ハートに火をつけて②
1.純愛バーサーク
第”十三”国立魔法研究所。
存在し得ないはずの十三番目の研究機関、
表沙汰にできない倫理に抵触するような魔法を研究する機関でありアンヘルはそこで検査を受けていた。
「……」
培養層の中、生まれたままの姿で沢山の器具に繋がれたアンヘル。
一見すれば非人道的な実験を受けているように見えるが別にそんなことはない。
その証拠に本人も自分が置かれている状況になど目もくれず、別のものを”視”続けている。
『やっちまったなあ……』
『兄ちゃん兄ちゃん、何をやっちまったの?』
数日前、カールと別れる際にコッソリ張り付けておいた”目”と”耳”。
それを通して、アンヘルはひたすらカールだけを見つめ続けていた。
『いや、数日前に状況とか性癖に流されて特に好きでもない子と……ね?』
『控えめに言ってクズでは?』
アンヘルの見知らぬ子供に対する殺意が上昇した。
最低なことを言っているのはカールの方だがそこはそれ。
アンヘルは自身が宣言したように本気で都合の良い女になるつもりなのだ。
ゆえにこの程度では不快感すら沸いてこない。
あるのは、カールがこのまま自分を拒絶する選択をしてしまったらどうしようという恐怖だけ。
だがアンヘルの懸念は杞憂だったようで、
『何でも付き合ってくれるSSRのフレンド(意味深)が出来た――今はそういうことにしとこう。な?』
アンヘルはこの日一番の笑みを浮かべた。
「お嬢様、もう構わないよ」
「分かりました」
いつのまにか検査が終わっていたらしい。
カールウォッチをしていると時間を忘れてしまう。
このままだと気付いたら老婆になって老衰していそうだ、
などと思いながらアンヘルは培養層を出てテキパキと衣服を纏い始めた。
「やあ、お疲れ。お嬢様」
「先生……お手数をおかけしてしまい、申し訳ありません」
服を着終わったタイミングでやってきた赤毛の男性に頭を下げるアンヘル。
彼の名はゾルタン・クラーマー。
第十三国立魔法研究所の所長であり、アンヘルの魔法の師でもある。
ちなみにアンヘルが屋敷を抜け出してバーレスクに通っていた際のフォローをしていたのもゾルタンだ。
「ロクな成果も上げられなかったのに頭を下げられては僕も立つ瀬がないよ」
「……ではやはり」
「ああ。お嬢様が自分を取り戻せた理由は不明。今の状態が安定しているのかどうかすら分かりやしない」
軽く肩を竦めるゾルタンだが、言葉とは裏腹に心配している様子はない。
だがそれはアンヘルのことなぞどうでも良いと思っているわけではなく、
「凄いよねえ、愛の力って」
「でしょう?」
アンヘルは知っている。
ゾルタンが冗談を言っているわけではないことを。
ゾルタンという男は理屈を重んじる学術の徒でありながら、
理屈では説明のつかない――想いの力などというものを本気で信じられる人間なのだ。
「診察結果を告げれば陛下は不安がるだろうけど……お嬢様的には願ったり叶ったりだよね」
「はい」
アンヘルは屋敷に戻ってすぐ、自身の現状をゾルタンに報告した。
そしてゾルタンの口から父である皇帝に話がいったのだが、その時の喜びようは尋常ではなかったそうな。
それこそ、今一度アンヘルを後継者に復帰させようとするほどに。
しかし、当人からすれば父の好意は迷惑以外の何ものでもない。
が、快復した理由が不明であれば皇帝もワガママを通すわけにはいかない。
何せいつまた、不安定極まる状態に陥るか分からないのだから。
そんな人間が座れるほど、皇帝の椅子は安くはないのだ。
「いつ終わるとも知れぬ夢、
ならばせめて残された時間は私を掬い上げてくれた人と共に。
――――とでも言っておけば陛下も渋々ではあるが受け入れてくれるだろうさ」
とても臣下の言葉とは思えないが、これがゾルタンなのだ。
容姿端麗、真面目ながらも茶目っ気を介する硬軟併せ持つ人格。
性癖という欠点さえなければアンヘルを嫁にやっても良い、
そう皇帝に嘆かれながらも決して自身の性癖を歪めなかった愛の使徒ゾルタン。
そんな彼が同じく愛に生きる教え子を否定するわけがない。
「何なら僕からそう伝えておこうか?」
「お願いします」
アンヘルは別に父を憎んでいるわけではない。
ただ単純に鬱陶しいのだ。
気持ちは分からないでもないが今の彼女にとっての最優先事項はカールであり、
