と背景を考えれば教会に寄り付くこともなかったでしょうよ。
アンヘルとアーデルハイドの事情知ってるの俺だけだから今感じているこの気まずさを誰とも共有出来ず胃がキリキリしてきやがった。
「ふむ、君らにどんな事情があったのかは分からない。だが問題は解決したんだろう?」
ナイス助け舟だシャルァ!!
「うん、まあ、今から教会に行っても貰えるんだろうけど……」
「正直、今更感があるんですよね」
それはまあ、そうだろうな。
スラムで暮らしてるような底辺の人間にとっちゃカースは一発逆転のチャンスだ。
大当たりを引ける可能性は低いだろうが、そこそこの当たり。
例えばSRかR相当の料理の才能を貰うだけでも十分道は拓ける。
何せこれまでの下積みがなくても、それなりの料理の腕が身に着くわけだからな。
(だけどコイツらはなあ)
貴族という恵まれた生まれ、誰もが見惚れるような恵まれた容姿。
それに加えて帝国じゃ重きが置かれる魔法の才能まであるんだ。
天、ちょっと何物与えてるの?
と言いたくなるような人間はカースにそこまで必要性を見出せないだろう。
「だからまあ、必要になりそうなら貰いに行くって感じで一つ」
「同じく」
何その行けたら行く、みたいなふわふわした感じ。
行けたら行くって答えた友達で実際に来た奴が前世含めて俺の人生で何人居ただろう。
コイツらも同じだ。
必要になりそうなら、って言ってるけどそのつもりはないだろ。
第一に必要になる場面が思い浮かばない。大概は独力で何とかできるだろうしな。
もし必要になるならガチに追い詰められた時だろうが、
(それにしたってなあ)
カースってランダムだし、コイツらの性格的に打開の一手として数えるとは思えない。
運が絡むことはこの世に幾らでも存在する。
だが、大概は運以外の部分を努力で埋められる。つまりは人事を尽くせるのだ。
対してカースはどうだ? 純粋な運オンリー。
これを勘定に数えるのはちょっと……溺れる者が最後に掴む藁並みに頼りない。
「…………あの、神様からの授かり物をそんな風に言ってよろしいのですか?」
庵が頬をひくつかせている。
確かに不敬な物言いだとは思うが、DR教だからなあ。
「いえ、スラムのお友達も皆そんな感じでしたよ?
無料で良いもの……になるかもしれないものをくれる神様って感じで軽く見てました。
でも、その御二人は……私たちとは違ってしっかり教育を受け良識もあるのですし……」
神様相手に敬意を払うべきなのでは? そう言いたいのだろう。
信心深いのはお国柄かねえ。
ただ、この件に関しては別段アンヘルらが不遜ってわけでもないんだよな。
ちょっとフォロー入れてやるか。
「庵、スラムにはDR教の炊き出しとか来たことなかったのか?」
「え? はあ、何度かありましたね」
「じゃあ教えを聞いたりとかは?」
「いえまったく。そもそも、シスターさんや神父様がそういうところをしている場面を見たことがありません」
飯を配るだけ配ったら撤退か。
スラムが危険だから――というわけではないだろう。
そういう理由も多少はあるだろうが、
DR教ってのはそもそもからして布教に熱心な宗教ではないからな。
「じゃあ俺が教義を教えてやろう」
「え、兄様が!? 神仏なんてカスぐらいにしか思ってなさそうな兄様が!?」
「庵ちゃん庵ちゃん。その発言、カールくんどころか神様にも失礼だと思うよ?」
それな。
いやまあ、自覚はあるけどさ。
ただ誤解しないで欲しいんだが神様に対してのスタンスは中立寄りだぞ俺。
軽んじているわけでも、重んじているわけでもない。
って俺の宗教観なんざどうでも良いんだ。DR教の教えだ教え。
「DR教の教義を伝えるからよーく聞けよ?」
1.犯すな。
2.殺すな。
3.奪うな。
4.自分がされて嫌なこと、辛いことを他人にするな。
5.とはいえ罪を犯すのもまた人間の弱さ。しゃーない。大事なのは罪を犯した後だ。