さして思い入れもないオッサンに構っている暇はないのだ。
「任された。お嬢様、君は君の愛にのみ集中すると良いよ。些事は全て僕が請け負おう」
「重ね重ね、ご迷惑をおかけします」
「何、気にすることはない。僕は愛に生きる者の味方だからね」
それに、と言葉を続けゾルタンは笑みを深めた。
「――――教え子と殺し合うような真似は可能な限り避けたい」
「何を仰っているんです先生」
「だって君、もしもの時は陛下や母君、他の兄弟姉妹を殺すつもりだっただろう」
「あの、先生? 失礼ながら頭の方は大丈夫ですか?」
気遣わしげな視線を向けるアンヘルだがゾルタンの指摘は当たりも当たり、大当たりであった。
そう、彼女は話が拗れたなら父を排することを視野に入れている。
ただ皇帝を殺すということは新たに厄介な問題を招くことにも繋がる。主に皇位継承問題だ。
小心な兄姉が自分にちょっかいを出してくる可能性が非常に高いので実行する場合は最終的に父を含めた親類を皆殺しにするつもりだった。
「こんな小娘にそのような真似ができるわけないでしょう。精神的にも、物理的にも」
「いや出来るだろ。精神年齢は実質七歳児だけど、君ガンギマリだもん」
その振る舞いゆえ誤解しそうになるが、
アンヘル本来の人格はロクに思考もできぬ状態でずっと押し込められていたことを思い出して欲しい。
年齢相応の振る舞いが出来ているように見えるのは復活の際に擬似人格を含む他の人格から知識やら何やらを吸収したからだ。
その上で判断が困難な場合は擬似人格を利用したりしているから悟られ難いだけでその内面は酷く幼い。
ゾルタンはその幼さと深い愛情に起因する残虐性を看破していたのだ。
「あと、物理的にだっけ? それを君が言うのか? ”皇家の白”を継いだ君が」
純白の魔力に純白の御髪を持つ皇族を指し”皇家の白”と言う。
それは初代皇帝と同じ特徴であり、強大な力を有する魔道士の代名詞でもある。
現にアンヘルは七歳の時点で既に父である皇帝をも凌ぐ力を持っていた。
「ご冗談を。今は人格の生成に魔力を割かれ往時の半分程度しかないんですよ?
それに加え刻まれた術式のせいか魔法を行使する際にどうしても妙なノイズが混ざるんですよね。
お陰で発動する魔法の完成度はどれも八割程度」
その八割でも現皇帝と同程度の力があるのだが、
他の皇族やその他の兵士魔道士らを相手取るには不足が過ぎるとアンヘルは言う。
「そうだね。でも、君は既にその問題をクリアしてるだろ?」
「……」
またまた大当たり。
バーレスクを出て屋敷に戻るまでの道すがら、アンヘルは自身の弱点を克服していた。
もっとも、そのやり方は決して褒められたものではないのだが。
「――――ハァ」
最早、誤魔化しは利かない。
そう判断したアンヘルは自らの左手を顔の横に掲げて見せた。
「! これは……」
掲げた左手の指先から滲み出した闇が二の腕付近までを完全に染め尽くす。
ドクンドクンと血管のように肌を奔る紅い光のラインと相まって酷く禍々しい。
「禁呪か」
魔力を持たぬ者は魔法を使えない。
それが常識であるが、たった一つだけ魔力を持たぬ者が自らの力で魔法を扱う術がある。
それこそが”代償魔法”――通称、禁呪。
読んで字の如く、自らを構成する何かを捧げることで発動する魔法である。
「正確には禁呪と通常魔法のミックスって感じですね。
代償の重さは相対的な価値によって決まりますから、私からすれば使い易いことこの上ない」
禁呪は捧げた代償の重さによって起こせる事象の幅が変わる。
そしてその重さを定めるのは主観的な価値ではなく客観的な価値。
自分の命などどうでも良いと思っている者と、大切だと思っている者。
両方が禁呪を発動したとしても出せる結果は同じ。
そういう意味で禁呪はアンヘルにとってあまりにも相性が良過ぎた。
「人格をカートリッジにしているのかい?」
「ええ、文字通り掃いて捨てるほどありますからね、使わない理由がない」
人格を捧げる、それは命を捧げるのとほぼ同じだ。
人格を代償に捧げることで得られる補正値はかなりのものになるだろう。
性質が悪いのは、アンヘルの場合一つだけでなく二つ三つ四つと次々に薪をくべられること。
仮に火炎系の初級魔法であるファイアボールを百の人格を代償にして得た補正値でブーストし放ったとしよう。
帝都は確実に灰燼と化すだろう。