6.余裕があるなら自分がされて嬉しいこと、楽しいことを他人にもしてやれ。
7.誰とでも仲良く出来るのが理想だが、合わない奴もいる。そこはしゃーない。
8.先祖を敬え。
9.父母を大切にしろ。
10.子を愛せ。
「以上だ! いやごめん嘘。まだあるけどこんな感じのが続くだけだから割愛するわ」
「兄様、大雑把過ぎます」
「庵おめー、俺が意訳したと思ってるだろ? でも違うぞ。ホント、こんな感じなんだよ」
DR教の聖書とか凄いからな。ペラッペラやぞ。
十ページもないからな、いやマジで。
「罪を犯した人間が自業自得で破滅しただの、教典にありがちな寓話的な要素も皆無。
地獄や天国なんて概念もないし、神を敬えなんて文言もありゃしない。
極々当たり前の道徳が淡々と記されてるだけなんだよ」
ただ、その道徳にしてもな。
正しく生きなさいと言いながら一方でそこから逸れる人間の弱さも肯定している。
何て言うのかな、すごくニュートラルなんだよDR教って。
「…………あの、よくそれで信者が集まりますね」
まあ、言わんとすることは分かる。
パンチが弱いって言うか、薄味なんだよな。
拝んでりゃあ極楽に行ける、
教えを遵守して正しく生きれば終末において天の国への扉が開かれる。
そういう他の宗教にある……そう、衆愚が縋り付けるような要素がDR教には何もないのだ。
「あ、いや……カースですか! カースがあるから……」
「確かに売りの一つだろうけどさ。あれ、他宗教の人間でも普通に授けてもらえるからな」
DR教を信仰すれば力を得られる、ってなら分かるけど違うからな。
カースじゃ縋り付くための柱にはなり得ない。
主神オーディエンスを敬っていようとも、蔑んでいようとも力は平等に与えられるのだ。
「それなのにDR教が最大の宗教足り得るのは、逆にシンプルさが強みだからなのでしょうね」
アーデルハイドが自身の見解を述べた。
今までそういう考え方はしたことなかったけど……なるほど、言われてみればそうかもしれない。
どこもかしこも濃い味付けで売ってる中、ぽつんと薄味の店が一件。
目立たないわけがない。逆に人気が出るのも頷けるわ。
俺がそう言うと今度はアンヘルが乗ってくる。
「飲食店なら味は変えられるけど、宗教は積み重ねた歴史が武器だからね」
「そこを今更変えることができない。だから薄味の店は優位性を保てるというわけだね」
「仮にそれが可能だとしても衆愚の目にどう映るかってのもあるよな」
ぶっちゃけ人気取りのための後追いにしか思えんだろ。
「あと、これはゾルタン先生に聞いたことなんですが、
自己主張の少ない教義そのものが試練という説もありますね」
「あ、それ私も聞いたことあるよ」
ほほう、興味深いな。
ちょっとそこらも謳ってくれよと言うと、アンヘルはこくりと頷きを返した。
「他の宗教に比べるとDR教の教えはあまりにも淡白。
他の宗教だと教えを遵守しろという文言は絶対あるのにDR教にはそれがない。
でも、よくよく考えてみて。教えを守らなきゃ地獄に堕ちるって言われたらどう思う?」
あー、はいはい。なるほど、面白いなその考え方。
言われて守るのもそりゃ大切だろう。
だが言われずとも、強いられずとも自然に教えを体現するのが一番良いに決まってる。
地獄に堕ちたくないから守る、よりもずっとずっと綺麗な在り方だ。
「だよね。だからこそ、DR教は地獄や天国の概念を敢えて記さない。
記してしまえば指向性を与えちゃうもんね。
突き放したようにも捉えられるけど、逆にそれが崇高にも思えてしまう」
綺麗な推論だ。
でも、
「……私さあ、小説とか読んでるとついつい深読みしてしまうんだよね」
シャルが俺の言いたいことを代弁してくれた。
そう、そこだ。
薄味に思えるのは、そこに勝手な理想を押し付けるのを狙ってのことじゃねえのか?
「人間の心理を巧妙に突いた――とも捉えられるよな」
「しかし、それもまた深読みという可能性がありますよね」
そうなんだよ!