「どうですか、先生? これが私の出した弱さを補う……いえ、弱さを越える回答」
天を掻き抱くように両手を広げアンヘルは微笑む。
気付けば左手だけでなく右腕や両脚までもが闇に染め上げられていた。
「名付けて――――
「参ったな……言葉もない」
そりゃそうだろう。
ラスボスのような見た目で魔法少女のようなことを言っているのだから。
「そこまで強大な力を手にしていたとは流石の僕も予想外だよ」
「嘘ばっかり」
「嘘じゃないさ」
さて、と呟きゾルタンが一度話を区切る。
顔には変わらず柔らかな笑みを浮かべているが目は真剣そのもの。
ゆえ、アンヘルもまた師に敬意を示すように姿勢を正す。
「お嬢様――いや、アンヘル」
「何でしょう?」
「君は、君はそれ程の力を何のために使うんだい?」
「無論、愛がため」
一切の逡巡なくアンヘルはそう言い切った。
「ならばもし、もしも愛しの彼が世界を望んだら?」
「世界を捧げるためにこの力を使いましょう……――というかですね」
問われるまでもなく、
「世界を手に入れる案は既に視野に入れてるんですけどね」
「何だって?」
「ああ、とは言ってもカールくんが望んだわけではありませんよ?」
単純に、
「それぐらいしか返せるものがなかったのです」
「返せるものが、ない……?」
要領を得ないと言った表情のゾルタン。
無理もないとアンヘルは笑う。
ゾルタンは愛に生きる男ではあるが、一度としてそれを手に入れたことはない。
だからこそ、分からないのだ。
「私はカールくんから大切なものを幾つも貰いました」
闇に沈み最早二度と浮かぶことはないはずだった己を。
これから始まる未来を。
胸を満たす愛を。
「価値あるものには価値あるものを」
何もかもを貰った。だから、返さねば。当たり前のことだ。
だが、何を返せば良い? 何を返せば貰ったものと釣り合う?
いや、釣り合うことはないだろう。
だってアンヘルにとって世界で最も価値があるもの、それはカール・ベルンシュタインに他ならないのだから。
カールに報いるためにカールを、なんて道理に合わないし、そもそもカールはアンヘルのものですらない。
「ならば、他に価値があるものとは何か」
カールを除くならカールから貰ったものになる。
だがこれもカールに返すもの足り得ない。
ならば他に何かあるか?
考えて考えて考えて、その果てに導きだした答え――それが世界だった。
「私にとって最も価値があるものを生み出し、育んだこの世界に他ならない」
なので一つ訂正を。いや、補足を。
「先生は父や他の兄弟姉妹を皆殺しにするつもりだと考えたようですが」
そこで終わるつもりはない。
父から譲られるのではなく邪魔者を悉く排除して玉座に就く。
そしてそこを始まりとして世界に覇を唱えるのだ。
そう笑顔で謳い上げたアンヘルの瞳は白目が漆黒に塗り潰され琥珀の虹彩は真紅に染め上げられていた。
紛うことなき魔王の風格。
アンヘルを知る者であれば禁呪の影響で精神がおかしくなった、
或いは復活が完全ではなく人格を取り戻す際に何か異常が起きたと考えるだろう。
だが断言しよう、これは素だ。
精神汚染なぞ微塵もない。これがアンヘルという少女の剥き出しの己なのだ。
かつてアンヘルはこう言った。
剥き出しの刃が危険なのと同じように己を剥き出しにした人間も危険なのだと、
誰かを傷付けかねないから仮面を被るのだと。
正にその通りだ。剥き出しのアンヘルはあまりにも危険過ぎた。
「…………こまった、ちょっとかてない……」
ゾルタンがやっとの思いで振り絞った言葉がこれである。
しかし、彼を責められまい。
予想外の進化を遂げてしまった教え子を前にして気の利いたリアクションなぞ返せるわけがないだろう。
「とまあ、長々語りましたが今のところ実行に移すつもりはありません」
視野には入れている、だが実行するかどうかはまた別の問題だ。
アンヘルにとって世界が価値あるものでも、受け取るカールがどう思うかはまた別の話。
カールが望まないものを押し付ける気など毛頭ない。
「それじゃあ、私はこれで」
手足や瞳を元に戻したアンヘルは足早に部屋を出て行った。
残されたゾルタンは天を仰ぎぽつりとこう呟いた。
「…………願わくば、彼女の想い人が善良でありますように」
2.I'm your friend Nooooooooooooooo!