何つーか堂々巡りしてる感が半端ねえ!!
「…………DR教はその教えに反して色々な意味で深い宗教なのですね」
「俺もそう思う」
シンプルだから解釈の余地がないのではなく、シンプルであるがゆえにどうとでも捉えることが出来る。
中々に面白いじゃねえか。
真面目に議論するのは嫌だが、こういう雑談の一つとしてなら宗教談義も悪くないな。
「一見すればシンプルな、しかしより理解を深めようとすれば迷宮のような奥深さが。
そういうところもまた、DR教の信者が多い理由なのかもしれないねえ」
それな。
「む」
話がひと段落したところで、ぐうと俺の腹が鳴る。
アーデルハイドの持ってきたクッキーを食べてたが、菓子で腹は膨れんか。
まだアンヘルの土産であるトルテが残ってるが……。
「夜食食べたい人、手ーあげてー!!」
「「はーい!!」」
「は、はぁい……?」
「……食べたいですけど、何ですかこのノリは」
おいおい、アンヘルとシャルは乗ってくれたのにつれないねえ。
アーデルハイドと庵はちょっとお堅いね。こういう場のドレスコードを分かってない。
楽しむ、楽しませるならちょっとぐらい螺子を緩めて馬鹿にならなきゃ。
「う……でも、確かに兄様の言うことにも一理ありますね……」
いやないと思う。
自分で言っといて何だがスタンスなんざ人それぞれだし。
ノリの押し付けなんぞ一番萎えるわ。
俺は単純に全力ではーい! してる姿が見たいだけだからな。
純然たる欲望。まあ、口には出さんがね。
「じゃあもう一回行くよー? 夜食食べたい人ー!!」
「「「「はーい!!」」」」
二十五歳児としか言いようがないシャルの弾ける笑顔。
子供は天使、そんな言葉を想起させるアンヘルの明るい笑顔。
一生懸命だけど不慣れさが拭えないアーデルハイドの不器用な笑顔。
羞恥を覚えながらも必死に周りに合わせようとする庵のぎこちない笑顔。
味は違うが、どれも素晴らしい。
…………ふぅ、良いもの見れた。
「よっしゃ。じゃ、取って来るから待っててクレメンス」
というか深夜でテンションおかしくなってるな、俺も俺以外の奴も。
さっきのドレスコード云々とか素面じゃ庵に突っ込まれてはずだ。
ついでに冷たい視線もセットで……想像しただけで興奮するな。
ああでも、アンヘルは何時も通りの計算かな。
コイツが深夜のテンションでどうこうなる姿が想像出来んし。
「クレメ……? あ、兄様私も……」
「良いって良いって。ゆっくりしてな」
よくよく考えなくてもホスト、俺だしな。
持て成せっつー話だよ。
庵はお茶とか淹れてくれてたのにな。
「さてさて、伯父さんは何作ってくれたのかにゃー?」
一足飛びで階段を駆け下り、厨房へ吶喊。
もうこの時点で良い匂いがしてるんだよなあ。
はー……伯父さんのせいで舌が肥えちまったよ。
いずれバーレスクを出た時、苦労するかもしれん。
「やれやれ、すっかり伯父さんに調教され切っちまったぜ」
って、おいおい。
「こりゃまた沢山作ってくれたな伯父さん」
夜食なんて一品あれば十分だろう。
それこそサンドイッチか何かだけで良い。
だが見える範囲だけでも鍋にはシチューにポトフ、コーンスープ。
サンドイッチに……多分、冷蔵庫の中にも何かあるな。
「あ、朝飯もってことか」
気が利くねえ。
この分だと、明日は休みだが昼飯も作りに来てくれそうだ。
「いやはや、嬉し……ん?」
どれを持って行こうかと悩んでいると、とある一品が目についた。
それはピザだ。しかも、焼く前のそれではなく既に火が入ったピザ。
伯父さんらしからぬミスチョイスだな。
俺はともかく普通、冷めたピザなんてどうしたって味が――――
「あ」
気付きを得る。
俺自身、今の今まですっかり忘れていたことだ。
何せ俺からすれば何気ない雑談だったからな。
こうして思い出してことが奇跡に近い。
『…………冷めたピザ?』
『うん、好きなんだよね』
どうしてそんな話題になったかは思い出せないが、
開店前の暇な時間で伯父さんと駄弁ってた時のことだ。
俺の極々個人的な好みが話題に上がったのである。
『だが……』
『ああ、言わんとすることは分かるよ?』
チーズも硬くなるし、生地だってそう。
パン生地にせよクリスピー生地にせよ、その魅力は損なわれてしまう。
そもそもからしてピザは熱々で食べる物なのだから当然である。
だけど俺は冷めたピザも大好きなのだ。
『硬くなって風味も変わったチーズ。
シャキシャキ感が失せたしっとり玉ねぎ。
サラミやソーセージも油が固まるって言うの? 何か身体に良くない感じがするよね。
生地だってぺちゃんってなっちゃうし……美味しくない』
美味しくないはずなのに、美味しく感じるのだ。
どう考えても焼きたて熱々が一番なのになあ。
正直、俺自身も明確に好きの理由を、美味しく感じる理由を説明できない。
完全に個人の感性だからしゃあないと言えばしゃあないんだけどさ。
『…………面白いな』
だが、伯父さんは何やら興味をそそられたらしいのだ。
『……変わったアプローチだし、店で出すことはないだろうが…………』
個人的な趣味でやる分には面白いテーマになる。
冷めても美味しく頂けるピザについて少し研究してみよう。
そんなことを言っていたのだ。
「完成ってわけじゃないんだろうが……」
こうして夜食として出されている以上、最低限人様にお出し出来るだけの味は保証されているはずだ。
伯父さんにも料理人としてのプライドがある。
俺が気にしないと言っても自分が納得しなければ人目に触れさせることはないだろう。
「……俄然、気になってきたな」
コイツを持って行こう。
ああでも、ピザだけだと口が脂っこくなるな。
ジュース……は持ってくが、口直しにそれだけってのはしっくり来ない。
「コーンスープ…………を温めずに持ってくか」
ここはアンヘルとアーデルハイドを頼らせてもらおう。伯父さんのことだ。
スタンダードな温かいポタージュでも、この季節に嬉しい冷製ポタージュでも、どっちでもいける感じにしてんだろ。
特に今夜はアンヘルとアーデルハイドが来るのも知ってるからな。
まず間違いなく俺が魔法を頼ることも見透かしてるはずだ。
「コミュニケーション能力はポンコツだが、料理に関してはすげえからなあ」
メニューはこれで決まり。
物足りなければ、また下に来て何か持ってくれば良いだろ。
「~♪ およ? 盛り上がってるじゃねえか」
鼻歌交じりに部屋に戻ると、シャルが熱く語っている真っ最中だった。
何の話題かは……わざわざ説明するまでもねえか。
「男の居る三人に伯父さん攻略のアドバイスをってとこかい?」
「ああカールおかえり。うん、その通りだよ。良い機会だろ?」
まあ、そうだな。
良い意味でも悪い意味でも深夜テンションは”強い”からな。
普段はそうでもない奴が熱く語っちゃったり逆に普段熱い奴がちょっとセンチなこと言っちゃうのが深夜の魔力だ。
後で思い返して恥ずかしぃいいいいいい! ってなるのもお約束だよね。
「まあそういうわけなんだけど……ねえ?」
苦笑気味のアンヘル、困り顔の庵とアーデルハイド。
言わんとすることは分かる。
三人共、俺という男持ちではあるが……。
「……そもそも私、そういう話題で実のある意見が出せるとは思えないんですが……」
アーデルハイドはね、うん。そうだろうよ。
コイツに色事の相談なんてハードルが高過ぎる。
「確かに私は兄様と結婚を前提にお付き合いをしています。
でも、経緯が経緯ですからね。
世間様がお考えになるような道を辿った経験はありませんし、何を言えば良いのか」
うんうん……あれ? 俺、人生の墓場行き決定しちゃってる感じ?
いや、庵を――ううん、アンヘルもアーデルハイドも他の男に渡すつもりはねえよ?