「ここは?」
協力を申し出てくれたアンヘルの転移魔法で連れて来られたのは、
見渡す限りなーーーーーんもないだだっ広い平原だった。
「私が小さい頃、魔法の修行に使ってた場所だよ。
ここは結界が張られてるから人もモンスターも寄ってこないから安心して修行できるんじゃないかな」
「ほう……」
当初の予定では帝都の外、モンスターがいそうな場所でやるつもりだった。
だが、そうなると都合良く一対一とはならないだろうし集中力が分散してしまう。
しょうがないことだと割り切ってたので、こういう配慮はありがたい。
「ありがたい。感謝するぜアンヘル」
「どういたしまして。それじゃ、早速始める?」
「ああ、頼む」
上着を脱ぎ捨て上半身裸になる。
ぶっちゃけ脱ぐ必要はないのだが、どうにも習慣というものは拭えない。
ジジイに修行つけてもらってた時は基本、半裸スタイルだったからな。
「……呼び出すモンスターのリクエストとかある?」
心なしかアンヘルの頬が赤い。
おい、やめろ。そういう視線を向けるな。
色々思い出してムラムラするから、修行どころじゃなくなっちゃうから。
(煩悩退散! なんみょうほうれんげきょう!!)
頭から雑念を追い払おうとしたんだけど……どうでも良い疑問が浮かんでしまった。
あのなんみょうほうれんげきょう? あれどういう意味なの?
何かそこだけ音として覚えてんだけど意味が全然分からん。
クッソ、この世界じゃ意味を知ることも出来んだろうし……ぐぬぬ!
「カールくん?」
「お、おう……ごめん。えっと、出来るだけ人間に近い形状で、耐久力があるのを頼む。
それとまずは技の試し打ちをしたいから動けないようにしてくれるとありがたい」
「分かった。んー……それならハイオーガあたりかな?」
本を片手にアンヘルがぶつぶつと何かを唱えると俺の眼前に3メートルはあろうかというハイオーガが召喚された。
こりゃあ殴り甲斐がありそうだ。
まずは……そうだな、あの技から試すとしよう。
「ハッ――はぁ!?」
体重を乗せながら地面を滑るようにして縦拳を突き出す。
動かない的に攻撃を外すはずもなくオーガの腹に拳が飲み込まれた、
だがここで予想外のことが起き俺は思わず声を上げてしまう。
本来はこの一撃から更に攻撃を繋げ殺し技へと昇華するのだが、
あっさりとハイオーガの腹筋をぶち抜き腹に大穴を穿ってしまった。
「うーむ……今日は調子が良かったけど……」
脆過ぎね?