でも僕たち、まだ十代ですよ。
成人してはいるけど結婚とか考えるような年齢じゃないと思うんですけど。
「なあなあで関係結んで、気付いたら好き合ってたからね私。
付き合うまでの経験値で言えばシャルさんとも変わりないよ」
なあなあで……ねえ。
いや、よそう。下手に藪を突いて蛇を出すことはあるめえさ。
「ところで夜食ってそれ? スープは温めるか冷たくすれば良いのかな?」
「あ、うん。俺は冷製が良いからひんやりさせちゃって」
「ん、了解。でも、ピザっていうのは意外だったかも。これは……」
「ああ、温めなくて良い。このままが正解だ」
不思議に思うだろうがここは俺を、いやさ伯父さんの腕を信用して黙って食べてくれるとありがたい。
そう告げるとシャルが真っ先にピザへ手を伸ばした。
いや、言い切る前――伯父さんの、あたりで既に手を伸ばしてたな。
はえーよシャル。
「む! これは……」
「どうだ?」
「そうだね。誤解を恐れずに言わせてもらうなら意外だった。
冷めたピザなんて美味しくはないだろう。でも、これは不思議と美味しいんだよ。
どんな手を入れたのか、門外漢である私には理解できないけど見事なものだ」
こういうとこ、伯父さん的にポイント高いと思うんだよな。
好き好き大好き、でも言うべきことはちゃんと言う。
好きな人だからと盲信せず好きな人が信念を以って取り掛かっている仕事だからこそ素直な意見を述べる。
俺は料理人じゃないが、料理人からすれば嬉しいんじゃないかな。
外的要因に惑わされずちゃんと自分の意見を言ってくれるってのは。
「でもぶっちゃけ、焼いた方が美味しいよね?
ラインハルトさんもそれは分かってると思うんだが……ふむ、コンセプトは何なのか」
「ああ、そりゃ俺の好みだ」
「カールの?」
「うん」
軽く経緯を説明してやると、シャルが少し悔しそうな顔をした。
「や、やっぱり身内は強いなあ……! 良いなあ、良いなあ!」
「お前もその身内を目指してんだろ? ジェラってないで努力しろや」
「その努力の方向性が分からないから困ってるんだよ!」
ああ、そうでしたね。
ところで御三方、急にお静かになりましたね?
「いや、カールくんにお任せしようかなって」
「ベルンシュタインさんは深い見識の持ち主ですから」
「兄様は普段からお客様の様々なお悩みに向き合っていますしね。餅は餅屋です」
つってもなあ。
「あとは単純にカールくんがどう答えるかも興味あるかな」
うーん……あ、確かに美味しい。
俺の好きな冷めたピザの美味さが、更に洗練された感じ?
やっぱすげえよ伯父さんは。
「ふぅむ」
ピザを齧りつつ思案する。
アドバイス……と呼べるかどうかは微妙だが、語れることがないでもない。
「ヘイ、ガールズ!」
「「???」」
手招きし、アンヘルとアーデルハイドを呼び寄せる。
「……って感じなんだけど出来る?」
「出来るよ」
「問題ありません」
出来るか、よしよし。
「なあシャル、逆に聞くけど伯父さんに似合いのタイプってどんなだと思う?」
「ラインハルトさんにお似合いの……?」
「自分がそこに立ちたいわけだから、思い浮かばないか?」
なればこそ、知るべきだろう。
あくまで俺の私見だが、そうそう的外れではないと思う。
それを見たら、少しは何か見えてくるかもしれない。
「ああでも聞きたくないなら無理にとは言わんぞ」
「……いや良い。頼むよカール」
「了解。というわけで人形劇を始めたいと思います」
「要りますかその茶番?」
要ります。
多少茶化してやらないとマジ凹みするかもしれないしな。
だってそうだろ?
お前の惚れた男にはもっと似合いの女が居るとか素面じゃ言えねえよ。
「アンヘル」
「はいはい」
パチン! と指を鳴らすとデフォルメされた人形が空中に出現する。
片方は伯父さん……おいシャル、抱き付くな。頬ずりするな。ステイ! ステイ!
「くーん」
もう片方の人形は女の子。
金髪ツインテオッドアイの……そうさな、カー子ちゃん(CV俺)としておこうか。
さあ、人形劇を始めよう!!