あれか? グランゾンが味方になると敵だった時ほど強くないのと同じで、
使役されているモンスターだと弱くなるのか? うん、多分そうだろう。
あと、まったく動けないってのもあるか。腹筋に力を込めることも出来んしな。
俺TUEEEE! な感じがして気分は良いがこれじゃ意味がない。威力を下げよう。
この技の本領は拳の威力ではないのだ。
「悪い、もう一回頼む」
「分かった」
アンヘルがパチンと指を鳴らす。
すると絶命していたハイオーガが蘇生し、立ち上がった。
腹の穴も完全に塞がっており新品同然だ。
「んじゃ改めて」
拳の握りを甘くし、再度拳を放つ。
「
「
「
三歩分の距離を開け正面から一打。
叩き込むと同時に左後方へ下がりそこから二歩分の距離を開け二打目。
叩き込むと同時にハイオーガの背に回り一歩分の距離を開け三打。
「コォォォォォ……!」
両手を胸の前で折り畳み踏み込むと同時に折り畳んでいた両手を突き出すし掌底を叩き込む。
「
ハイオーガの肉体が内側から爆発四散し肉片が飛び散る。
びちゃびちゃと降り注ぐ血の雨の中、俺は確かな喜びを感じていた。
「うぉおおおおお! 出来た! 出来た! 成功したぁあああああああああああああ!!」
初っ端からこうも綺麗に技が出せるとはやはり今日の俺は調子が良い。
これも
「カールくん、今のは?」
「あ? ああ……アンヘルは気って知ってるか」
「うん、一部の近接戦闘を主とする人が使う魔力みたいなものだっけ?」
「そうだ。今の技、対々崩はその気を利用したものでな」
まず三種の練り方が異なる気を相手の身体に染み込ませる。
この段階では崩拳のダメージはあれども、気自体は無害なもの。
だが、シメの双掌底。これが加わると話は違う。
最後の一撃は染み込ませていた気を混ぜ合わせ起爆させる役割を担っているのだ。
「この技の良いとこはコストの低さだ」
「コストの低さ?」
「そう。多少手間はかかるが消費する気が兎に角少ないのよ」
力任せに気を叩き込んで同じ現象を引き起こすことは出来る。
実際、そういう技も俺は修めている。
だがこの対々崩は段階を踏む必要があるものの同種の技に比べると消費する気は格段に低い。
元々は気を練れても量が少なかったり気の属性変更ができない者が使うことを想定した技だったかな?
「ただ、こうも上手く出来たのはこれが初めてだ」
「……の言ってた通り、モチベーションで実力が大きく変動……」
「ん? 何か言ったか?」
「ううん、何でもない」
何やら渋い表情をしていたように見えたが……まあ良いや。
それより次だ次、調子が良い内に成功の感覚を身体に叩き込まなきゃな。
「アンヘル」
「ん」
再度、アンヘルがオーガを蘇生する。
どうでも良いけど蘇生魔法ってかなり高度な魔法じゃ……?
こんなポンポン使って――あ、魔道書か。
あれに蘇生機能がついてるのだろう。
ハイオーガが脆いのもそこら辺が関係しているのかもしれない。
(まあ便利だしどうでも良いか、続き続き)
それからしばしの間、俺は殺意の高い技をひたすらハイオーガに打ち込み続けた。
結論から言うと、どれもこれも成功。本当に今日は調子が良い。
けどああ……こうしてると、つくづく惜しいな。
格闘関連のSSRカースを手に入れてれば今頃俺は……はあ。
いや、ポジティブに考えよう。
手に入れられなかったからこそ今日この日に辿り着いたのだ。
おめー、冒険者やってたら可愛いロリに全部を捧げるとか言われる機会あったか?
多分、ねえよ。俺がセカンドプランを発動したからこそ、辿り着いた今日だ。
「正に人間、万事塞翁が馬ってやつか」
昔の奴は良いこと言ったもんだ。
「よし、今日はここまでにしとくか」
「ん? もう良いの?」
「ああ、サンドバッグの相手はな」
出来ればアンヘルが言ってた”飛びっきりの人”と、
実戦形式の鍛錬をやりたいが流石に今言って直ぐにというのは無理だろう。
なら後はもう、筋トレぐらいしかすることないしそれなら家の中ででも出来るからな。
俺がそう告げると、
「いや、大丈夫だよ?」
「マジで?」
「うん、ちょっと待ってて」
そう言って転移でどこかに消えたアンヘル。
言葉通り、少ししたら戻ってきたのだが……その、あの……。
「コーホー……コーホー……」
「お待たせ」
アンヘルさん、何かベ●ダー卿みてえな奴連れて来たんですけど。
え、何これ? 俺はこの場でどういうリアクションをすれば良いの?
アンヘルの隣に並ぶ全身を黒い鎧兜で覆った不審者に俺はひたすら困惑していた。
「えっと、あの……そちらの方は?」
「この人はね。えーっと……」
ちらりとアンヘルがベ●ダー卿を見やる。
「シャ……シャ……ジャ、ジャッカルダ」
変声機を通したような作り物めいた声。
ますます不審者感が増したんですけど。
こんなんが帝都の大通り歩いてたら三歩で捕まるわ。
「ごめんね、訳あって素性を知られるわけにはいかないんだ」
「スマンナ」
い、いえ……はい、そういうことなら。
「ラクニシロ」
そうさせてくれねえのは誰だよ!?
いやまあ、本人がそう言うなら俺も諸々無視して普通にするけどさ。
「つーかアンヘル。お前を疑うわけじゃねえが、コイツ本当に強いの?」
腰に剣を差しているところを見るに剣士なのだろう。
だが、素性を隠すとはいえこんな格好をするアホが強いとはどうしても思えない。
感じるオーラっつーの? そういうのもないしさ。
あるじゃん? 強者特有の雰囲気みたいなのが? このジェダイ様からはそういうのが感じられないんだよね。
「ようジャッカル。俺も強いと胸が張ってる言えるほどじゃねえが。それでもアンタよりは――――」
強い、と言いかけたが言葉は音にならず舌先で解れていった。
アンヘルの隣にいたはずのジャッカルが消えていたからだ。
俺が奴の消失を認識すると同時に首筋に冷たい何かが触れる。
「コレデマンゾクカ?」
背後から声が聞こえる。
ジャッカルは目にも留まらぬ速度で背後に回り込み俺の首筋に手刀を押し当てたのだ。
剣を――得物を抜く必要すらないってか。
「て、テメェ……テメェ……! これじゃ俺、これじゃまるで……!」
沸々と腹の底から怒りが沸いてくる。
「相手の実力も見抜けずイキった挙句速攻で格の差を思い知らされる噛ませ犬みてえじゃねえか!!」
「イヤ、ソレソノモノダトオモウ」
絶対に許さんぞ!
過去最高の速度で身体強化を施しつつ裏拳を放つ。
ジャッカルは俺の一撃を当然のように紙一重で回避し俺の横腹に膝を叩き込もうとする。
が、喰らうものかよ!
「破ァ!!」
空ぶった拳の先から気を放ちその勢いで後退、回避しつつ大きく距離を取る。
「キヲタイガイニホウシュツスルカ……ヤルナ」
言いつつ奴が俺を追って走り出す。
舐めている。
奴の速さは俺では視認出来ないほどだというのは最初に証明されている。
だが今はどうだ? 走ってくる姿が普通に見えるではないか。
ジョギング程度の速度で近寄って来る奴の姿に俺はどうしようもなく苛立ちを覚えた。
――――その澄ました顔、歪ませてやるぜ!!
あ、いや澄まし顔じゃねえな。見えないもの。
微妙に醒めた俺だが闘志は十分。
ああ、一番得意な技で迎え撃ってやろうじゃねえか。
一番最初に授かった技で、一番長く磨き続けている俺の自慢の刃――
「躱せるもんなら躱してみやがれぇええええええええ!!!!」
ジャッカルがエリアに入った瞬間、
軽く跳躍しつつ弧を描くように右脚を振り上げ――られなかった。
「何ぃ!?」
ギィン! と甲高い音が鳴り響く。
ジャッカルは振り上げられようとしていた俺の脚に刃を叩き付け技を潰したのだ。
「…………ヌカセタナ」
頭が完全に冷えた。
俺たちはどちらからともなく刃を引き、距離を取る。
「よく言うぜ。抜くまでもなかっただろう?」
奴の本領が剣なのは間違いない。
だが、徒手空拳の技術でも奴は俺を大きく上回っている。まるで底が見えない。
奴が刃を抜いたのは多分、俺に花を持たせてくれたからだ。
圧倒的な実力差――だが結構、良い修行になるってもんだ。
「カールトイッタナ」
「ああ」
「キデンハ、ソノコブシニナニヲノセ、フルウ」
何を? 愚問だな。
「――――無論、燃える正義を」
さて、お喋りはここまでだ。
ここからはプライドのためじゃなく純粋に己を磨くため胸を貸してもらおう。
「さあ、仕切りなおしだ!!」
「ナニカフジュンナモノヲカンジタヨウナ……」
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