「『ねえラインハルト、私の話、聞いてる?』」
シャルと庵がギョっとする。
いきなり俺の口から俺のものとは思えない女の声が出てきたら驚いて当然だろう。
声を変える魔法の担当はアーデルハイドである。
「『…………あ、ああ……き、聞いてる……』」
伯父さん人形(こちらもCV俺)がしどろもどろに答える。
自分で言うのも何だが、かなりクオリティが高い演技が出来ていると思う。
「『ッ! アンタねえ! おどおどしない! 目を逸らすな!!』」
カー子ちゃん人形が両手を上げ、ガーっと怒鳴りたてる。
伯父さん人形はあたふたとするだけで気の利いたことなぞ何一つ言えやしないし出来もしない。
「『…………すまない』」
「『すまない……じゃないの! 人間、向き不向きがあるのは当然よ。
でもね、あんたは今の自分を良いものとは思ってないんでしょ?
なりたい自分ってのがあるんでしょ? だったら、少しは変わろうとする努力を見せなさいよ。
失敗したらなんて考えて、初めから何もしない奴なんて一番カッコ悪いわ』」
おぉっと、シャルの目が剣呑な感じになってますねえ。
ラインハルトさんに舐めた口を、この女が私よりも相応しいだと? みたいな感情がありありと見える。
……お嬢さん、これ人形劇ですよ。
「『お、俺は……』」
悲しそうに項垂れる伯父さん人形。
そんな伯父さん人形を、カー子ちゃんは優しく抱き締めた。
「『良いじゃないの。失敗したって。他の人が笑おうと、アタシは笑わない。
変わろうと、昨日よりも前に進もうとしてるその姿勢こそが尊いんじゃないの。
だからその……頑張りなさいよ。一人じゃ難しいってんならアタシだって協力してあげるからさ』」
「『カー子……何で……そこまで…………』」
「『好きだからに決まってるでしょ……馬鹿』」
パン! と両手を叩く。
人形劇はこんなもんで良いだろ。
「まあ、こんな感じだな。強気でグイグイ引っ張ってくれて、でも包容力もある」
ようは肝っ玉母ちゃんタイプだ。
伯父さんとくっつく可能性が一番高いのはこういう女じゃねえかな。
伯父さんの不足を補ってくれて、伯父さん自身も甘え易いと思うんだわ。
「た、確かに……言われてみれば……いやだが私は……」
「そう、お前はそういうキャラじゃない」
無理に変わろうとするのは悪手だ。
そんなことをすれば、ありのままのシャルの魅力が損なわれてしまう。
コイツは自然体が一番良いんだ。
「だが勘違いするなよシャル。
これはあくまで、今の伯父さんに似合いのタイプってだけだからな」
出会った当初に比べると、伯父さんは随分と変わった。
自分で言うのも何だが俺の影響だろう。
俺自身、或いは俺と挟んで別の誰かと接することで、ちょっとずつ成長しているのだ。
対人能力なんてのは数をこなしてなんぼだからな。
これからも歩みは遅いけど伯父さんは成長し続けていくだろうよ。
「だからそう悲観するこっちゃねえ」
「か、カール……」
「他人に助言を乞うのも良いさ。だがシャルよ。
その助言はお前がお前を曲げてまで履行するほどのもんか?
お前はお前のまま、真っ直ぐ歩き続けりゃ良いんだ。
そうすりゃ何時かきっと、でっけえ花を咲かせるだろうぜ」
「カール先生……!!」
わっ! と泣き崩れたシャルの頭を撫でてやる。
とりあえず、これで問題はなさそうだな。
「あの、何か良い感じに落着しましたけど兄様、具体的な助言は何一つ……」
「シッ! 駄目だよ庵ちゃん」
アンヘル、別に良い感じに誤魔化そうとかそういうあれじゃねえからな。
変に迷走しないようフォロー入れるのも大事なんだぞ、いやマジで。
シャルはシャルのまま頑張ればってのも本音だし。
いや真面目な話、
(なーんかコイツって最後の最後には勝ちそうな感じがするんだよなあ)
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